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41.突如迫る残念な知らせ

甲板を吹き抜ける風に、ほんのりと湿り気が混じり始めた頃。

船はリヴァレーナ王国の外港――水の都ヴィゼリアを目指していた。


シオンは談話室にルナリア以外の船員たちを集めると、テーブルに両手をつき、いつもより少し低い声で言った。


「というわけで、残念なお知らせよ」


視線が彼女に集まる。

その注目を受けながら、シオンはきっぱりと口に出した。


「お金が、ない」


一瞬、室内に静寂が落ちた。


「……ま、まあ、たまには、そういうことも……?」


レイジが愛想笑いを浮かべるが、シオンは真顔のまま、手元の財布を振ってみせる。

じゃら、と乾いた音が響いた。


「この通り、ほとんど残ってないのよ。売れるアイテムもしばらく拾ってないし、地道に稼ぐしかないわ」


以前は洞穴で希少品を見つけたり、街道沿いで薬草を採取していたが、最近はそういった機会も減っていた。


カルロが静かに頷く。


「街で仕事を探すんだな」

「そういうこと。ヴィゼリアは大都市だし、短期の仕事もいくつかあるはず。割のいいのが見つかれば、みんなでやってもいいわ」


すると、ベルナルドが口元に笑みを浮かべ、手にしたカードをくるりと器用に回してみせた。


「……それなら俺が稼いでくるよ。得意分野でね」


カードを口元に寄せながら言う彼に、シオンは即座に言い放った。


「却下。どうせギャンブルか何かでしょ」

「えー、合法だよ?この国の賭博場(カジノ)は」


悪びれることなく飄々と言うベルナルドに、シオンは呆れ顔で睨む。


「合法とかそういう問題じゃないの。そもそも船のお金を賭けるのはアウトよ」


ベルナルドは肩をすくめ、「じゃあ個人資金でやるからさ」と軽く流した。

どちらも意見を曲げる気はない。


そのとき、ノクスがぽつりと口を開いた。


「……おい。この船、もう一人乗ってるんじゃねぇか?

 海底の村で見た気がするんだが……」


静かだった室内に、その一言がそっと落ちる。

全員の視線がノクスに向かった。


「あれ?紹介されてないんだ」


ヘリオスが首を傾げ、ルナリアのことを口にしようとした瞬間、シオンがすっと立ち上がる。


「そろそろ着くわ、みんな準備して。外港は混むから、さっさと降りないと」


まるで話を断ち切るかのように、シオンは早口でまくし立てた。

その強引さに多少の不自然さを感じつつも、それ以上突っ込める空気ではなかった。


隠すことでもないと思っていたヘリオスは、不思議そうな顔で首を傾げる。

だがシオンの態度から、言わない方が良さそうだと感じ取ったため、口を閉ざした。

ノクスは納得していない様子だったが、今はこれ以上追求する気はないようだ。



船は静かに、朝の光の中で水面を滑る。

遥か前方には、銀の水脈をまとった都市――水の都ヴィゼリアが、その姿を現し始めていた。






ーーーーーーーーーーーー






港に降り立った瞬間、ヘリオスは思わず足を止めた。


陽射しに濡れた白い石畳の上を、清らかな水音がすり抜けていく。

大きな噴水広場の中心では、女神像が腕を掲げており、そこから吹き上がる水柱が空に虹をかけていた。

噴水の縁では花売りの子どもたちが笑い、観光客らしい人々が涼を求めて腰を下ろしている。


街のあちこちを縫うように、細い運河が流れていた。

その上を白い石のアーチ橋がいくつも渡され、行き交う荷車や人々の姿が、まるで舞台の一幕のように美しかった。


ヘリオスの目に映るヴィゼリアは、まさに「水の街」だった。


声が出ないほど見惚れる横顔を見て、隣を歩いていたシュゼルは小さく笑う。

だが、すぐに足を止めた。


「……いいか、ヘリオス」

「うん?」


真剣な声に、ヘリオスが振り返る。


「川沿いに南へ下ると、アーチ橋を三つ越えた先に細道がある。昼間でも薄暗く、人通りも少ない。……そういう場所には、絶対に近づかないでくれ」

「え……そんな道があるの?」


ヘリオスが驚いて聞き返すと、シュゼルは小さく頷いた。


「ああ。水が綺麗なのは、あくまで表側だけだ。下水と繋がった川の淀みの中には、見せられないものも流れている。……この街は、そういうところだ」


美しい景色の裏に隠された話を聞き、ヘリオスは顔を僅かに曇らせる。

そして、確認するように聞く。


「……シュゼルが一緒にいれば、大丈夫だよね?」

「もちろん。私がいる限り危険はない。ただ、念の為用心はしておいてほしい」


口調はいつも通り静かだったが、その裏に含まれた“確信”に、ヘリオスは思わず背筋を伸ばした。

そこへ、先を歩いていたシオンが振り返り、手をひらひらと振って呼びかける。


「何してんの、あんたたち。仕事探しに行くわよ」


明るい声に気を取り直し、陽光を浴びる橋を渡りながらヘリオスはシオンの後を追った。


けれど、さっきシュゼルが示した“川の奥の細道”という言葉は、心に妙なざわめきを残していた。




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