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47.仮面の舞台、その幕が上がる

作戦開始。それぞれのルートが、同時に動き出します。

朝の光が差し込む中、談話室には既にほとんどの船員が集まっていた。


シオンとルナリアの姿はない。

ルナリアについては、誰も何も言わなかった。おそらく、あえてだ。

しかし、いつも先頭に立っているはずのシオンがいないことには、わずかな違和感が漂っていた。


「……今更なんだけど」


ヘリオスがぽつりと呟くように言う。


「潜入って、夜の方がいいんじゃないか?昼間に動いたら、目立ちどうだけど……」


もっともな意見に、頷きかける者もいたが、それを否定するようにカルロが口を開いた。


「いや、ああいう場所は、むしろ夜の方が警戒心が強い。昼間の方が潜入しやすいだろうな」


傭兵時代の経験からくるのだろう。

確信のある言葉に、一同が納得した。


そしてすでに、変装組は支度を終えていた。


カルロは、いつもより明らかにきっちりとした格好をしている。

立ち襟の上着に、無駄のない動きと背筋の通った姿勢。

剣を背負ってはいないが、それでも「護衛」という役割を感じさせる風格は残っていた。


シュゼルは深い赤と金を基調とした上質な衣装に身を包み、静かに佇む姿は、まるで絵画から抜け出した肖像画のようだった。

黒髪に灰色の瞳――今の“身分設定”とされている、とある国の出身者に多い色合いで、魔道具によって変えている。

だが、そんな表層の装いなど意味を成さないほど、彼の美しさは際立っていた。

目元の陰影がより深くなり、洗練された横顔には、どこか儚げな気配すら漂っている。

その場の空気すら彼を中心に静かに整えられていくような、静けさと気品を纏わせていた。


(……船に来た時はあんな格好してたけど……絶対に平民じゃない)


