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60.あの目を閉ざせなかった

間もなく、私は内密に“陛下”と呼ばれる人物の前へ連れて行かれた。

立ち止まる場所も、視線の位置も、事前に細かく指示される。


姿を見たのは初めてだった。

短い銀色の髪に、氷のような冷たい瞳。

けれど、何の感情も湧かなかった。


その人は、私を見下ろし冷めた表情で言う。


「魔獣のような瞳だな」


意味は、わからなかった。

けれどその言葉に、大人たちは小さく反応していた。


それ以上は何も言われず、部屋から出るよう言われる。

数人の大人だけが、そこに残った。


廊下を歩いていると、ふと横の窓に自分の姿が映る。

そこには、金色の光を宿した瞳があった。


(……こんな色だったんだ)


以前からこんな色だったのかどうかは、知らない。

自分の姿を見た事すら、この時が初めてだったから。


これが珍しいのかもわからない。

ただ、さっきの“反応”を見る限り、普通とは違うのかもしれないーーと、思った。


それだけだった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






それから、任務に就くようになった。


機密文書を盗み出す。

要人の動向を監視し、行動パターンを記録する。

時には、屋敷に忍び込んで、薬物や装置の設置を行うこともあった。


逆らう、という選択肢は存在しなかった。

そんなこと、考えたこともない。

与えられた役割を果たすこと。それだけが、生きる術だった。




私は眠らなかった。


疲れも、感じなかった。


だから、ひたすら任務のために動き続けた。




けれどある日、意識が少しだけ霞む。

ほんの一瞬のことだったが、そのせいで通るべき道を間違えた。


(……おかしい)


疲れてはいない。眠くもない。

だが、頭の奥がじんわりと痛んでいた。

魔力の波が、わずかに乱れている。


立ち止まり息を整えていると、誰かが来る気配がした。

とっさに物陰へ身を潜め、息を殺す。

足音が近づく。


そっと覗き込むと、見たことのない人物が歩いてくるのが見えた。


少年のようだが、とても堂々としている。

驚くほど整った顔立ちで、背筋を伸ばして歩く姿は、どこか凛としていた。

ーー空気が違う。

静かで、冷たいのに、澄んでいる。


髪と瞳の色は、陛下に似ていた。

けれど、あの人とは違う。


彼の瞳は、凍てつくように冷たいのに、吸い込まれるように目が離せない。


胸が、ざわついた。

初めて感じる感覚だった。


息をするのを、忘れていた。


少年が通り過ぎ、足音が完全に消えたあとも、しばらく動けなかった。

やがて、ようやく体が感覚を取り戻し、私は静かに来た道を戻る。


彼の姿を、脳裏に焼き付けたまま。






ーーーーーーーーーーーーーーー






何年も、任務をこなすだけの毎日が続いた。

そんなある日、ふと耳に届いた声。

部屋に戻る途中、通りかかった部屋の中からだった。


「……目障りな騎士がいる」


誰かの雑談のような会話。

聞き流すには少しだけ、内容が具体的だった。

聞き耳を立てようとしたわけじゃない。

けどスパイとして身についたものなのか、自然と会話を聞き取ってしまう。


その騎士は、リヴァレーナ王国所属だと言っていた。

まだ若く、位階も低い。

だが、剣の腕は確かで、兵にも民にも信頼されていた。

何より厄介なのは、彼が各国の騎士や軍関係者に顔が利くということ。


かつて訓練交流で訪れた他国でも評価され、リヴァレーナ王国を外交の場へ引き込む可能性があるらしい。


「放っておけば、いずれグレイシャにとって邪魔な橋渡し役になるぞ」


今は中立を保っているリヴァレーナ王国が、グレイシャ帝国の敵対国と友好関係を結べば、どうなるか。

"この帝国にとって面倒なことになるかもしれない”と、そういう話だった。


「今のうちに摘んでおけってさ。上の方からの判断らしい」


どうやら、この国は「リヴァレーナ王国を”中立”あるいは”こちら側”に置いておきたい」と考えているようだった。


その騎士は、まだ何もしていない。

けれど“何かをしそう”というだけで、排除対象になった。


(……よく、わからない)


私は、”考える”事を許されていない。

これ以上聞いていても無駄だと思って、この場を離れた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






数日後、呼び出された。


次の任務はリヴァレーナ王国の首都、ヴィゼリアへ行くよう命じられた。


標的の名は、セディ・カランテ。

まだ若いが、非常に優秀かつ厄介な騎士だという。


ーーこの間、話に出ていた人だろうか。


「やり方は任せる。奴も強いようだが、お前の実力なら容易いだろう」


そう言って、転移魔法陣を刻んだ部屋へ連れて行かれた。

「戻る時はこれを使え」と、魔道具を渡される。

私は頷き、魔法陣の上に立った。


人を殺すことについて、何も思わなかった。

そもそも「殺す」という言葉の意味を、よく知らない。




誰かを止めること。


動けなくすること。


任務を果たすこと。




それくらいの認識しかなかった。






ーーーーーーーーーーーー






ヴィゼリアに到着し、指示された通り訓練場を探す。

標的は、毎日遅くまで一人で鍛錬をしているらしい。


深夜。人の気配はない。

そんな中、まもなく目的の青年を見つけた。


誰もいない訓練場の片隅で、彼は一人、木剣を振っていた。


静かな横顔。

整った顔立ち。

まっすぐに立つ姿。

剣の振り方も、所作も綺麗だった。


(この人を……止める)


気配を消し、近づく。

背後を取れた。

武器も、手の中にあった。

動けば届く距離に、彼はいた。


ーーなのに、動けなかった。


理由は、わからない。

ただ、この人の目を、私が閉じる。

その事実が、なぜか手を止めさせた。


心臓が変に騒がしい。

胸の奥に、針のようなものが刺さっている気がする。

こんな感覚は……今まで、一度もなかった。


その時、青年がこちらを向いた。

咄嗟に武器を隠す。


「……あれ? こんな所で何してるの?」


優しい声だった。

問いかけるような、柔らかな響きだった。


言葉が出ない。

身体も動かなかった。


彼は微笑んで、穏やかに口を開く。


「こんな時間に、女の子が外にいたら危ないよ。早く帰った方がいい」


私は、何も言えなかった。

黙ったまま、彼の言葉を聞き流すようにして、背を向けかけた次の瞬間。


「……ごめんね。俺はまだ、死ねないんだ」


小さく、呟かれた言葉。


それで、悟った。

彼は、すべてをわかっていた。


わかっていたのに、それでも私を責めなかった。

笑っていた。

静かに、受け入れていた。


私は何もできなかった。


そのまま、魔道具を使って音もなく帰還する。


何故殺せなかったのか。理由はわからなかった。

ただ、一つだけ。


あの時の……手の、震えだけは。

忘れようとしても、感覚だけが消えないまま、残っている。



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