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66.その手を取る理由《シュゼル視点》

生まれた時から、価値を問われ続けてきた。

そんな自分に初めて手を差し伸べてくれたのが、あの少年だった。

※シュゼル視点

アストリアン公爵家は、魔術の名家だ。

当主は王宮魔術師団長を代々務め、国王に仕えていた。


その血筋であれば、当主以外も高い魔力と適性を持ち、同じく王宮魔術師団に入る。

それが、「普通」だった。


だから、潜在魔力が低く「補助系魔術」にしか適正のない私は、あの家の”出来損ない”とされた。


「こんなのが弟だなんて、恥もいいところだ」


よく、兄からこんな事を言われていた。父や母も、呆れてばかりだった。


「お父様たちの言うことなんて、気にしなくていいわよ。だって、あなたはこんなに可愛いんだから」


姉だけは、優しくしてくれた。

けれどその優しさが、まるでぬいぐるみを抱きしめるような、表面的な愛情だということも、子どもながらにどこかで気づいていた。

可愛いから、飾っておきたい。壊れなければそれでいい。

――そんな扱いだったのかもしれない。


それに年の離れた姉は既に嫁ぎ先が決まっていて、婚約者の家で夫人としての仕事を学ぶため、家にいないことも多かった。


そんなある日、王宮で王子たちが新しい従者を探しているという話を、母親が聞きつけてきた。


「ねえ、シュゼルを従者として推薦しない?出来損ないだけど頭と見た目は悪くないし、礼儀作法も叩き込んであるわ」

「ふむ。まあ次男だしな……。王族との繋がりを強めるのも悪くないだろう」


ドアの外で聞こえた会話に、幼いながらに理解する。

自分が道具のように扱われていることを。


だが仕方ない。

私は"出来損ない”なのだから。


そう諦めていた。






ーーーーーーーーーーーーーーー






最初に仕えることになったのは、第一王子だった。

上から下まで値踏みするような視線も気にせず、ただ淡々と一礼を返す。


ただ、その命令は聞くに耐えなかった。


「貴様、あの下働きの女を殴ってこい。あいつは礼儀を知らん」

「暴力で躾けるのは動物相手の手段です。

 人に使えば、品位を疑われるのは殴られた側ではなく、命じた側でしょう」


女性を指差すのもどうかと思うが、言っていることも酷かった。


「この部屋の家具はすべて金で揃えろ。王子らしさが足りん」

「王子らしさを装飾に求めるのは、己に誇るべきものがない証左となります」


どうやら“光るもの=威厳”という短絡的な発想らしい。

この方は王子らしさを勘違いされているようだった。


「貴様、今日から俺の靴も磨け。嫌だとは言わせんぞ」

「私は従者であって、奴隷ではありません。……間違えておられませんか?」


この発言で、思い切り怒鳴られて部屋から追い出された。

間違ったことを言った覚えはないのだが、怒りを買ったようだ。




続けて第二王子のもとへ行かされたが、あまり変わらなかった。

例えば、平民出身の使用人と一瞬でも目が合えば。


「おい、あいつ今俺と目が合ったぞ。平民風情が王子に目を合わせるなど、百年早い」

「王族の威厳とは、相手に見上げさせることで保つものではなく、自然と頭が下がるような振る舞いにこそ宿るものかと」


その言葉を聞いて、第二王子が鋭い視線を投げてきた。

そして、早足で予定と違う道に進む。

ここから先の道は清掃中であり、王子が立ち入るべきではない。

迂回しようと提案しても無視され、挙げ句掃除中のメイドを踏みつけた。


「平伏してるのが悪い。踏まれたくなければ、端に避けておくべきだ」

「避けるべきは、己の傲慢でしょう」


間髪入れずに言った私を、また睨みつける。

……言い返せないくせに、睨むのだけは得意らしい。

しかしその程度で怯むなら、あの家の中でとっくに萎縮している。

それより怖いのは、“冷たい沈黙”だ。


あまりに理不尽な命令を繰り返してくる時には、どう返答すべきか悩むこともあった。


「俺の命令が理解できんのか。頭でも打ったか?」

「いえ、理解はしています。ただ、あまりにも非常識であるため、何かの冗談かと疑っただけです」


そして思った通り口にすれば、また部屋を追い出される。






第一王子も第二王子も、一日もしないうちに私を煙たがった。

あの時の両親の深い溜め息を覚えている。


ちゃんと気に入られてこいと言ったのに……と。


私は何も間違ったことは言っていないのに、何がいけなかったのか。

