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7.賑わう港の小さな村

この船で二度目の朝を迎え、さらに日が高くなってきた頃。

船の速度が、少し緩やかになってきたのを感じた。


窓の外を見ると、うっすらと陸地が見え、ヘリオスは読んでいた本を閉じ部屋を飛び出した。

慌てて後を追ってきたシュゼルとウィスカに謝罪しつつ、甲板に出て船の進行方向に目を向ける。


船頭から望む海の景色が、ゆっくりと変わっていく。

波の向こうに、石造りの灯台と木の桟橋が見えた。

その背後には、小さな家々が斜面に沿って並び、朝の光を受けて屋根が鈍く光っている。


村は小さい。

でも、海風に運ばれてくる匂いとざわめきは、どこか国境を越えた広がりを感じさせた。


「あら、部屋にいないと思ったらここにいたの?」


どうやら行き違いになったらしいシオンに話しかけられ、ヘリオスは振り返る。


「あ、ごめん。陸地が見えてきたから、つい……」

「別にいいわ。この後のことを確認したかっただけだから」


そう言って、ヘリオスの横に並ぶと、村の方を見ながら言った。


「私はカルロとベルを連れて情報収集に行ってくるわ。日が暮れるまでに出向したいから、夕方までには戻ってきて」

「わかった」

「それと……」


気になってたんだけど、とウィスカを見る。


「その子も降りるの?色んな人が集まる村とはいえ、魔物はさすがに目立つわよ」

「……確かに」


ずっと森にいたから気にしてなかったが、人が多い場所に行けば当然魔物は目を引くだろう。

討伐対象とみなされるかもしれないし、そもそも村に入れないかもしれない。

でも留守番は……と思っていると、ウィスカが口を開く。


「不本意だが、猫のフリして行きゃいいんだろ」


言葉と同時に、ウィスカの体が薄っすらと光る。

次の瞬間には、羽と額の宝石が消えていた。


「え、え??羽どこいった??!」

驚くヘリオスに、ウィスカはしれっと答える。


「別に消えたわけじゃねーよ。幻覚で見えないようにしただけだ。結構魔力使うから、連続使用は二日が限界だけどな」


買い物行くくらいなら、問題ねーだろ。


言いながら、ヘリオスの肩に跳び乗った。

たしかに、これならただの黒猫だ。


「なるほど、すごい猫だったのね」

「猫じゃねーし」


わかって言ってるであろうシオンに、ウィスカが半眼になりながら言う。

そのような会話をしているうちに、船が海岸へと到着した。


「ルナ、レイジ、留守を頼むわね。ヘリオスたちも遅れないよう戻ってきて」


ルナリアとレイジが「お任せください」「はい!」と返事をする中、ヘリオスも了解と答える。

そういえば、シオンはカルロとベルナルドを伴う話をしていたが、近くにはカルロしかいないようだった。


「先に降りたのかしら」

「今着いたばかりなのに?」


シオンもいないことに気づいたようだが、特に気にしてない様子で言う。

ただ、いつ降りたのかという疑問が咄嗟に口から出てしまった。


「よくわかんないけど、神出鬼没なのよ。いつの間にか消えていつの間にかいるってことが多いの。最終的に戻っては来るけど」

「そりゃ、俺の帰る場所は船長の隣だから」


ーーまたしても、いつからそこに……というタイミングで、突然した声に思わず後ずさる。


不思議なのは、急にその場にパッと現れたと言うよりは、今までなぜ気づかなかったんだろうという感じで自然とそこにいることだ。


「俺としては、船長とふたりきりで行きたいけど……」

「あんたじゃ牽制として弱いわよ。情報収集に専念して」


こういう場では、カルロの無言の威圧感の方が効く。

肩に回されかけた手を軽く振り払い、シオンは「行きましょう」とカルロに言って歩き出す。


「つれないなぁ」


何事もなかったようにその後に続くベルナルドに、カルロが小さな声で言った。


「……いつも思うけど、お前は船長に近寄り過ぎじゃないか?」


