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5.海上で出会う仲間たち

窓から差し込む朝日が顔に当たり、ヘリオスは眉を寄せた。

眩しさから無意識に手で目元を覆いながら、彼はゆっくりと目を開く。


見慣れない天井が、視界に入った。

更に、かすかに身体が揺れている。

その時、寝ぼけた頭で、自分がどこにいるのかようやく思い出した。


(そうだ、僕、海賊船に乗ったんだっけ……)


昨日の夜のことを夢のように感じるが、この景色が紛れもなく現実であることを思い知らせてくる。

ふと、お腹に重みを感じて目を向けると、ウィスカが丸まってすやすやと寝ていた。

普段はヘリオスより早く起きているのだが、昨日魔術を駆使したせいで疲れたのだろうか。


「おはよう、ヘリオス。よく眠れたか?」


声がした方を見ると、すでに支度を終えているシュゼルがいた。

こちらは相変わらず朝が早い。


「おはようシュゼル。……思ったより、寝てたみたいだ」


寝る前は、慣れない環境と怒涛の出来事のせいで眠れるか心配だったが、いつの間にかぐっすり寝ていたらしい。

「ヘリオスらしい」と笑いをこぼすシュゼルに、妙に安心する。


いつでも傍にいてくれるシュゼルの存在は、ヘリオスにとって何より有り難かった。


ヘリオスはウィスカを落とさないようにそっと起き上がると、自分も身支度を始める。

とはいえ、荷物を持ち出していないので(というか燃えたので)、服は1着しかない。

シュゼルの魔術できれいになっているが、やっぱり替えもほしい。


そんなことを考えながら、とりあえず派手に寝癖のついた髪を整えていると、ドアがノックされる。


「起きてる?皆に紹介するから、とりあえず出てきて」


シオンの声だった。

急いで支度をして部屋から出ると、「あ、起きてたのね。おはよう」と彼女は言った。


「おはよう、船長」

「じゃあ行きましょう。ついでに船内を案内するから」


そう言ってシオンが最初に向かったのは、談話室だった。

奥にキッチンもあり、食事もここでするらしい。


「みんな好き勝手過ごしてるから、揃ってご飯ってことは基本ないけど……あ、ルナ!」


キッチンの奥から出てきた女性に、シオンが駆け寄る。

そして彼女の腕に抱きつきながら、笑顔で言った。


「昨日少し会ったわよね?この子はルナリア。私の最初の船員で、船のことはほとんど何でも出来るわ。あ、可愛いからって手を出したらだめよ?」

「……私にそんな気を起こす人はいないと思いますが」

「ルナは自分の魅力をわかってないのよ!」


紹介と言いつつ、シオンの意識が完全にルナリアに向いてしまっている。

蚊帳の外のような感覚にどうしようかと困っていると、それに気づいたルナリアがシオンを見たまま、無言でヘリオスたちを指差す。


どうやら、シオン以外とあまり目を合わせる気がないようだ。

ルナリアの行動に、シオンは「あ、そうだった」とヘリオスたちに視線を戻す。


「じゃ、今度はそっちの番ね」

「えっと、僕はヘリオス。こっちはシュゼルとウィスカ。よろしく」


ヘリオスが言うと、ルナリアは黙って彼らを見る。

少しだけ、ウィスカのことを長く見たあと、目を逸らして小さく呟いた。


「……よろしく」


無表情と、抑揚のない声。

感情に乏しいのか、ヘリオスたちに関心がないのか。

よく見ていたつもりだけど、どうにも読み取れない。


そして、そのまま準備があると言わんばかりに、シオンに一礼する。

ヘリオスたちには視線すら向けず、興味なさそうに歩き去っていった。

気難しそうな子だな……とヘリオスが思っていると、ウィスカがルナリアの下がった方向をじっと見ている事に気づく。


「どうかした?ウィスカ」

「……いや、別に。何でもねー」


そっけなく答えると、ウィスカはヘリオスの肩に跳び乗った。

「じゃあ、次行きましょうか」というシオンのあとに続き、今度は甲板に向かう。


「この時間なら、鍛錬してるはず……」


シオンはそう呟きながら、甲板に出る扉を開けた。

すると同時に、風を切る鋭い音が耳に響く。


船尾の広い空間で、誰かが剣を振っていた。

距離が少し離れているが、かなり長身の男性だということが見て取れる。


「ちょうど良かった、カルロ!」


カルロと呼ばれた男性が振り返る。

短く切られた黒い髪と、穏やかそうな黒い瞳。

駆け寄ってくるシオンに笑顔で挨拶をすると、大きな剣を一度鞘に納めた。


「おはよう船長。……あれ、その人達は」

