表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/115

【幕間】妄想と報告書と

リヴァレーナ王国に着く、少し前の小話。短めです。

ノクスが巻き込まれた、ベルナルドとの“くだらないけど無視できない”雑談。

航海中の、ある昼下がり。

甲板のざわめきが遠く感じるほど、船室の中は静かだった。

片隅の机ではノクスが報告書をしたためており、ペンの走る音と、波が船体を叩く音だけが空間を満たしている。


その静けさの中で、ふと、向かいの簡素な寝台からため息が洩れた。

ここは二人部屋だ。

視線を上げずとも、誰のものかは分かっている。

ため息など珍しいと思いながらも、特に気にかけていなかった。が……。


「……シオンに触りたい」


溢れた一言に、ノクスの手が止まった。

インク壺に触れかけた指がぴくりと揺れる。


「……いきなり何言い出しやがるんだ、テメェは」


うんざりした口調で言い返すが、ベルナルドは悪びれもせず、寝台に寝転んだまま天井を見上げていた。


「だってさ、最近前にも増して可愛すぎない? あんなの、手出さないの無理だって。肌はスベスベで柔らかいし、すぐ赤くなるのも愛らしいし、あの小さな唇もさ、綺麗でほんとキスしたくなる……」

「くだらねぇ妄想は、頭ん中だけにしろ」


ペン先を握る力が強くなる。

一歩間違えれば折れそうな勢いだ。


だが、相手はどこ吹く風。


「……なんか、顔赤くない?想像した?」

「するか!!」

「へぇ、しなかったんだ……意外。お前さん、女慣れしてなさそうだもんねぇ」


ベルナルドの声は軽く、茶化すように続いた。


「まぁ、子供の頃はあの剣士くん、今は美麗の皇帝陛下が隣にいたら、女の子も寄ってこないか」


ノクスの眉がわずかに動いた。

癪に障る言い方だが、それより気になったのは——


……なんで、知ってる?


帝国に属していることは、別に隠してない。

けど“隣”なんて言葉が出るほど、あいつの近くにいるなんて話、そう簡単に外に漏れるはずがない。

シュゼルですら、そこまでは知らなかったのに。


訝しげな顔を向けられても、からかう態度は崩さないまま、ベルナルドは言った。


「境遇には同情するけど、シオンで妄想はしないでね?」

「テメェが想像させたんだろうが」

「あ、やっぱりしたんだ」


その瞬間、ノクスの動きが止まった。

無言のまま、手元にわずかに魔力を込める。


「……やっぱテメェは、一度マジでぶっ飛ばす」

「いやいや、船の中で魔術はまずいって!壊したらシオンが怒るんじゃないかなぁ」

「……ちっ」


不承不承、魔力を解いたノクスは、小さく舌打ちをして報告書に視線を戻した。

シオンに怒られる未来は避けたい、という程度の自覚はあるらしい。


「前から思ってたけどさぁ。お前さん、口悪すぎない?身分の割には」


まただ。

何を知っている——そう問い詰めるように、ノクスは顔を上げた。


睨む視線にも、ベルナルドは動じない。

飄々とした笑みを浮かべたまま、ただこちらを見ている。

その姿に、ノクスは深く息を吐いた。

そして視線を紙に落とし、呟くように言う。


「……こんな生まれ、だからだよ」


それだけを告げて、ペン先を滑らせる。

どこまで知っているのか、どこまで話していいのかも分からない。

だがもし、仮に全てを知っているというのなら——。

きっと、ねじ曲がった理由も既に分かっているのだろう。


ベルナルドはそれ以上、何も言わなかった。

しばらくして、窓辺に腰を上げ、広い海をぼんやりと眺め始める。


まるで、波の向こうに、何か答えがあるとでもいうように。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