誰も言葉にはしなかったが、心の中では全員が、同じことを思っていた。



隣には、使用人風に装ったベルナルドが立っている。

これまた意外にも、目を見張るほどよく似合っていた。

燕尾服を見事に着こなし、黒縁の眼鏡が真面目な雰囲気を際立たせる。

白手袋をはめ、落ち着いた所作で紅茶でも淹れ始めそうな気配すらあった。


そして何より、いつもは軽く跳ねていたくせ毛の髪が、丁寧に整えられている。

本人の雰囲気まで変わって見えるのだから、不思議なものだ。


「なんか……びっくりするぐらい、似合ってますね」


レイジが素直な感想を口にする。

最初、彼が執事役だと聞いた時は正直ピンと来なかったが、実際に目にしてみれば、その完成度に感心せざるを得なかった。

彼の言葉に、ベルナルドは満足げに笑う。

だがそこには、いつもの軽さとは違う、優雅な気配が漂っていた。


「ふふ、役作りは得意分野ですので。どんな人物でも演じられますよ?」


顔は確かにベルナルドなのに、喋り方も所作も、まるで別人だ。

それが自然すぎて、逆に奇妙な感覚すら覚える。


そんなやり取りの中、ノクスがふと、皆が気にしていたことをあえて口にした。


「……おい、チビ船長はどこ行った?まさか特訓でバテてねぇよな」

「いや、来てはいるんだけどねぇ」


ノクスの問いに対し、急にいつもの口調で答えたベルナルドは、ちらりと扉の方を見る。


「ちょっと引っ張ってくるから、楽しみにしててよ」


ひらひらと手を振りながら、ベルナルドは廊下へ向かった。

彼が出てから間もなく、扉の向こうからかすかな言い争いの声が聞こえてきた。


「いや! 絶対ガラじゃないし、笑われる!」

「何言ってんの、俺がプロデュースしたんだから完璧だって。そもそも素材が最高だし」


半ば押し問答のような会話が続いた末、扉が開かれる。


そこに現れたのは、確かにシオンだった……が。

その姿は、見慣れたものとはまるで違っていた。


深紅のドレスは重厚で、金糸の刺繍が波のように裾を流れている。

身を包む布は重そうなのに、まるでそれが当たり前かのように堂々と着こなしていた。

胸元には深い赤の宝石が輝き、同じ石をあしらったピアスとネックレスが、彼女の黒髪と肌の白さを際立たせている。


その髪も、今日は長い。

背中まで流れる艶やかな黒髪も、魔道具によって長さを変化させているのだろう。

自然に馴染んでいて違和感はない。

瞳は普段よりも大きく見え、視線は凛と前を見据えている。


ヒールのある靴で背も高くなっており、所作も普段の“軽快な動き”とは異なるーー落ち着いた、まるで別人のような気品があった。


……まさに、完璧な貴族の女性だった。


そのあまりの変貌に、談話室の空気が凍りつく。

誰もが言葉を失い、ぽかんと彼女を見つめていた。


しかし、シオンは沈黙の理由を取り違えたらしい。

むすっとした表情で、小さく呟く。


「……ほら、やっぱり。みんな呆れてるじゃない……」

「まさかぁ、見惚れてるだけだって。ねぇ?」


ベルナルドがヘリオスを見て感想を求めると、彼は何度も頷いて答えた。


「うん、すごくキレイでびっくりした」

「……あ、ありがとう」


あまりに真っ直ぐな褒め言葉に、シオンは言葉に詰まりながらもお礼を言う。

他のメンバーを見ても、ヘリオスに同意するように頷く。

ノクスだけは、顔ごと背けていて表情が見えない。

いつも通りの無関心にも見えたが、何かを誤魔化すようにも感じられた。


ベルナルドは改めてシオンをまじまじと見ながら、楽しげに口を開いた。


「いやぁ、これは惚れる。どう?最後は執事と逃避行とか。アリじゃない?」

「作戦終わったら、この設定も終わるんでしょ。意味分かんないわよ」


シオンは軽く目を細め、呆れた声を返した。


「……昨日の真面目っぷり、どこ行ったのかしら」


昨晩行われたスパルタ地獄を思い出しながら、ぽつりと呟く。

本当に、特訓の間は一切ふざけていなかった。

変装の完成度を見る限り、成果も上々だろう。


一通りの確認が終わったところで、談話室に静かな空気が流れる。


今はまだ笑いも混じっていたが、ここから先はそれぞれの“作戦”に向かう時間だった。


「……じゃ、そろそろ行こうか」


ベルナルドが手のひらに一枚のカードを取り出す。

淡く揺れる魔力の光が、張り詰めた空気を引き締めた。


「俺たちは、一度近くの森に入るよ。馬車で来たことにしないと不自然だし、細かく詮索されたら面倒だからね」


既に、森の中に馬車を待機させているらしい。

すべて「貴族夫妻一行」としての偽装の一部だった。

どこまでも用意周到だと、呆れを通り越して感心してしまう。


「大丈夫、ここまで準備したんだ。完璧にやり切ろう」


そう言って片目を閉じ、ベルナルドがカードを軽く弾いた。

いつも通り小さな炎に包まれたそれは、かき消えるように消滅し、同時に転移陣が展開される。

幽かに明滅する光を宿した魔法陣の中へ、潜入作戦のメンバーが順番に身を委ねていった。


「……みんなも、気をつけてね」


移動する直前、シオンはひとこと残し、振り返ることなく光の中へと消えていく。

その瞬間、談話室にはわずかな揺らぎすら消え、静寂だけが取り残された。



それぞれの作戦へーー

彼らの旅は、静かに次の段階へと動き出した。



この章では、貴族の姿に身を包んだ潜入組の話を書いていきます。


また、今回登場した「変装用魔道具」について、少し補足を。

作中では目や髪の色、髪の長さを変える程度のものを使用していますが、

「だったら姿ごと変えればいいのでは?」と思った方もいらっしゃるかもしれません。

実は、変装魔道具には作成難度と完成までの日数に大きな差があります。

・目や髪の色・長さを変える程度なら

 → 一般的な技師でも2〜3日、腕の良い者なら一晩で作成可能。

・輪郭や体型を少し変える(やせて見せる、頬をふっくらさせる等)

 → 通常で1週間前後。熟練の技師なら3〜5日程度。

・身長や顔立ちを大きく変える、ほぼ別人に見せる

 → 作成に最大1ヶ月ほどかかることも。扱える技師も限られます。

・性別や年齢(子供⇔大人)を変えるなど、完全に別人になる変装

 → 高度な技術が必要で、製作できるのはごく一部の専門家のみ。

   製作には1年前後かかるうえ、持続時間も非常に短いのが難点です。


今回は時間の都合上、一晩で用意できる簡易変装(目と髪の色+長さの変更)をメイン二人のために準備しました。

あとは偽名・立ち振る舞い・衣装でのカバーも含めて“それっぽく”見せている、という作戦です。

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