理解が出来なかった。


……いや、違う。


きっと、求められていたのは“従うだけの傀儡”だったのだろう。


「……仕方ない。第三王子で妥協するか」


父が言った。


「あの第二王妃の息子?後ろ盾がろくになくて、離れの塔に住んでるらしいじゃない。そんなのに付かせて意味あるのかしら」

「それでも一応"王子”だ。王族に変わりない」


この発言は不敬ではないかと感じたが、口には出さない。

両親に口答えすることは出来なかった。

それに幸い、周囲には誰もいない。両親もそれくらいは弁えてる。


「従者どころか、使用人もほとんどいないというし、すぐ通るだろう。シュゼル、準備しておけ」

「……はい」


短く、返事をする。

それ以外は許されていないから。






ーーーーーーーーーーーーーーーー






しかし、実際に第三王子と会って驚いた。

彼の兄王子たちとは、雰囲気がまるで違ったからだ。


私の挨拶を聞いて「かっこいい」と言ったり、会うのが楽しみだったと言ったり……。

更には、庭園に引っ張っていかれた。


従者の仕事はいいのかと第二王妃を見れば、明日からでいいと言われる。


今はこの王子ーーアリウスの相手をしてほしいと。


尊大な態度ばかり取る他の王子たちとは違い、アリウスはいつも楽しそうに笑っている。

裏表のない、太陽のような笑顔。

ただ、「敬語を使わないでほしい」と言われた時は流石に困った。


「シュゼル、喋り方が堅すぎて、友達と話してる気がしないよ」


……私を友達だと思っていたのか。


彼は、従者が何なのか、あまり理解していないのかもしれない。

自分が主人だという自覚がないのだろうか。


偉そうなだけで話が通じないのも困るが、これはこれで対応に悩む。


しかも私が折れなかったら、今度は木に登って「敬語やめるまで降りない」と言い出した。

……王子として、規格外すぎではないだろうか。

それでも、何故か嫌ではなかった。


私が折れたら急に木から飛び降りるし、本当に心臓に悪い。

だが、この時は気づかなかった。


怪我をしてほしくなかったのは、従者として主人を案じたのではなく。

アリウス自身に、傷ついてほしくないと思い始めていたことに。






極めつけは、ある日の戦術講義の後だった。

彼は私の頭脳や剣の腕前を褒めてくれたが、そんなもの私にとっては価値がない。


魔術がまともに使えなければ、アストリアン家では"出来損ない”だ。

それが全てなのだから。


しかし、アリウスは言った。


「魔術が使えないからって、従者の仕事で困ったことなかったよね?なら別に問題ないんじゃないかな」


魔術が使えないことを、問題ないなんて。

そんな言葉を初めて聞いた。


「それに、母上が言ってた。『何でもできる人なんていない。だから人は、補い合って生きるんだ』って。

 僕は覚えるのが得意で、シュゼルは考えるのが得意。だったら僕が覚えるから、シュゼルはそれを応用してくれたらいい。

 ……それが、一緒に戦うってことだと思うし。シュゼルがいてくれたら、最強になれそうな気がする!」


そう言って笑った顔は、まるで本物の太陽みたいだった。

なんだろう。


本当に“私”を見て、必要だと言ってくれたのは――アリウスが、初めてだった。

この存在を、肯定してもらえたと感じた。


私にも出来ることがある。

誰かのためになれることがある。

だから、それをすればいいと――そう、初めて思えた。


アリウスが必要としてくれるのならば、私は私でいられる。

そう思った。


だから、その後にアリウスが

「……あれ? これだとシュゼルの負担が大きすぎるかな。僕、覚えるだけで丸投げだよね?」

と言ったときには、思わず笑ってしまった。


作りものではない笑みが自然とこぼれるなんて、今まで無かったのに。


「問題ない。それが、私の仕事だ」


そう言いながらも、私はきっと、彼に“役割以上の何か”を見ていた。


はじめは、親に言われて従者になった。

少しは家の役に立たなければ、捨てられるのではないか――そんな恐怖があった。


……けれど、今の私は違う。


私は、自分の意志でアリウスを支えたいと思っている。

親は関係ない。

周囲に何を言われようと、構わない。


彼こそが、私のすべてだと。

何があっても傍で仕えると――






そう、心から誓ったんだ。



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