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76.護りたいものがあるから

談話室には、シオンに呼ばれた四人がすでに集まっていた。

ルナリア、カルロ、レイジ、そしてベルナルド。

いつもの顔ぶれだが、普段とは違う緊張感が部屋に満ちていた。


シオンは深く呼吸を整えてから、皆を見渡す。

視線に、迷いはなかった。


「……話があるの。大事なことだから、ちゃんと聞いて」


その言葉に、四人はそれぞれ表情を引き締めて頷く。

軽口を挟みかけたベルナルドも、空気を読んで静かに口を閉じた。


「ヘリオスとシュゼル、それにノクスは……アルナゼル王国に向かうことを決めたわ。

詳しいことは言えない。彼らには彼らの事情があるし、それを私が語るわけにはいかない。……でも、確かなことが一つあるの」


その口調は静かだったが、揺るぎない決意がにじんでいた。

シオンは視線を強め、確信を持って言葉を継ぐ。


「ベルからの報告にもあった通り、国が狙われてる。魔物による襲撃、それに関係する組織の動き。どれも偶然じゃない。大規模で、しかも計画的よ」


ルナリアの表情がわずかに動く。

カルロは真剣な目でうなずき、レイジは緊張した面持ちで耳を傾けていた。


「ヘリオスたちは、国の中枢に潜って動くらしいわ。でもーー街に現れる魔物を止めるには、私たちの力が必要になる」

「だからって行くのかい?そんな危ない場所に、君まで」


軽く目を細めながら、ベルナルドが口を開く。


「ええ。私は船長。船員が向かう場所に行くのは当然だし、彼らを守ることも、私の責任よ」


けれど、それだけじゃないのかもしれない。

自分でも、まだ整理しきれていないけれど――


あの魔物の姿を思い出して以来、頭から離れない。

鱗に覆われた体、鋭い爪、濡れて貼り付いた鬣のような毛。


(あのとき、私はカルマーレ族のみんなを守れなかった。でももし、あの魔物が本当に“組織”の仕業だったなら――今度こそ、何かを返せるかもしれない)


