42.水の街に流れる噂
街の中心から少し外れた場所に、そのギルドはあった。
立て看板には「市民任務支援所」と掲げられており、冒険者だけでなく一般市民でも依頼を受けられる場所らしい。
室内は広く清潔で、掲示板には「荷運び募集中」や「水路の清掃手伝い」など、日銭稼ぎの任務がずらりと並んでいた。
ギルド経由で受ける依頼もあれば、中には依頼主の元へ直接出向くタイプもある。
誰でも依頼を受けられるだけでなく、個人で依頼を出すこともできるようだった。
「わあ、いっぱいあるんですね」
レイジは並んだ依頼書を見ながら目を輝かせる。
その横で張り紙を順に見ていたヘリオスが、ふと首を傾げた。
「ギルド経由と直接の依頼って、何が違うんだろ?」
その疑問に、シオンが簡潔に答える。
「ギルド経由は、報酬の受け取り損ねがないわね。手数料はかかるけど、安心感はあるわ。
個人依頼だと、条件が変わったり支払いで揉めることがあるの。その代わり、ギルド経由より報酬が高いことが多いわ」
「へぇ……」
感心しながら改めて依頼書に目を通す。
だが、一通り眺めたあと、再び首をひねった。
「……意外と、大人数で出来そうなのは少ないんだ」
町内作業や軽作業が中心で、討伐任務には“登録者専用”の記載があった。
危険を伴う依頼を受けられるのは、冒険者のみのようである。
「これだと、分かれて動くしかなさそうだな」
掲示板を見上げながら、カルロが静かに言う。
シオンも肩をすくめた。
「仕方ないわ。各自、出来そうなのを選びましょう」
仲間たちが依頼書を手に窓口へ向かう中、ヘリオスは一枚の依頼に目を止め、シュゼルを振り返る。
「ねえ、これ。薬草採取っていうのがあるよ。これなら出来そうじゃない?」
「そうだな。薬草なら見慣れているし、場所も遠くない。悪くないだろう」
ヘリオスの提案にシュゼルが頷く。
森で暮らしていた彼らにとって、薬草採取は日常そのものだ。
特にヘリオスは記憶力が優れているため、見分けにくい薬草でも正確に識別できる。
適任だった。
依頼主は町の薬師だ。
指定された採取場所は、街から馬車で数十分の場所にある郊外の森。
天候にも恵まれており、道中に危険な箇所はなさそうだった。
ただ、慣れない馬車に揺られていたヘリオスは、少しずつ背中に違和感を覚え始めていた。けれど文句を言うことはない。
「ヘリオス、大丈夫か?身体が痛くなっているのでは……」
隣に座っていたシュゼルが、心配そうに言う。
ヘリオスは驚いて顔を上げた。
「……え? あ、うん……ちょっとだけ。でも、大丈夫だよ」
微笑みながら言うヘリオスは、やはり身体が痛いのだろう。
その笑い方に元気がない事に気づき、シュゼルは真顔で呟く。
「やはり、クッションを用意すべきだったか……」
「いや、そんなの持ち歩く人、いないと思うよ?」
シュゼルの言葉に、ヘリオスは困ったように答える。
それが冗談か本気か、最後までよく分からなかった。
しばらくして馬車が止まり、目的地へと足を踏み入れる。
森の空気は湿り気を帯びていたが、どこか心地よかった。
彼らは慣れた手つきで薬草を摘み、依頼書に記された特徴を頼りに必要な数を揃えていく。
途中、茂みから現れた魔物をウィスカが軽くひねって倒したので、ついでに回収しておいた。
倒したあとのドヤ顔が、妙に誇らしげで、少しだけ可愛らしかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日が傾き始める頃、二人と一匹は収穫物を手に街へと戻る。
依頼主の薬師は気さくな人物で、薬草の質を確認すると「上出来だ」と褒め、少し上乗せした報酬を支払ってくれた。
それを手に、船に戻るべく港へ向かっていた時。
広場の一角、屋台の傍らで涼んでいた中年の婦人たちの会話が、ふと耳に入る。
「……でもまあ、まさか騎士団長様が投獄だなんて」
「ねえ、あの方よ? 剣の腕も人格も折り紙付き。いったい何があったのかしら」
何気なく通り過ぎようとしたヘリオスたちの足が止まる。
それよりも早く、シュゼルがわずかに目を見開いた。
「……騎士団長?まさか……」
呟きながら婦人たちへ近づき、礼儀正しく声をかけた。
「突然すみません。その“騎士団長”というのは、どなたのことか伺っても?」
一瞬驚いたようだった婦人たちは、すぐにシュゼルの容姿に目を奪われる。
そして扇子で口元を隠すと、上目遣いで語りだした。
「礼儀正しい方ね。いいわ、教えてあげる。
名前はセディ・カランテ。若くて真面目な人だったのに、突然、禁令違反で捕まったの。理由ははっきりしないけれど……なんでも“重大な命令違反をした”とか」
顔を赤らめつつ語る婦人に、シュゼルは柔らかく微笑んで頭を下げる。
「ありがとうございます」
シュゼルは柔らかく礼を述べたあと、婦人たちから少し離れると、目元から笑みを消してふっと息をつく。
セディ・カランテ。
名家の出ではないが、剣技と人柄で叩き上げた実力者。
王家への忠誠心が強く、他国の賓客の護衛も任されるほどの信頼を得ていた。
――例えば、式典のために訪れた"アルナゼル王国の王子”の随行に就いたこともある。
当時はまだ副団長だったはずだが、清廉な態度と柔和な受け答えで、護衛というよりも教育係のようだった。
決して、命令を無視するような男ではない。
だからこそ、シュゼルは違和感を拭いきれなかった。
何か、裏がある。
あるいは彼自身が“何かを守るため”に、命令すら破った可能性もある――
そんな考えが、頭を離れなかった。
考えをまとめるように口元に手を当てながら、静かにヘリオスたちの元へ戻ってくる。
「シュゼル、その騎士団長って……知ってる人?」
ヘリオスの問いに、シュゼルは首を振った。
「いや。面識がある程度だが……。それでも、あの男が命令違反などするとは思えない」
その声はどこか硬く、内心の引っかかりを隠しきれていなかった。
なにか、言い表せない不穏な空気を、肌で感じているのかもしれない。
沈みゆく夕日が、水面に金色の道を描いていく。
その光は、白い石造りの街並みにも淡く差し、ヴィゼリアの背に静かな影を落としていた。
自覚なし美形オーラ。




