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68.出来損ないと呼ばれても

それからは、何だかんだ三人で穏やかに過ごしていた。

時折、シュゼルとノクスが言い合うこともあったが――


「だからテメェは過保護すぎんだよ。アリウスが何もできなくなっちまうだろ」

「アリウスが何もできないわけないだろう。むしろ有能、そして可愛い」

「いや可愛い関係ねぇし。能力じゃなくて生活面の話してんだよ」

「世話されて然るべき立場だ、問題ない」

「やり過ぎって話してんだろうが!」


……とはいえ、衝突というにはあまりにも軽い言い合いばかりだった。

アリウスは「またやってる」と苦笑いしながら流していたし、セレーナも特に止めない。

そんなやり取りすら、今では日常の風景のひとつだった。


 


十歳を過ぎた頃から、アリウスはたびたび街を訪れるようになった。

その際は、シュゼルとノクスも常に同行している。

ただし、傍に控えるのはシュゼルのみで、ノクスは少し離れた場所から姿を隠して護衛にあたっていた。


当初は三人で行動していたのだが、不機嫌そうな顔つきが原因で近寄りがたく思われたり、近づいてきた子供に泣かれてしまったりと、問題が生じたのだ。


アリウスはそれでも「一緒に来てほしい」と言ったが、ノクスは断った。

シュゼルは状況を考えた上、「離れた場所からの護衛も必要だ」とアリウスに提案し、その体制が定着していったのである。


そして、街を視察するたびに、アリウスの姿には感心させられた。

柔らかな笑顔と、自然と人を惹きつける高貴さ。

更に、誰一人として忘れない驚異的な記憶力は、彼を“特別な王子”として民の間に知らしめていった。


なかでも、群衆の中で一言だけ挨拶を交わした老人の顔と名を覚えていた出来事は、当人はもちろん、その場にいた人々すべてを深く感動させた。


だが、そんな彼の評判を快く思わない者たちもいた。






ーーーーーーーーーーーーーー

 





国王への定期報告のために王宮を訪れていたアリウスたちは、前方に人影が近づいてくるのに気づき、足を止めた。

シュゼルとノクスは、胸に手を当てて静かに一礼する。


「空気が悪いと思ったら、来てたんだな」


嘲るように口元を歪め、第一王子が言う。

だがアリウスは動じることなく、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。


「お久しぶりです、兄上。お元気そうで何よりです」

「ふん、相変わらずヘラヘラしたやつだ」


第二王子が不機嫌そうに言い捨てる。


「またくだらないポイント稼ぎに励んでるようだが。そんなことをしても、王にはなれないぞ」

「まあ、他にできることがないんだろうな。苦肉の策なんだろ」


嘲笑交じりの言葉にも、アリウスは眉一つ動かさなかった。

笑顔のまま、淡々と彼らを見返す。


「いえ、そのようなつもりはありません。ただ市政の状況を、直接この目で見ておきたいだけです」

「下民に会って何になる。報告書に目を通せば十分だ」


吐き捨てるように言う第一王子に、シュゼルが内心で毒づく。


(そんなだから支持が上がらないと、なぜ気づかない)


