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75.重なる意志の音

それぞれの、戦う理由

船長室の前に立ち、ヘリオスはわずかに目を伏せた。

小さく息を吐き出し、決意を確かめるように視線を上げる。

そして、静かに扉を叩いた。


「どうぞ?」


内側から返ってきた声は、いつもと変わらず明るく響いた。

その軽やかな声に、ヘリオスの胸の奥が少しだけ痛む。

今から告げる言葉が、その明るさを曇らせるかもしれないと思ったからだ。

躊躇いながらも、ヘリオスはゆっくりと扉を開ける。


シオンは椅子に腰かけたまま、本を読んでいた。

手元の本を静かに閉じると、顔を上げ、ヘリオスたちに視線を向ける。


「……明るい話ではなさそうね?」


苦笑を浮かべたまま、シオンはまっすぐにヘリオスを見つめた。

その目は、すでに覚悟を察しているようにも見えた。


ヘリオスは静かに一礼し、部屋の中へと足を踏み入れる。

そして、言葉を選びながら口を開いた。


「……全部、思い出したんだ」


ヘリオスは落ち着いた、しかしはっきりとした口調で語る。


記憶が戻ったこと。

自分がアルナゼル王国の第三王子、アリウスだということ。

今、危機に瀕しているその国へ、向かう決意を固めたこと。

そして、最後に……彼は言った。


「俺は、逃げないと決めた。だからもう……船員では、いられなくなる」


説明を聞き終えて、静かに目を閉じたシオンは、額に手を当てたまま動かなかった。

沈黙が、ひときわ重く部屋に流れる。

やがて、深く息を吐きながら困ったように眉を寄せた。


「単なる貴族じゃないとは思ってたわ。……でも、本当に王族だったなんて」


その笑みは冗談めいていたが、瞳にはまだ困惑が揺れていた。

知っていたはずのことが、現実として突きつけられた衝撃。

それは、さすがの彼女にも簡単には呑み込めなかった。


上位貴族であろうシュゼルが心から仕えている時点で、ただ者ではないとはわかっていた。

けれど、本人の口から告げられると、想像よりもずっと重く響いた。


言葉を探すように、シオンは静かに立ち上がる。

背を向けて窓辺へと歩み寄り、ゆっくりと波打つ海を見た。

まるで、自分の中に広がる波紋を、海に重ねるかのように。


「“船を降りる”っていうのは自由。別に縛る気はないし、賊の掟があるわけでもないわ。……でもね」


一拍の間を置いて、シオンは背中越しに言った。


「すぐに降りるのは、認めない」

「でも、時間がない。――国の状況は、どんどん悪化して……」


ヘリオスが言いかけた言葉を、シオンはぴしゃりと断ち切る。


「船員をやめるのは、すべてが終わったあとにして」


そう言って、彼女はくるりと振り返った。

その表情は穏やかで、けれど強い光を宿していた。


「私もアルナゼル王国へ行くから」


ヘリオスが、わずかに目を見開く。


「私は船長。船員を護って、力になるのが仕事よ。……あなたたちが“船員”である限り、私は当然、協力するわ」

「でも、危険すぎる」


王族として戦いに行く以上、ただの航路変更では済まない。

危険な事件に巻き込むことになる。

だからこそ、彼女を連れて行くわけにはいかなかった。


けれど、シオンは肩をすくめて言葉を返す。


「何を今更。……もう逃げられないくらいには関わってるわよ。

あんたたちだって、私たちの事情に散々巻き込まれたんだから、おあいこだと思うけど」


ヘリオスは、言葉を失ったまま彼女を見つめる。

元々船に乗せてほしいと頼んだのはこちらなのだから、巻き込まれたとは言わない気がするが、今それを言う空気ではないと感じた。

部屋が沈黙に包まれる中、シオンは続ける。


「それに、あんたたちは城に行くのよね。その間、街の守りは?あの化け物たち、また来るんでしょ?」


淡々と告げるその声には、船長としての責任感と……どこか“家族”に向けるような温かさがあった。


「戦闘や避難誘導なら、私たちでもできる。政治のことはわからなくても、魔物相手に戦うくらいなら、何とかなるわ。

 もちろん、船員たちの意思確認はするけどね。全員が協力するとは限らないし、危険なことを強制したくない」


その言葉に、ノクスもシュゼルも異を唱えることはなかった。

シオンは軽く息をつくと、視線をヘリオスへと向ける。


