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46.夜が明けるその前に

作戦実行前の、それぞれの様子です。

船室に戻ったヘリオスは、頭の中で順路の確認をしていた。


解散後すぐ、ベルナルドから立体地図を見せてもらい、騎士団長が囚われている牢の位置を教わった。

迷宮牢獄という名の通り、構造はかなり入り組んでいるが、確認しながら進めば迷うことはなさそうである。


問題は、迷うことよりもーー看守に見つからずに進めるかどうか、だ。


そんな彼の様子を横目に見ながら、シュゼルは内心で不安を募らせていた。


同行するもう一人が誰なのか、はっきりと聞いてはいない。

だが、その場にいた面子やシオンの判断からして、おそらくルナリアだろう。


もちろん、強いとは聞いている。

だが、実際に戦う姿を見たことはなかったし、性格も掴みかねていた。

シオンに忠誠を誓っている様子から、裏切るような真似だけはしないだろうと思う。


それでも、どうしても拭えないものがあった。


ーーどこか、妙な胸騒ぎがするのだ。


「シュゼル?」


突然声をかけられて、はっと顔を上げる。

気づけば、ヘリオスが心配そうにこちらを覗き込んでいた。


「大丈夫?なんか、すごく怖い顔してたけど……」

「……ああ、すまない。少し考えごとをしていただけだ」


シュゼルにとって、ヘリオスを護るより大切なことなどない。

それが自分の存在理由だと、迷いなく言えるほど。

誓いを捧げた、あの日から今日までーーその決意が揺らいだことなど、一度もなかった。


だから、本音を言えばこの作戦で別行動をとる事は納得できない。

だが騎士団長の救出は、自分の願いでもある。

そして何より、この船の一員である以上、協力しないわけにはいかなかった。


配役としては理にかなっていることも、頭ではわかっている。

あの男は、それぞれの能力を正確に把握し、最適な役割を振り分けたのだ。


……なのに。


“ヘリオス”という存在がーー今にも、自分の手の届かない場所へと離れていってしまうような、そんな感覚が拭えない。


「おーい、シュゼル?」


二度目の呼びかけに、再び我に返る。

しかし、すぐに少し俯いて、抑えた声で言った。


「……ヘリオス。もし、なにか危険があったらーー作戦が、失敗してもいい。必ず逃げてくれ」

「え……」

「君の命より、優先すべきものなどない。それだけは忘れないでくれ」


それが自分の主観に過ぎないことは、わかっている。

けれど、今のうちに言葉にしておきたかった。

何かあったとき、少しでもこの言葉が、彼の心に引っかかってくれたなら。


彼を失うことだけは……耐えられる気がしない。


いつもとは違うシュゼルの様子に戸惑いながらも、ヘリオスはまっすぐに彼の目を見て、静かに微笑んだ。


「……わかった。約束する」


その言葉に、シュゼルはようやく視線を返し、安堵のような、切なさのような微笑みを浮かべた。


彼が責任を放棄してーーましてや、誰かを見捨てて逃げるような人間ではないことなど、誰よりもよく知っている。


それでも。


例えそうだとしても、願わずにはいられなかった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「さて、じゃあ講義の内容を説明しようか」


場所は船長室ーーつまり、シオンの自室。

ベルナルドの声は明るいが、どこかいつもと違う。


ふざけた雰囲気は影を潜め、室内にはどこか緊張した空気が漂っていた。


「せっかく夜に、寝室で、シオンと二人きりだけど……残念ながら時間がない。しっかり詰め込むからね」


そう言って、彼は今日覚えるべきことを淡々と並べ始めた。

貴族としての立ち居振る舞い、言葉遣い、食事マナー、社交界の要人の顔と名前。

さらに、舞踏会への参加も視野に入れて、社交ダンスの基本も習得しておいた方がいいという。


「剣士くんはリード上手そうだし、基本さえ押さえれば、あとは任せて平気でしょ。

ただ、身長をごまかす靴を履くから、それでちゃんと踊れるように練習しないと」


シュゼルとの身長差を考慮して、足元まで隠れるドレスを利用し、シオンは厚底の靴を履くらしい。

普通ならばかなり動きづらいが、それが可能なのは、彼女の動きが軽やかだからに他ならない。


「え、待って。……一晩で、これ全部?」

「大丈夫、シオンならできるって信じてるよ。じゃ、まずは基本のカーテシーからいこうか」


足の運び、お辞儀、指先の角度に至るまで、どれも一筋縄ではいかない。

一つ動作を覚えるたびに、別のところでミスが出る。


「指先、足元、目線まで。全部“見られている”からね」


ベルナルドの口ぶりは穏やかだが、表情には笑みがなかった。

これは彼自身のプライドでもある。

自分が立てた計画で、失敗は許さない。


最初は見れたものではなかった貴族式のお辞儀も、持ち前の飲み込みの早さで次第に“らしく”なってきた。


「……まあ、形にはなったかな。どうする?少し休憩する?」


そう問われて、シオンは即座に首を振った。


「時間がないんでしょ。やるわよ。こうなったら全部完璧に仕上げてやるから……!」


疲れの色を滲ませながらも、強い目で睨んでくる彼女の姿に、ベルナルドは不意に胸がざわつく。


(……ほんと、負けず嫌いで可愛いんだから。やっぱ好き。

 それにーーこういう真剣な顔、たまらないんだよねぇ)