真剣な面持ちのシオンを見て、ベルナルドは小さく肩をすくめた。


「危険だって言ったのに、よくそんなふうに首を突っ込めるよねぇ。……まあ、そういうところも好きだよ?」


軽口のようでいて、その目は本気だった。

シオンはわずかに目を瞬かせると、照れ隠しのように視線を横へ逸らす。

そのまま軽く息をつき、気を取り直すように話を続けた。


「でも、皆は必ずしも一緒に来る必要はないわ。これは命に関わる危険な場所だから……無理にとは言わない。行かない選択をしても、誰も責めたりしないから」


一瞬の沈黙を挟み、シオンは柔らかく笑って続ける。


「……もしそれを責める人がいたら、私が海に沈めるわ」


冗談めいた口調だったが、その瞳は冗談ではなかった。


今、ヘリオスたちは別室で待機している。

彼らの前では断りにくいかもしれない――そう考えた末の、シオンなりの配慮だった。

船員たちの“意思”を、きちんと尊重するために。


沈黙の中、最初に静かに声を上げたのはカルロだった。


「もちろん、俺は行く。……君を護衛するために、この船にいるんだからな」


そう言って、カルロは穏やかに笑った。

その言葉に、飾りは要らない。変わらぬ立場と、変わらぬ覚悟が、そこにあるだけで十分だった。


続いたのは、不安げながらも必死に言葉を探す声。


「オレは……戦闘は自信ないです。でも……魔物が近づいたら、わかる。避難誘導とか、そういうのなら……きっとできると思います」


声の主はレイジだった。

苦手意識を抱えながらも、自分にできることを真剣に考えている。

その姿に、シオンは優しく微笑む。


「その感覚は、十分戦力になるわ。頼りにしてるから」


すると、ルナリアが静かに口を開きかけたーーが。


「ルナ、悪いけど……あなたは船で待ってて」


シオンの声が、それを遮った。


「これは隠密行動じゃない。人目につく。だから、できれば船で待機してほしいの」


一瞬の沈黙。そして、迷いなく放たれた言葉。


「私も行きます」


ルナリアの声は、いつになくはっきりしていた。

シオンは少し言葉に詰まる。

その様子に、ルナリアは気づいた。

シオンが“人目”以上の懸念を抱いていることに。


戦闘要員であるはずの彼女を、戦闘に参加させたくない他の理由。

思い当たることが、あった。


「ヘリオスさんから……何か、聞きましたか?」

「……合成獣と相性が悪い、とだけ」


シオンは目を伏せながら、そう短く答える。

それだけしか伝えなかったヘリオスの配慮に、ルナリアは内心で感謝していた。


「確かに……先日、合成獣に遭った時は色々ありました。……でも、もう大丈夫です」


ルナリアは自分の胸元に手を当てる。

あの時は突然で、そして初めての対峙だった。魔力が暴走しかけた。

けれど、今はもう制御の仕方がわかる。もう、同じことは繰り返さない。


「行かせてください」


真っ直ぐに向けられたその瞳に、シオンはゆっくりと頷いた。


「そこまで言うなら、わかった。でも、無茶はしないで。……絶対に」


ルナリアは小さく一礼する。

ベルナルドはあれ以降発言をしていないが、やれやれという雰囲気でシオンを見つめていた。

いつもより少し優しげなその目を見て、確認しなくても察した。

――彼も、同じ気持ちなのだと。


これで、全員の意思が揃った。

それぞれの理由、それぞれの立場。

けれど皆、シオンの言葉に耳を傾け、自分の意志で答えを出した。

その重みこそが、今のこの船の“仲間”である証だった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーー






航路は決まった。


アルナゼル王国に向けて、船は出港する。

戴冠式予定日までの日数から、街への襲撃タイミングを割り出すと、何とか間に合いそうだ。


ただ、既に街では小規模の被害が出始めているという。


一気に襲撃するより、少しずつ恐怖を植え付けておいて、最後に第一王子が解決した方が、支持が集まると思っているのだろう。


船室で話し合ったことを思い出しながら、ヘリオスは一人で見張り台に立っていた。

暗い海が月灯りに照らされながら、静かに波打っている。


(母上……俺、ついに、海を見ましたよ。……一緒に見ることは、できませんでしたけど)


アルナゼル王国は内陸に位置するため、城にいた頃は、海を見る機会などなかった。

だからいつか、一緒に海を見たいと、母と約束したことがある。


この船に来たばかりの頃、耳の奥で響いた、あの懐かしい声。

あの時から、母の気配を感じていたのかもしれない。


そして、記憶を封じたのが母上の魔力だったのなら――

あの海底の村で、夢の闇から守ってくれた光も、きっと母上だったのだろう。


それに、今ならわかる。母上を思い出し始めたきっかけが。

彼女――シオンが、どこか母と似ているからだ。

誰かのために立つ姿。言葉の節々にある優しさと強さ。

一緒に過ごすうちに、忘れていた記憶が、そっと呼び起こされていった。


……多分、母上がここにいたら。彼女のこと、気に入ったと思う。


「風邪引くぞ」


思考を遮るような声が、すぐ近くで響く。

ヘリオスが驚いて振り返ると、足元にウィスカがちょこんと座っていた。


「そんな薄着で何してんだよ」

「うん、ちょっと……考え事」


小さく笑いながら答えるヘリオス。

少し、元気がないように感じた。


元気がないと言うより、不安なのかもしれない。

当然だ。自分を殺そうとした国に、戻ろうというのだから。


ーー怖くないわけが、ない。


「……シュゼルから預かった。誰かの調査報告らしい。読んどけ」

「え?」

「言っとくけど、おれは中身見てねーぞ」


ヘリオスは、少し皺の寄った紙を受け取ると、そっと開く。

そこには、シュゼルのものとは違う筆跡で、こう書かれていた。


“アルナゼル王国民は、暗殺された第三王子を未だ慕っている”

“現在の悪政の中、彼が生きていればと願う声が多い”

“ただし、現状国内でそれを口にすることは厳罰に値する”

“それでも民は亡き第三王子を望む”


ヘリオスはその紙片を黙って見つめたあと、静かに折り畳んだ。

それをそっと握ると、苦笑交じりに呟く。


「本当に、あとには引けないな」


まだこんなにも慕ってくれる人達がいることに喜びを感じると同時に、申し訳なく思う。

自分は、かつてあの場所から、逃げてしまったから。


ーーしかし、逃げなければ、殺されていた可能性も高い。


正解が何だったのかは、きっと一生わからないだろう。

それでも今は、自分ができることをするしかない。


怖くても、不安でも、ひとりじゃない。傍にいてくれる人が、いる。

前を見て、進もう。


「……なあ、ヘリオス。おれは……」

「ん?」


ぽつりと呟いたウィスカの声に、ヘリオスが聞き返す。

しかしウィスカは首をふると、ヘリオスを見上げた。


「何でもねー。おれもお前を守ってやるから、心配すんな」


ヘリオスは一瞬目を丸くしたあと、ふっと安堵するように微笑んだ。


「ありがとう。君がいてくれるなら、怖くない」


その笑顔は、今まで見てきた"ヘリオス”と同じだった。


ウィスカの目元が、少し緩む。

口調も表情も、かつてより少し大人びたように見えたけれど、それでも彼は間違いなくヘリオスだった。

アリウスとしての威厳も、ヘリオスとしての優しさも、どっちも彼なのだと。


同時に、胸が少し痛んだ。

いっそ別人になってくれたならば……遠くない未来に、迷わず背を向けられたかもしれないのに。


「ウィスカ?」

「そろそろ戻るぞ。シュゼルも心配してる」

「……そうだね、ありがとう」


シュゼルが自分で来るのではなく、ウィスカに行かせたのは、ヘリオスの緊張を解くためだったのかもしれない。

ヘリオスを第一に考える彼なら、自分が行きたい気持ちより、ヘリオスの気持ちを優先して動くだろうから。


(本当に、俺は恵まれているんだな。……だからもう、目を逸らしたりしない)


見張り台を降りながら、ヘリオスは改めて決意を固めた。



次章に向かう前に、少しだけ過去を振り返ります。

次回は番外編として、記憶を封じられた直後のヘリオスと、その傍にいたシュゼルの物語をお届けします。

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