「あんたたちの事情は、私の口からは言わないでおく。言いたいことがあれば、あとで自分の言葉で話して」


ヘリオスは、ゆっくりと頷いた。


やがて、話が一段落すると、三人は席を立ち、部屋を出ようとする。

だがその直前――


ヘリオスは歩みを止めた。

そして、静かに振り返ると、シオンに告げる。


「……詳しいことは言えない。けど、ルナリアは……合成獣と対峙させない方がいい」


シオンは驚いたように目を瞬かせたが、追及はしなかった。

ただ、小さく頷いて返す。


「わかった」


それ以上は聞かない。

それが、シオンなりの信頼の示し方だった。


ヘリオスは、どこか安堵したように目を細めた。

シオンも視線を合わせ、わずかに口元を緩める。

それだけで十分だった。


船長室を出て扉を閉めた直後、三人は思わず足を止める。

廊下の先に、立ったまま待っていた人物がいたからだ。


「あ、すみません。脅かすつもりはなかったんですが」


少し居心地悪そうに笑って、セディは一歩、こちらに歩み寄る。


「船長に、少し話があって来たんです。ただ、先客がいたようなので待っていたら、……全部、聞こえてしまいました」


申し訳なさそうに頭を下げるその姿に、ヘリオスは首を振った。


「気にしないで。わざとじゃないのは、わかってるから」


その言葉にシュゼルも静かに頷くと、セディは少しだけ肩の力が抜けたようだった。

だがすぐに姿勢を正すと、真っ直ぐにヘリオスを見て言う。


「アリウス殿下。俺も、協力させてください」

「え……?」


ヘリオスが目を見開くと、セディは真剣な目で続けた。


「俺は、あなたに助けてもらった恩があります。そのご恩に、報わせてください」


その言葉には、迷いはなかった。

寡黙ながらも芯の通った言葉に、ノクスがわずかに目を細める。


「……あんた、やけにあっさり決めるな」


セディは国の中枢にいたのだから、今回行おうとしていることの危険さも重大さも、正しく理解しているはずだ。

その上での決断の速さに、呆れに似たものを感じたのだろう。


「戦うことには慣れています。それに……この件が片付かない限り、どうせ自国には戻れませんので」


ノクスに向かってさらりと笑うセディの雰囲気に、どこか軍人らしい冷静さが滲んでいた。


「ありがとう。頼りにしてるよ」


ヘリオスの言葉に、セディはやや照れたように眉を下げた。


「期待に応えられるよう、頑張ります。アルナゼルの人々が、もう一度笑えるように」


彼の穏やかな微笑みに、三人も自然と頷く。

こうして、またひとつ“守ろうとする意志”が、確かに重なっていった。






ーーーーーーーーーーーーーー






ヘリオスたちが部屋を出ていき、一人になったシオンは、机の上の木箱に視線を落とす。

そっと蓋を開けると、中には貝殻の耳飾りが入っていた。


少し前まで、肌身離さず身につけていたもの。

それを眺めながら、ふと、あの時のことが脳裏をよぎる。


(あの時は怖くて、混乱してて……思い出すのも、嫌だったけど)


浮かぶのは、船を襲った魔物の姿。

全身が鱗に覆われ、鋭い爪を持ち、(たてがみ)のような毛が生えていた気がする。


海水に濡れて、鬣は身体にぴったりと貼りついていた。

まるで何か、別の生き物が這い回っているようで、背筋が凍ったのを覚えている。


(海の魔物は、普通、毛なんて生えてない。変異種の可能性もあるけど……)


もし、陸の魔物と海の魔物をーー合成していたとしたら?


確信はない。

姿を正確に思い出すことは出来ないし、思い出そうとするたび、身体が震えて頭が痛くなる。


まだ、あの姿への恐怖が、身体に染み付いているのだろう。


けれどーーぼんやりとでも思い出される、あの異様な姿。

可能性は、十分にあった。


「……あれが、組織の合成獣だったとしたら。私にとっても、他人事じゃない」


船長として、船員を護るために戦うと決めた。

けれどそれだけじゃない。

あの組織を倒せば、もしかしたら、仇討ちができるかもしれない。


「……戦う理由が、増えた。それだけ」


シオンはぽつりと呟くと、皆に話をするために談話室へと向かった。



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