【番外編】これからは君のことを
本編から二年ほど前の話。カルロとシオンの出会いです。
カルロが傭兵団に入団して、五年が経っていた。
大柄な体格に、穏やかで実直な性格。
無愛想でもなければ、誰かを馬鹿にすることもない。
仕事は真面目にこなすし、依頼人にも誠実。
そんな彼を好ましく思う者は多かった。
……ただし、全員ではない。
「でかい図体のくせに細けぇ」「何でもかんでも書き留めやがって」
そう陰口を叩く一部の同僚たちもいた。
カルロの几帳面さや、必要以上に丁寧な気遣いは、時として"気弱"に見えるらしい。
だが、カルロはそうした評価を特に気にしなかった。
「任された分だけきちんとやる」
それが自分の信条だった。
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その日、傭兵団に舞い込んだのは、貴族からの護衛依頼だった。
街道に妙な魔物が出るらしいので、道中護ってほしいと。
「見た目も動きもおかしい」という目撃証言があったが、信憑性は低いと判断され、依頼は通常通り受けられた。
カルロもその任務に加わることになり、仲間とともに馬車の護衛をすることになる。
実際、最初の数日は問題なく進行した。
多少の魔物が現れたが、話にあったような“妙な魔物”には出くわさなかった。
やっぱりただの噂だったんじゃないか?と思うほど、危険度の低い依頼に感じる。
しかし、四日目の朝。
団長が「例の目撃情報があった付近を通る」と告げ、先行組での安全確認を行うことになる。
そして、いつものように名指しはされず、何となく自然な形で、カルロはある同僚に誘われた。
「おい、カルロ。あっちの小道、ちょっと調べに行こうぜ」
あまり親しくはない人物だったが、仕事の上でそんなことは関係ない。
カルロはすぐに頷くと、その同僚に続く。
「了解、気をつけて行こうな」
断る理由のない、誘いだった。
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木々が鬱蒼と茂る細道。
鳥の声さえ、どこか遠くに感じた。
おかしいな……と思ったのは、しばらくしてからだ。
少し前まで隣にいたはずの同僚の気配が、ない。
「……おい?どこ行った?」
返事はない。
足音も、気配も、まるで最初からひとりだったかのように消えている。
そう思った瞬間だった。
目の前の木陰から、何かが――音もなく、姿を現した。
その姿を目にした途端、カルロの全身が警告を鳴らす。
こいつは、危険だ……と。
異形。
それ以外の言葉が見つからなかった。
獣のような胴体に、左右で異なる魔物の頭が二つ。
片方は狼、もう片方は鹿に近い角を持っていた。
その体毛は半分で色が分かれ、胴体から下は蛇のような鱗に覆われている。
尻尾に至っては……明らかに、それ自体が獰猛な蛇だった。
「……っ、なんだ、あれ……」
カルロは反射的に剣を手に取る。
だが、彼が構えるよりも早く、異形は跳んだ。
重たい空気を切り裂いて、その巨体が迫る。
カルロは咄嗟に剣を向け、真正面から――迎え撃った。
魔物が地を蹴った瞬間、視界が獣の塊で埋まる。
「っく……!」
咄嗟に剣を振るい、迫る牙を弾く。
重量に乗った突進を受け流すように後ろへ跳び下がると、着地の直後には再び斬撃を放った。
動きは重そうに見えて、異様なほど速い。
並の人間ならば、間合いに入るのが困難なほどに。
だが、カルロは一切怯まず、沈着に立ち回っていた。
剣の先が、獣の側面を捉える。
片方の頭の目元に切っ先を滑らせ、後退する瞬間に脚へと振り下ろす。
的確に、無駄なく。
「……はっ!」
回避と攻撃を織り交ぜるその剣筋には、明らかに修練の跡があった。
単純な力押しではない。
“生き残るための戦い方”を心得ている動きだった。
実際、魔物は次第に後退を始めていた。
片足を引きずり、斬られた皮膚の隙間から血が滲んでいる。
だが。
(……塞がってる……?)
さっき切ったはずの肩の傷が、もうほとんど閉じている。
浅い傷では、数秒も持たない。
「……再生するタイプ、かよ……!」
次第に戦況は傾いていく。
攻撃を重ねても、深く斬らなければ意味がない。
相手は巨体。体力差がある。
一瞬の気の緩みが、致命傷に変わってしまう。
それでもカルロは、退かなかった。
剣を握る両腕に力を込め、息を吐いて間合いを詰める。
鋭く踏み込み、脇腹を狙って渾身の一太刀を放った――
(……っ、浅い!)
魔物が身を捻り、爪が薙ぎ払われる。
完全に読まれていた。
バランスを崩し、わずかに開いた脇腹――そこへ、爪が突き刺さる寸前。
「っ!?」
ーー鈍い音とともに、魔物の腕が根元から吹き飛んだ。
「……なっ!?」
振り返ると同時に、空気が巻き上がる。
風が、斬撃のように魔物を切り裂く。
斬られた断面が血飛沫もなく風に削られ、魔物が悲鳴を上げてのたうち回った。
(……風?)