「昨日うちに来た、新しい船員よ」


シオンはそう言うと、ヘリオスたちに向き直った。


「こいつはカルロ、街での用心棒とか、戦闘になった時の前衛が主な役割よ。身体は大きいけど怖くないから安心して」

「……その説明はどうなのかな」


カルロが苦笑しながら頬を軽くかく。

確かに、2メートル近くありそうな巨漢ではあるものの、雰囲気はとても柔らかい。

彼はヘリオスたちに手を差し伸べると、笑顔で言った。


「紹介された通り、俺の名はカルロ。よろしく」

「よろしく」


ヘリオスは握手を返しながら、自分たちの自己紹介もする。

ヘリオスも成人男性であり身体も小さい方ではないのだが、彼の近くに立つと子どものようだった。

手の大きさもまるで違う。


その事に少し驚いていると、船頭の方から誰かが走ってくるのが見えた。


「船長!ちょっと聞きたいことが……って、あれ?誰ですか?」


やってきたのは、小柄な少年だった。

明るい茶色の髪は短く切り揃えられているが、前髪がとても長く顔の右半分を覆っている。

人懐こそうな大きな瞳も、片方しか見えていない。


「昨日来た新しい船員よ。ちょうど良かった、この子はレイジ。この船の航海士をやってもらってるの」


突然見知らぬ人の前で紹介されたからか、レイジは姿勢を正して緊張気味にヘリオス達を見た。

素直そうな瞳が、遠慮がちにヘリオスに向けられる。


「えっと、レイジです。よろしくお願いします」


勢いよく礼をしたせいで、うっかりバランスを崩す。

咄嗟にヘリオスに支えられ、「す、すみません」とやや恥ずかしそうに言った。

微笑ましい雰囲気の船員だ、と思う。


「気にしないでいいよ」


ヘリオスはレイジに笑いかけつつ、先程同様に自己紹介をした。

その笑顔に、レイジの緊張が少しほぐれたらしい。


そして、レイジは不意にウィスカを視界に入れると、不思議そうに首を傾げた。


「えっと、猫……じゃ、ない??羽生えてるし……額も……」

「まあ、猫ではねーな」


突然喋ったウィスカに、レイジが飛び退いて驚く。


「しゃ、しゃ、喋っ……」

「ビビりすぎだろ。まあ、喋る魔物はそんな多くねーけどな」

レイジの反応がちょっと面白かったのか、珍しく少し得意げにウィスカが言った。

そんなやり取りの中、ハッとしたようにシオンが言う。


「そういえば、私に聞きたいことがあったんじゃないの?」

「あ、そうだった。すみません、ちょっと航路のことで……」


「……なるほど。ちょっと確認してくるから、待ってて。すぐ戻るわ」


そう言って、シオンはレイジとともに一度船頭の方へ向かう。

カルロもいつの間にかトレーニングに戻っていて、残されたヘリオスたちはとりあえず海を眺めることにした。


船の柵に手をかけ、揺れる波を眺める。

昨日は暗くてよくわからなかったが、日に照らされて輝く水面はとても綺麗だった。


「海って、こんなに広いんだ……」


ぼそっと呟いた瞬間、不意に頭が痛む。

咄嗟に額を抑えた瞬間、耳の奥に誰かの声が響いた。



ーーいつか、一緒に海が見れたらいいねーー



「……え?」


知らない、誰かの声。

微かすぎて分かりづらかったが、女性の声のような気がした。


知らない、声。でも、どこか懐かしいような……?


急に頭を押さえて俯いたヘリオスに、シュゼルが心配そうに声を掛ける。


「……大丈夫か?やはり慣れない船上で疲れているのでは……」

「いや、大丈夫。何でもないよ」


小さく笑って答えるが、それでもシュゼルは不安そうな顔をしていた。

本当に心配性だな、とついつい苦笑する。

その時には、先程聞こえた声のことも気にならなくなっていた。


「ごめん、お待たせ」


上からの声に驚いて見上げると、見張り台からシオンが飛び降りてくる。

なぜそんな所に!?という疑問はさておき、咄嗟に駆け寄ろうとした。

しかしその時、風が彼女の周りを包むように集まり、ふんわりと着地する。

そうだ、この子は飛べるんだったーー今、気付いた。


「とりあえず何も問題なさそうだったわ。それより、ベルの奴がいないのよね」


周囲を見渡しながらシオンが言う。

おそらく、残りの船員の名前だろう。

この感じだと、最後の一人なのだろうか。


潮風で揺れる髪をかきあげながら、呟く。


「また夜遊びかしら……」

「酷いなぁ、遊んでないって」


シオンの言葉の最後に被るように、よく通る男性の声がした。

いきなり真後ろから聞こえた声に、ヘリオスたちは咄嗟に振り返る。


(何だ?この男……気配がなかった)