にやけそうになるのを抑えつつ見下ろしていると、シオンが訝しげに眉を寄せた。


「……なに?」

「ううん、なんでもないよ。じゃ、そのやる気に免じてペース上げようか?

夜明けまでに、衣装の着こなしも含めて全部仕上げるよ」

「ちょっと!やること増えてない!?」


さすがに驚きの声を上げたが、やると言った手前、引くに引けない。


こうして、地獄のスパルタ特訓は、夜明けまで続くこととなったのだった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






夜の海は、空との境界すら曖昧だった。

闇に溶け込んだ水平線は、どこまでが水面で、どこからが空なのかさえわからない。

波は静かに打ち寄せ、微かな音だけが、確かにそこに“世界”があることを示していた。


ルナリアは無言で、その黒く塗りつぶされた景色を見つめる。


(……私は、どうしたいのかしら)


先ほど、シオンから提案を受けた。

騎士団長を救出するため、迷宮牢獄に向かうヘリオスの護衛を任せられないかという話だった。


あくまで「提案」と言ったのは、「命令」でも「お願い」でも、ルナリアが断れないことを理解しているからだろう。

彼女が船を降りることを、何より恐れていると、シオンは知っていた。

だからこそ、選択肢を残したかった。


(救出する以上、騎士団長とは、顔を合わせることになる。看守にも遭遇するかもしれない。でも、私の正体がバレることは……多分、ない)