だが、相手は第一王子と第二王子。

下手に顔を上げれば不敬と取られるため、それすらできない。


アリウスからも、「何を言われても言い返さないでくれ」と言われていた。


「大体、見た人間を全部覚えてるってのも気味が悪いんだよ。下民共は喜んでるらしいが、あんな連中何百人覚えても意味がないだろう」


聞き捨てならない言葉に、シュゼルの目が鋭く光った。

その瞬間、アリウスが静かに片手を上げ、制する。気配で察したのだろう。


今度は第二王子が、後ろの二人を見て言う。


「そっちの従者どもも、他に行くところがないからお前に付いてるだけだ。出来損ないには出来損ないがお似合いということだな」


その言葉に、アリウスは初めて笑顔を消し、はっきりと反論した。


「俺が出来損ないであることは、否定しません。ですが、シュゼルとノクスは非常に優秀で、馬鹿にされるような者たちではありません。……訂正してください」


思わぬ反撃に、兄たちはわずかに顔をしかめる。

しかしすぐに、第一王子が苛立たしげに言い返した。


「ちっ、正義面しやがって。つくづく気に障るやつだ」

「どんなに支持を集めたって、お前に継承権はないんだよ」


皮肉げに言い放つと、二人は背を向け歩き出す。

彼らの姿が見えなくなったあと、アリウスは黙って小さく息を吐く。

悔しさも、怒りも、胸の奥に沈めた。


「……さっきは、ごめん。感情的になった」


アリウスの呟きに、シュゼルは眉を寄せる。

まったく納得できない、という様子だった。


「謝ることではないだろう。君に非はない。そんな事より、なぜ自分を出来損ないなどと思っているんだ?」


客観的に見ても、彼の能力は兄たちよりもずっと優秀だ。

人柄も申し分ない。

そのように自らを卑下する理由が、どこにも見当たらなかった。


「何でって……。ほら、俺は響術(きょうじゅつ)が使えないから」


力なく笑いながら、それでもはっきりとアリウスは言う。

アルナゼル王国では、“光の響術”に目覚めていることが王位継承の条件とされていた。

誰もが響術を使えるようになるわけではない。

この術を扱うには"波継(なみつぎ)”の資質が必要となり、そこから更に覚醒する必要がある。

覚醒の時期には個人差があり、一般的には十歳前後が多いとされていた。


(兄上たちは、七歳や九歳の頃には使えたんだっけ……)


資質はあるとされながら、十一歳になった今もなお覚醒できていない。

そのため、『継承権はない』と言われていた。


「くっだらねぇ。たったそれだけの理由で、無能共を王にすんのかよ」


ノクスは舌打ち混じりに言い捨てる。

その言葉に、シュゼルはわずかに目を細め、警告を込めた視線を向ける。


「おい、言い方に気をつけろ。ここは王城だ」


どこで誰が聞いているかわからないのだから、と。

だが、ノクスは鼻で笑った。


「知るかよ。事実じゃねぇか。……あいつらの支持者だって、本音は“操りやすい王”が欲しいだけだろ。

アリウスみたいに、自分の頭で考える奴は都合が悪ぃんだよ」


優秀で、自分の意思を持った者が王になれば困る。

だからこそ、彼らは理由をこじつけてアリウスを貶めようとする。

響術が使えないが故の“出来損ない”扱いも、それが理由なのだろう。


「まったく、お前は場をわきまえるという言葉を知らないのか……」

「テメェだって本当は、腹の底煮えくり返ってんだろ」


ノクスが投げた一言に、シュゼルは黙って彼を睨む。

しかし、否定はしなかった。


「……ありがとう、二人とも。でも、俺は大丈夫だから」


そう言って、いつものようにアリウスは微笑む。


王になれなくてもいい。

自分にできる形で国を支えられれば、それで十分。

そう言わんばかりに、穏やかな笑顔を浮かべた彼を見てーー


シュゼルは、胸の奥にどうしようもないもどかしさを覚えた。


「そんな顔しないでよ。理解して支えてくれる人がいる、それで俺は十分恵まれてるんだから」


それも、アリウスの本心だろう。

わかっている、だからこそ彼を支えたい。


シュゼルも、ノクスも、心からそう思っている。


言い合いばかりしていても、二人の間にあったのは確かな信頼だった。

それが揺らがなかったのは、"彼を支えたい"という思いが、きっと同じだったからだ。






だからこそーー






一年後、ノクスが何も言わずに国から姿を消したことが、信じられなかった。



"波継"は王家の血筋のみに宿る特別な資質で、響術に目覚めるために必要なものです。

詳しくは「4.響術と波継の疑問」や「登場人物紹介」でご確認いただけます。


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