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73.奪われゆく玉座の裏で

談話室に全員が揃ったのを確認してから、ベルナルドが立ち上がる。

手元には、数枚にまとめた資料と地図。


「じゃあ、始めようか。今回の作戦でわかったこと、まとめたから報告するね。長くなるけど、頑張って付き合って」


彼が口を開くと、場の空気は自然と静まり返っていった。

手にした紙を一枚ひらりとめくりながら、ベルナルドの声が部屋に響く。


「まず、地下施設を使用してた"組織”がやってたこと。ざっくり言えばーー合成獣の作成と、魔核を使った人体実験。きっかけは、どうやら“研究者の好奇心”だったみたいだ」


胸糞悪ぃ、とノクスが吐き捨てた。

ベルナルドは肩をすくめたまま続ける。


「でも、その“成果”に目をつけた貴族たちがいたんだ。技術を兵器に利用できるってことで、援助が始まる。そこから研究は一気に加速。魔核を安定供給するルートも確保されてた」

「その支援した連中の名前、わかってるのか?」


カルロが問うと、ベルナルドは数枚の書類を持ち上げた。


「一部はね。屋敷で見つけた資料に、資金提供の記録と、それぞれの“見返り”が書かれてた。中でも気になるのが――」


資料を指で弾く。


「“援助を続ければ、とある国の中枢に迎えられる”って内容だ」

「……“とある国”?」


レイジが小さく首を傾げた。

だが彼の問いには答えず、ベルナルドの目がわずかに鋭くなる。


「まだ続きがあるよ。この組織、かつて小国を一つ壊滅させたらしい。合成獣の性能実証と、人体サンプルの確保が目的。……国名までは、残ってなかったけどね」


重い沈黙が場を覆う中、彼の声だけが淡々と響いていた。


「ーー次に、騎士団長が囚えられた件だけど」


ちらりとセディに視線を移すと、セディが頷く。


「彼が狙われたのは、貴族たちの不審な動きに気づいたから。そして――その貴族の一人、今回潜入した先のルヴェリエ侯爵が、“とある国の使者”と密会している現場を目撃した。その口封じってことだよ」

「それで……結局、どこの国なんだ?」


繰り返し伏せられる国名が気になるのだろう。

カルロの問いに、ベルナルドは少しだけ間を置いてから答えた。


「ーーアルナゼル王国、だよ」


その名を口にした瞬間、場の空気が変わる。


シュゼルが目を細め、ヘリオスも小さく息を呑む。

ノクスは情報整理の際に既に知っていたが、それでも眉を僅かにひそめた。


ベルナルドは話を一度区切ると、懐から折りたたんだ紙を取り出し、テーブルに置いた。

普段より少しだけ真面目な表情で、そのメモに視線を落とす。


「……で、次が本題かもしれない」


一瞬、間を置いてから口を開いた。


「“アルナゼル王国”の現状について。屋敷でこの国名を見た時から、信頼できる情報屋に調査を頼んでたんだけど。……予想以上に、きな臭かった」


少しだけ視線を横に流しながら、淡々と続ける。


「表向きは静かだけど、水面下ではずっと動きはあったみたいだ。特に、状況が大きく変わり始めたのは――第三王子の暗殺以降」


誰かが息を呑む音がして、空気が静かに揺らいだ。

ヘリオスはそっと目を伏せ、ノクスが低く息を吐く。


「……暗殺から程なくして、王と第二王子は病に伏せたため、王宮を離れ療養中らしい。けど、それは建前で、実際は“実験体候補”として、離宮に幽閉されてる」

「王族どころか、国のトップを幽閉?……そんなこと、できるの?」


シオンの問いに、ベルナルドは頷いた。


「難しいけど不可能じゃないよ。かなり高い地位の人間が、逆らえない状況さえ作り出せばね」

「……宰相が、関わっているな?」


確信に近いシュゼルの言葉に、ベルナルドはメモを手に取り答える。


「その通り、宰相閣下が首謀者だ。合成獣で脅したのか、それとも何か弱みを握ってたのか……詳しい内容まではわからないけど。

 第一王子に関しては、そのまま。理由は――“お飾りの王”に仕立てるためだろうね。王が不在の今、第一王位継承者の彼が実権を握ってる形だけど、裏で動かしてるのは宰相さ」


カルロが唇を引き結び、シュゼルの指がわずかに震える。


「近々、“新王の戴冠式”が予定されてるって話もあった。ただ、王はまだ生きてるのに、どうやって即位理由を作るのかっていうと……そこで、“英雄”ってわけさ」


場の空気が凍りつく。


「まずは王都を合成獣に襲撃させる。それなりの被害が出たあと、第一王子が“最も巨大な合成獣”を制圧する、って段取り。もちろん“巨大”なだけで、弱い個体を用意するらしい」


第一王子は頭は悪いが、一応それなりに腕は立つ。

しかし万が一にでも死なれたら困るので、確実に勝てるように「見掛け倒し」の魔物を用意しているのだろう。


「……自作自演……ってことですか?」


呟いたレイジに、ベルナルドは苦笑混じりに頷いた。


「そう。そしてその“戦果”を手柄にして、英雄として王位に就けるってわけ。“現王はもう政治を続けられる身体じゃない”って理由も追加してね。混乱の最中に王位を奪えば、他の派閥も逆らいづらいから。それに、混乱の中なら例の“実験体の回収”もやりやすいって話だ。一石二鳥ってこと」


重苦しい沈黙が、部屋を包んだ。


――これはもう、ただの内部腐敗じゃない。

国そのものが、乗っ取られようとしている。


その事実を、誰もが飲み込んだまま、言葉にできずにいた。


「……冗談じゃねぇな」


ぼそりとノクスが声を漏らす。

その声は、怒りとも焦燥ともつかない、乾いた響きをしていた。


シュゼルは無言で机の縁に視線を落としたまま、微動だにしない。

彼の表情は読めない。

ただ、静かな中に、張りつめた緊張だけが漂っていた。


ヘリオスは口を開きかけたが、言葉が出てこなかった。

彼らを見て、ベルナルドがぽつりと呟く。


「いやぁ、思った以上にスケールがでかいというか……ヤバい話だよねぇ」


軽く笑って見せたその声には、いつもの軽薄さはなかった。

ほんの少しだけ、滲んだ疲労と焦りが混じっていた。


「正直、これ以上は俺たちだけじゃどうにもできない気がするし……」


そう言って、椅子を引く。


「ま、今日はここまでってことで」


全員が無言のまま頷き、ゆっくりと立ち上がる。

ベルナルドは一度だけ全員を見回したあと、何気ない風を装ってシュゼルに近づいた。

そして、誰にも気づかれないよう、そっと一枚の紙を手渡す。


「……これは、君にだけ伝えておく」


囁き声はひどく小さく、他の誰にも聞こえなかった。


「中身は、あとで読んで」


そう言って、ベルナルドは踵を返す。

ふわりと翻るコートの裾。

その背中には、ひとつの余韻が残っていた。


――何かを知っている者の、静かな重さ。


彼の足音が廊下に消えていく。

シュゼルは手にした紙を、無言のままそっと握りしめた。


その感触が、紙のはずなのに、妙に重く感じられた。



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