バレさえしなければ、大丈夫ーーの、はずだが。


……それでも。


了承はした。

けれど、ほんの少し……怖さは拭えなかった。

船を降りた瞬間、あの場所へ連れ戻されるのではないかと。

今度こそ、殺されるのではないかと。


セディには、恩と負い目がある。

だからこそ、彼が危険に晒されているのなら助けたいと思った。

それが自己満足だとわかっていてもーーただの罪滅ぼしだと知っていても。


そこまで考えたところで、近づいてくる気配に気づく。

一瞬だけ警戒したが、それが逃げるべき相手ではないと理解し、身じろぎひとつしなかった。


「……あれ、ルナリア?」


現れたのは、レイジだった。

夜風に当たりに来たのか、ルナリアの姿を見つけて少し驚いている。


「どうしたの? 眠れない?……あ、寝ないんだっけ?」


気さくな声色のまま、ルナリアの隣に並ぶ。

少し首を傾げるレイジに、彼女はぽつりと問いかけた。


「……眠らないなんて、おかしいと思わないんですか?」


視線を合わせず、海を見たまま溢れた言葉。

レイジは彼女の横顔を見つめ、少しだけ考えてから答えた。


「う〜ん……まあ、色んな人がいるし? 誰かに迷惑かけてるわけじゃないなら、別にいいんじゃないか?」


理由はよくわからないが、それでも気にしないという様子だった。

あまりに軽い反応に、ルナリアは少し呆れたように目を細める。


生物は基本的に、睡眠を取らなければ生きていけない。

それを「人それぞれ」で済ませるなど、無知なのか、ただの馬鹿なのかーー


「えっと……今、ちょっと呆れた顔してなかった?」

「はい」


悪びれず、あっさりと答えるルナリア。

レイジは「そっかぁ」と呻くように呟き、手すりにもたれかかる。


「オレ、ルナリアからの評価が日に日に落ちてる気がするんだけど」

「評価していないので、ご心配なく」


「……それって、つまり無関心ってことだよね」


少し拗ねたように言うレイジに、ルナリアは一度だけ彼を横目で見たあと、また海に視線を戻した。


「……変な人だとは、思ってます」

「いや、それどうなの」

「私を“可愛い”なんて言うからです」


その一言に、レイジはきょとんと目を瞬かせた。


「……いや、だって可愛いじゃん?」

「目が腐ってます」

「えぇ!?なんで!?船長だっていつも可愛いって言ってるのに!」


その言葉に、ルナリアは無表情のまま固まった。

しばし沈黙の後、小さく呟く。


「……特殊な感性をお持ちの方なのでは」

「それ、結局オレに言ったことと同じだけど……」


遠慮がちに言葉を選んだつもりだったが、内容は変わらない。

それが可笑しくて、レイジはふっと笑った。


笑われたことが気に入らなかったのか、ルナリアの眉がほんの少しだけ動いた。

けれど、それにも気づいたふうもなく、レイジは空を仰ぐ。


「それにしても、不安だなぁ。地下施設の調査とか。……よりによって、あのノクスさんと二人だし。気まずすぎるって……」


その名前に、ルナリアは一瞬心臓が跳ねた。

だが、表には出さなかった。


「ルナリアはどうするんだ? いつも船から降りないけど……今回は」

「……ヘリオスさんの護衛を提案されました」


レイジの問いかけに、ルナリアは静かに答える。

少し驚いて言葉に詰まったが、ややあって短く問いかけた。


「行くの?」

「作戦上、必要なら」

「大丈夫なのか……?」


レイジは、なぜ彼女がいつも船に残っているのかを知らない。

だが、何か深い理由があることくらいは察していた。

だからこそ、心配だったのだ。


「あなたに心配されることではありません。……もう、決めましたので」

「まあ……そうだろうけどさ。……気をつけてな?」


その言葉には、飾り気のない本気の心配がにじんでいた。

ーーなぜ、自分のような存在をこんなにも気にかけるのか。

ルナリアには理解できなかった。


理解はできない。けれどーー


彼と話していると、何故か嫌な気分にならない。

自分の「普通じゃないところ」を、当たり前のように受け入れてくれるからかもしれない。

ただ真っ直ぐな好意を向けてくるからかもしれない。


……わからない。でも。


「……そろそろ、戻ります」

「あ、うん。わかった」


踵を返し、歩き出す。

そして一旦足を止め、振り返らずにルナリアは言った。


「あなたのことを、“評価”はしていません。私に、人を評価する資格なんてありませんから。……でも」


一呼吸おいて、続ける。


「嫌い、では……ないです」


それだけ残して、甲板を去っていった。


取り残されたレイジは、ぽかんとその場に立ち尽くしていたが、しばらくして、力が抜けたようにその場に座り込む。


「……なにそれ……反則……。好き。ああもう、絶対無事に戻ってこないと……」


赤くなった顔を抱え込むようにうずくまりながら、明日の作戦に対する不安が、少しだけ軽くなった気がしていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






船室の暗がりに、ノクスは一人、座っていた。

ベルナルドはシオンと「特訓」中のため、この部屋には今夜彼しかいない。


ノクスは手元に並べた資料と図面を見つめていた。


「お前さんなら理解できるだろうから、渡しておくよ」


そんな言葉とともに、談話室を出る際にベルナルドが渡してきたものである。

地下施設の構造、魔核の搬送経路、そしてーー異常に複雑な魔術式の痕跡。

指で紙の端をなぞりながら、ノクスはじっと図面を睨んだ。

何度見直しても、引っかかる点がいくつもある。


(……間違いねぇ。これは……)


魔術式を完全に解読するのは、この一晩では不可能だ。

時間をかければわからなくもないが、流石に厳しい。

ただ、"生体の改造を目的としたもの”であることだけは読み取れた。


(あいつに施された実験と、やっぱり関係が……)


三年前処刑されたはずの、人体実験の被害者を思い出す。

それがこの船にいる「ルナリア」であることは、ノクスの中では確定事項だった。


一度だけ見た「ミレナ」と、瞳の色も魔力も、全く同じだったからである。

何故生きているのかも気になるが、せめてアイゼルが気にかけていることだけでも伝えたいーーが。

まともに話ができる状態ではなかったし、シオンの様子からして接触は難しいだろう。


ふと、あの夜のシオンの顔が頭に浮かぶ。

怒っている……というより、悔しさが滲むような表情。

大切なものを守れなかった、傷つけてしまったことに対する後悔。


(泣きそうな顔、だったな……)


ひとしきり怒鳴って睨む彼女の瞳に、薄っすらと見えた雫。

気が強いくせに、よく涙ぐむ姿を見る気がする。


しかしノクスはその思考をかき消すように首をふると、息を深く吐いた。



それより今は、彼女と関係していた可能性のある組織を、何とかするのが先決だ。

……”あいつ”の心に、ずっと引っかかったままの、実験組織。


彼がいつもの冷静さを失い、初めて声を荒らげたのは、あの件だった。


この作戦で得られる情報はきっと大きい。

だからこそ、ミスは許されない。

今度こそ、確実に仕留めてやる。

今度こそ、逃がさない。


ーー現場を押さえる? 生ぬるいこと言ってんじゃねぇ。殲滅してやるよ。


ノクスはゆっくりと立ち上がり、ローブの裾を払った。

その瞳には、薄明かりの中でも変わらぬ鋭さが宿っていた。



カルロは基本的に「感情を語らない人物」なので、今は部屋で静かに集中力を高めてます。

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