シュゼルが目を細めて警戒するが、男性は飄々とした雰囲気でヘリオスたちを通り過ぎ、シオンに近づく。

肩までのある少しくせ毛の銀髪に、切れ長の鋭い紫の瞳。

シュゼルと系統は違うが、明らかに「美形」と感じる顔立ちだった。


「情報収集に行ってたんだよ。船長一筋の俺が、夜遊びなんてするわけ無いじゃん?」

「どうだか」


顔を覗き込むようにして言う男性の言葉に、シオンは腕を組んで素っ気なく応える。

だいぶ距離が近いのに顔色すら変えず、彼女はヘリオス達に視線を向けた。


「こいつはベルナルド。街での情報収集や交渉事が主な役割よ。ちなみに言ってることは大体嘘だから、信じないほうがいいわ」


(大体嘘って……)


シオンの辛辣な物言いに、思わず苦笑してしまう。

シュゼルはまだ警戒するように、ヘリオスの斜め前に立っていた。


ベルナルドは警戒の視線を気にすることなく、再び軽く身をかがめてシオンの手を取ると、その甲に口づけながら言う。


「俺の船長への愛だけは、いつだって本物だよ。船長のためなら、例え火の中、水の中、……ベッドの中……とか?」

「入ってきたら海に沈めるわよ、変態」


冷ややかな目で一蹴したあと、軽く手を振り払うとシオンはヘリオスたちの方に歩いてきた。


「じゃあ、船員の紹介は終わったし、自由にしてていいわよ。お腹すいてるなら食事にしても……」

「あれ、俺に紹介はしてくれないの?」

「あとで適当に聞いたら?」

「俺の扱い、雑すぎない?」


肩をすくめながらベルナルドは言うが、特にショックを受けているようには見えない。

シオンはやることがあるから、とヘリオスたちに言い残すと、船室に戻ってしまった。

その背中を見送っていた時だった。


「また船長の笑顔、見逃したなぁ。……で、新入りくんたち?」


声をかけられて、ヘリオスが振り返ると、ベルナルドがズイッと距離を詰めてくる。

ヘリオスの驚いた顔を見ながら、不敵に笑って言った。


「船長に変な気、起こさないでね。俺が口説いてる最中だから」

「……それは要らぬ心配だ。そんな事よりヘリオスから離れろ」


言葉に詰まるヘリオスの代わりに、シュゼルは言う。

ベルナルドを鋭く睨みながら、低く静かな、それでいて圧を感じる声で。

本当は剣を突きつけてやりたいところだが、無駄なトラブルは起こしたくない。


「お〜、怖い怖い。まあ、船長にさえ近づかないなら、お前さんたちに興味ないから。船にいる以上、顔を合わせることはあるだろうけどね」


怖い、なんて言いながら、シュゼルの睨みに全く怯む様子もなくベルナルドは立ち去る。

掴みどころのない雰囲気に、シュゼルの表情は険しいままだった。


離れていくベルナルドを見送って、ヘリオスは小さく息を吐く。

正直、ちょっと苦手かもしれない。


それにしても、あのベルナルドという男。

男ですら一瞬ドキッとしてしまうような色気を持っているのに、シオンはあれだけ距離を詰められ口説かれても、動揺どころか顔色ひとつ変えなかった。

本気で興味がないのか、「嘘ばかり」な男の言葉を、ただ信用していないのかーー。


「で、どうする。部屋にでも戻るか?」


ウィスカの言葉にハッとして、ヘリオスは視線を足元に向けた。

シュゼルも我に返ったように、険しかった表情が戻る。

雰囲気が戻ったシュゼルの様子に少し安堵しながらも、ヘリオスは空を見上げながら、「そういえば……」と呟いた。


「……自由にって、見張り台に上がってもいいのかな」


先ほどシオンが降りてきた見張り台。

あの高さから見渡す景色はどんな感じなのか、興味があったのだ。


「船主の部屋以外は禁止されてねーし、いいんじゃね?」

「だが危なくないか?足場が少し不安定だが」

「過保護かよ……」


ウィスカの言葉にシュゼルが振り返るが、ウィスカはふいっと横を向いた。

いつもの悪態に対し、諦めたようにため息を付きながら、シュゼルは言う。


「……まあ、少しくらいならいいだろう」

「よし!じゃあ行こう」


許可が出たことに喜びながら、ヘリオスは見張り台に向かった。






心地よい潮風が、髪を優しく撫でていった。


談話室の保管庫(保存魔法付)には作り置きが入っていて、好きに食べられます。

※作ってるのはルナリア

備蓄食材を使って自炊も自由。

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