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65.陽だまりのような君と

従者としての務めが始まってから、シュゼルは常にアリウスの傍にいた。


王子教育以外の講義は共に受け、行動のすべてを見守る。

アリウスが礼儀に欠けた発言や態度をすれば、すぐに注意した。

「主を正しい道に導くこと」ーーそれも従者の仕事だと、教えられたからだ。


だが。


「シュゼル、喋り方が堅すぎて、友達と話してる気がしないよ。もうちょっと普通に話そう?」


ある日の休憩時間、アリウスが口を尖らせてそう言った。

“友達”という言葉に、シュゼルはわずかに目を見開く。

だが、その反応を隠すように、静かに頭を下げる。


「申し訳ございません。……立場上、そのような振る舞いは控えるべきかと」

「でもさ、ずっとそんな感じじゃつまんないよ」


拗ねたような声で言いながら、アリウスはシュゼルの顔を覗き込む。


「なんか敬語だと、壁があるみたいで。……もしかして、僕のこと嫌い?」

「……いいえ。主を嫌うなど、ありえません」


一瞬の間を置いて、シュゼルは淡々と答える。


「ただ、私と王子殿下では身分が違います。それを忘れるわけにはいきません」


きっぱりと断ると、アリウスは「ふーん」とだけ言って空を見上げる。

そして何かを思いついたような顔をしたが、シュゼルは特に問いたださなかった。


ーーだが、あのとき聞いておくべきだったと、後々後悔することになる。






翌日。


「アリウス殿下? どちらに……」


いつものように務めに就こうとしたが、主の姿が見えない。

庭園に出ているのかと思い探して回った末に、ふと視線を上げるとーー


最も高い木の枝に、アリウスが足をぶらぶらさせて座っていた。


「危険です! すぐに降りてください!」


反射的に叫ぶと、アリウスは枝の上からのんびり返す。


「じゃあ、敬語やめてよ」


……まだ諦めていなかったのか、とシュゼルは小さく息をつく。


「ですから、立場というものが……」

「それって公の場での問題でしょ? じゃあ、普段はいいじゃん」


まったく引く気配のないアリウスに、シュゼルは思わず頭を抱えそうになる。

「王族に失礼のないように」と厳しく叩き込まれてきた身としては、敬語をやめるという発想そのものがなかった。


「……ですが……」


言葉が、続かない。

普段なら口をついて出るはずの礼儀作法が、この時ばかりは喉に引っかかっていた。


攻防はしばらく続き、そしてついに――


「わかりま……いや、わかった。なら、二人の時だけで……だけだ」


根負けしたシュゼルがそう答えた、その瞬間。


「やった!」


ぱっと勝ち誇ったように笑ったアリウスは、なんの躊躇もなく枝から飛び降りた。


「殿下っ!?」


慌てて駆け寄ったシュゼルの目の前で、アリウスは軽やかに着地する。

しかし、直後にバランスを崩して転がった。


「殿下、お怪我は……!」

「いった……でも、大丈夫。ちゃんと受け身取れたし!」


屈託なく笑うその顔に、シュゼルは思わず大きくため息をつく。


「……命に関わります、やめてください……」


本当に数年寿命が縮んだ気がする。

そんな顔をしていると、アリウスが拗ねたように言った。


「さっきから、また敬語になってる。名前も呼んでくれないし」


今、そこを指摘するのかと内心困惑しつつも、シュゼルは一度呼吸を整えると、言い直した。


「……危険なことはやめてくれ、アリウス。こっちの身がもたない」


アリウスは嬉しそうに笑って、「うん、じゃあ気をつける」と返す。


心臓には、悪い。とても。

けれど不思議と、その時間が、心地よく思えるようになっていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






シュゼルが従者になって、数ヶ月が経った。


そんなある日の、戦略講義の時間。

この日は地形や兵力差、補給線を踏まえた戦術の応用が課題だった。


「シュゼル、またすごいの思いついたね!」


講義が終わるやいなや、アリウスが嬉しそうに声をかけてくる。


「先生も言ってたよ。そこに気づけたのは立派だって。やっぱりすごいよ、シュゼルは」

「いや、別に……」

「それに、剣術の授業の時だって先生に褒められてたし」


先日の剣術の授業で、シュゼルが講師に称賛されていたことを思い出しながら、アリウスは言った。

彼は一度習っただけで、剣の振り方も受け流し方も、隙をついた動きもすべて自分のものにしてしまう。

その鮮やかな動きに、思わず見惚れたほどだった。


「それに、僕がおかしなことした時はちゃんと注意してくれてさ。すごく頼りになる!」


まっすぐな賞賛に、シュゼルは反射的に視線を逸らす。

慰めでもお世辞でもない。

この少年の言葉には、一片の迷いもなかった。


だが。


「剣などできても……私は、魔術が使えない。アストリアン家の子息にも関わらず、だ。

それに、アリウスのように一度見ただけで配置や地形を正確に覚えるなんて、私には……」


小さな声でこぼすと、アリウスはふと表情を曇らせた。

だがすぐに、いつもの笑顔で返す。


「覚えられるだけだよ。覚えたからって、どうすればいいかまでは考えられないこともある」


それは、明るい口調に反して、どこか静かな声だった。


「それに、魔術が使えなくても、従者の仕事で困ったことなかったよね?なら別に問題ないんじゃないかな」


きっぱり言い切ったあと、アリウスはふと何かを思い出したように続ける。


「母上が言ってた。『何でもできる人なんていない。だから人は、補い合って生きるんだ』って」


国王ですら万能ではない。だからこそ、王妃が支えるのだと母は語っていた。

自分もそんなふうに、誰かと支え合える人になりたい。ーーずっと、そう思っている。


「僕は覚えるのが得意で、シュゼルは考えるのが得意。だったら僕が覚えるから、シュゼルはそれを応用してくれたらいい。

……それが、一緒に戦うってことだと思うし。シュゼルがいてくれたら、きっと最強になれる気がするんだ!」


そう言って笑った顔は、まるで太陽みたいだった。

だが、その直後に少し首を傾げて、ぽつりと呟く。


「……あれ? これだとシュゼルの負担が大きすぎるかな。僕、覚えるだけで丸投げだよね?」


本気で悩んでいる様子に、シュゼルは小さく笑った。

無意識に、自然と笑ったのは、これが初めてかもしれない。

そして、はっきりと首を横に振る。


「問題ない。それが、私の仕事だ」


親に言われたからではなく、自分の意志でそう言えた。

アリウスを支えることが、自分の“願い”なのだと。

彼のそばにいたい、力になりたいと、心から思った。



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