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78.綺麗な夜に、交わす約束

道中の夜に交わされる、シオンとベルナルドの話です。

数日かかる馬車での移動は、必然的に野営をすることになる。

暗い中を走るのは危険な上、馬を休ませる必要もあるからだ。


皆が寝静まった頃。

シオンは火のそばを離れ、ルナリアに一言だけ告げてから、少し離れた木陰へと歩いた。


遠くで虫の声が響く。

それが、何かの終わりか始まりかを告げるように、淡く夜の空気を震わせていた。


古い大木に背を預け、シオンは空を見上げる。

まばらに散った星の輝きが、どこか不安を呼び起こした。


不意に、近づいてくる気配に気づくが、驚きはしない。

誰なのか、予想がついていたから。


「一人で黄昏てるなんて、らしくないね」


シオンの傍で立ち止まり、軽い調子で声をかけてきたのは、やはりベルナルドだった。

「何しに来たのか」とは聞かない。

どうせロクな答えが返ってこないと、彼女はもう分かっていた。


「らしくないって何よ。別に、ちょっと一人になりたかっただけ」

「じゃあ、俺がいたら邪魔?」


返答を躊躇う。嫌ではない、むしろ少し安堵していた。

だが、それを悟られるのは癪だ。


ベルナルドはそんな彼女の様子を見て、更に問いかける。


「もしかして、緊張してる?」

「そんなんじゃないわ。ただ、大事に首突っ込んじゃったな、と思って」


後悔はしていない。この戦いは船員のためだけじゃない。

自分自身にとっても意味がある――かもしれない。

そう感じているからこそ、今ここにいる。


強い眼差しで空を見上げる彼女の横顔を、ベルナルドは静かに見つめた。

そして、不意に口を開く。


「……シオン」

「何よ」

「キス、しよう?」


一瞬、息が喉につまる。

そして意味を理解した瞬間、シオンは顔を赤く染めながら振り返った。


「は……!? い、いきなり何言い出すのよっ!」


声を潜めながらも、怒気と動揺が混ざる。

その顔を覗き込みながら、ベルナルドはしれっと肩をすくめた。


「別に? したい気分だったから」


そのままシオンの正面に立ち、木の幹に両手をつく。

逃げ場を塞がれ、少しでも距離を取ろうと身を引いたシオンの背に、木の湿り気が伝わった。

見上げた視線の先で、ベルナルドは不敵に微笑む。


「逃げ場、なし。……口は、まだ、したことなかったよね?」


指先がそっと彼女の唇をなぞる。

シオンは反射的に目を逸らし、掠れた声で返した。


「あ、当たり前でしょ!?恋人でもないのに……」

「じゃあ付き合おう?」

「……ほんっとに何言ってんのよ」


軽すぎる口ぶりに呆れて視線を戻した瞬間、体が強張った。

軽口とは裏腹に、ベルナルドの瞳があまりにも真剣だったから。


「俺は、シオンを独り占めしたいって……ずっと思ってる」


そのまま、額に唇を落とす。

シオンは一瞬だけ身をすくませたが、拒まなかった。


嫌がられてはいない。そう確信すると、頬にも口付ける。

続けて首筋、鎖骨へーー

ゆっくりと触れてくるそれに、さすがにシオンが焦りだした。


「ちょ、ちょっと待って!? 誰かに見られたらどうするのよ……っ」

「見られなければいいんでしょ?」

「良くない!」


口では拒否していても、押し返す力は弱い。

それが同情でも気まぐれでもないことは、ベルナルド自身が一番分かっていた。

だからこそ、どうにも腑に落ちない。


「結構ぎりぎりまで許してくれるのに、恋人はダメな理由って何?」


静かな問いに、シオンは一度言葉を詰まらせ、少し顔を伏せる。


「……関係に、名前をつけたくないの」


その答えに、ベルナルドの瞳がほんのわずかに揺れる。

消えそうなほどの声だったが、その重さはベルナルドに届いた。

彼女はかつて、愛する人を“婚約者”として失った。

偶然だったのかもしれない。だが、彼女にはそれが運命に思えた。


名前をつけた途端、壊れてしまう。

そんな恐れを、ずっと抱えている。


「それだと俺、一生お預けってことだよね」

「………」


肯定とも否定ともつかない沈黙。

だがベルナルドは、彼女の中に既に答えがあることを感じていた。

今はまだ、踏み切れないだけ。


「ま、今はシオンの“特別枠”ってことで妥協しておくよ」


わざとらしく肩をすくめ、いつもの調子を装う。

これ以上追い詰めれば、きっと彼女は逃げてしまう。

それだけは避けたい。


踵を返そうとした時、服の裾がそっと引かれた。


「ねえ、……ローラン」

「うん?」


その名前に、心臓が一瞬跳ねる。

だがいつも通り微笑んで振り返ると、不安を帯びた瞳があった。


「……あんたは。私のために、命かけないでね」


囁くような声。けれど、その奥の重さは確かだった。


「私、そういうの……嫌だから。

 誰かが自分のために死ぬの、嬉しくなんかないし。……また、置いてかれるのは――」


それ以上は言わない。それでも十分伝わる。

裾を掴む手が、僅かに震えていた。


ベルナルドは少し眉を下げ、普段通りの調子で、しかしいつもより柔らかく微笑む。


「俺にそんなかっこいい死に方、似合わないって。

 だから、危なくなったら逃げるよ。君を連れて、全力で」


笑みを浮かべながらも、声には静かな熱が宿っていた。

その言葉に、シオンの瞳が揺れる。

シオンは目を伏せて小さく頷き、何かを誤魔化すように皮肉交じりの声で返す。


「……じゃあ、せいぜい逃げ足は鍛えておいてよね」

「了解」


たったそれだけのやり取り。

けれどその夜、シオンの胸の奥には、小さな灯が静かにともっていた。


あの日の傷は消えないかもしれない。

それでもーー今はまだ“名前”がなくても、誰かの腕の中に、確かに自分の居場所があった。



本日の夜に幕間を更新します。

舞台はヴィゼリアを発つ直前ーーベルナルドと、彼が調査を依頼した“情報屋”との会話です。

本編では書ききれなかった裏側を、少しだけお届けします。

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