軽く睨むような視線を意に介さず、ベルナルドは前を向いたまま答える。


「それは第三者が口出すことじゃないと思うけどね。それともーー牽制してる?」


最後の方は挑発的に、視線だけカルロに向けた。

一瞬言葉に詰まったカルロだが、目線をシオンに戻して言う。


「船長が困っているなら、助けるのが俺の仕事だ」

「ま、そういう事にしておこうか」


ヘリオスには二人の会話までははっきり聞こえてこなかったが、あまり穏やかなやり取りではないように感じた。

あの二人、あまり仲良くないのかな……と思って見ていると、その考えを察したのか


「タイプ全然違うし、ソリが合わねー相手なんてよくいるだろ」


と、ウィスカが言う。

よくわからないが、そういうものかな……と一応納得しておいた。


「さて、私たちもそろそろ行こう。日が暮れるまでに済ませなくては」

「あ、そうだった。じゃあ行ってきます!」


振り返って手を振ると、レイジが手を振り返してくれた。

ルナリアはすでにいなかったが、もはや意外でもなんでもないと思う。

きっとシオンを見送った後、早々に仕事に戻ってしまったのだろう。


初めての村にワクワクしながら、ヘリオスは船を降りた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






まだ長期間船に乗っていたわけでもないのに、地面に足をつけるのは久しぶりに感じる。

重心の感覚が少し変だった。


焼き魚と香辛料の匂いが入り混じる通りには、知らない言語と衣装の人々が行き交っていた。


「……なんだか、絵本の中みたいだ」


ぽつりとこぼしたその言葉は、村の賑やかさに飲まれていく。

店が立ち並ぶ道に入ったところで、シュゼルが言った。


「……少し、待っていてくれ」

「え?うん」


看板を見渡した後、彼は一つの店に入っていった。

待っているように言われたので、ウィスカと店の前に立つ。


たまに通りすがる女性が「見て、かわいい猫!」とウィスカを見て言うので、ウィスカは少し不機嫌だ。


「……猫じゃねーし」

「いや、今は猫だよ。どう見ても」


定型文と化しそうな文句に、ヘリオスが苦笑する。

小声で周囲には聞こえてなさそうではあるが、喋るのは控えた方がいいんじゃないかとヘリオスは思った。

ただ、いちいち言わなくても多分わかっていると思うので、今は受け流す。


それほど時間が経たないうちに、シュゼルが店から出てきた。


「すまない、待たせた」

「大丈夫だよ。それより何して……」


言いかけたところで、ヘリオスの視線がシュゼルの腰元に移動する。

彼の剣の鞘についていた装飾品が、減っている気がした。


じっくり見せてもらったことはないけれど、精巧な銀細工の鎖と、小さな青い石がついている飾りだったと思う。


その視線に気づいたのか、シュゼルは軽く眉を下げる。


「……目ざといな、ヘリオスは。待っていてもらった意味がないだろう」

「大事なものだったんじゃないのか?」


金銭類はあの夜、家と一緒に燃えてしまったので、ヘリオスたちは一文無し状態だった。

シュゼルが買い物をしたいと言った時には「確かに、色々揃えないと」としか考えてなく、お金の出どころは意識の外だった。


ヘリオスは森にいる間、自分で買い物をしたことがないから、無理もないのだが。

それでも一応、買い物にはお金がいる……という知識だけはある。


「別に構わない。特に思い入れがあるものではないからな。それより、まず服を見に行こう」


受け流すように言うシュゼルに、ヘリオスはそれ以上は言わなかった。

ただ、一言。


「ありがとう」


素直な御礼の言葉に、シュゼルは瞬きをした後、小さく微笑む。


(その言葉だけで、私は十分満たされるんだ)


自分の価値を理解していないであろう”幼馴染”に、シュゼルは心のなかで呟いた。






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