その風の向こう、空からひとつの影が降ってくる。
小柄な少女が宙を舞い、細身の湾刀――シミターを手に魔物へと斬りかかった。
斬撃は、正確に魔物の首筋へと走った。
小柄な少女の、カルロのものより小型の武器にも関わらず。
深く、魔物の身体を抉ったのだ。
その場に、魔物が崩れる。
呻き声もあげられぬまま、異形の巨体は、沈黙と共に大地に倒れ伏した。
少女の着地と同時に、風が止む。
宙を舞っていた銀色の毛が地に落ち、血のように赤い夕日が、二人の姿を照らした。
「やっぱり制御がまだいまいちね……。まともに練習してなかったんだから、仕方ないけど」
魔物の亡骸を見ながら、少女はため息をついた。
カルロは、息を荒げながら少女を見る。
彼女はそちらを一瞥すると、淡々とした口調で言った。
「あなた、一人でやるにはなかなかいい腕してたわよ。……でもね、あの手のやつは“数撃ち”しなきゃ倒せないの」
冷静に語る少女に、カルロは呆然とする。
自分も強いつもりでいたが、少女の強さは規格外に感じた。
さっきのは、魔術だろうか。
何にせよ、すごい威力だった。
最後の一撃もーーこの細腕からの威力とは思えない。
風の力を、斬撃にも利用した可能性が高い。
「それで?何で一人で挑んでたの?」
「挑んでいたと言うか……」
言いかけて、カルロはハッとした。
依頼主たちを待たせているのではないかと。
雇われの身として、長い間護衛対象から離れるのは問題だった。
「すまない、馬車に戻らないと……」
「馬車?この近くにそんなもの無かったわよ」
少女は、自分が通ってきたという道を示しながら言う。
それは、確かに馬車を停めているはずの場所も通っていた。
まさか……と思い、確認に向かう。
だがそこには、誰ひとり残っていなかった。
「なるほど……そういうことか」
風が止んだ。鳥の声もしない。
静けさに包まれて、カルロの胸に“置き去り”という言葉が沈んでいく。
煙たがられている自覚はあった。
それでも、仕事さえちゃんとこなしていれば、問題ないだろうと。
それでもーーあんな危険な魔物の巣に置き去りにされるほど、恨まれていたとは。
「……どうかしたの?」
彼の様子が、何となく気になったのだろう。
後を追ってきた少女が声を掛ける。
すると、カルロは苦笑いをしながらその場に座った。
「……どうやら俺は、もうお払い箱らしい」
依頼主からの信頼はあったはずだ。
慕ってくれる後輩たちだっていた。
しかし、一部の上司や同僚に煙たがられていた以上、こうなる可能性もあったのだ。
疑いもしなかった自分が、情けない。
「……俺は、こんな身体をしているくせに、変に細かいんだよ。心配性っていうか、大雑把に物事を考えられない」
何で、少女にこんな話をしているのかわからない。
なぜか自然と口から出てしまう。
「それが小心者にでも見えたんだろうな。馬鹿にされたし、嫌がられたよ。俺だって、好きでこの体格と性格になったわけじゃないのに……」
伸び続けた身長も、筋肉のつきやすい身体も。
それを生かして誰かを助けられるなら、嬉しかった。
でも、性格が変わるわけじゃない。
見た目と性格が一致していないからって、ここまで嫌がられるものだろうか。
そんな事を語るカルロに、少女は大きくため息を付いた。
「ばっかばかしい」
その声に、思わず顔を上げる。
すると、少女が怒っていると言うか、不機嫌そうな顔で座るカルロを見下ろしていた。
「何それ。身体が大きかったら大雑把じゃなきゃいけないの?じゃあ逆に小さかったらどうなのよ?慎重で可愛らしくしてなきゃいけないとか?」
少女は髪をかきあげると、睨むような目つきで言う。
「そんなの嫌よ。私は私だもの。見た目や身長で決められたくなんてない。そんな事で決め付けるやつは、よっぽどの馬鹿か、単に妬んでる”小さい”やつよ」
見た目だの性格だのは、妬ましい者を陥れたいだけの言い訳だと、そう言った。
その姿は、妙に堂々としていてーー幼い少女にも関わらず、とても大きく感じる。
「そんな馬鹿ども、こっちから見限ってやんなさい。あんたかなり強いんだし、どこでだってやっていけるわよ」
少女の不敵な笑みに、心臓が跳ね上がるようだった。
「じゃあ、私は帰るから」と言って踵を返す少女。
ここで、終わらせたくなかった。
「ーー待ってくれ」
「え?」
思わず呼び止めてしまう。
不思議そうに振り返った少女に、カルロは膝をついて言った。
「俺の名はカルロ。『元』傭兵団所属の傭兵だ。命を救ってくれたこと、感謝する」
頭を下げるカルロに、シオンは首を傾げる。
「別に、通りかかったから倒しただけよ。術の練習もしたかったし」
「それでも、救われたことに変わりはない」
喋るのが得意というわけではない。
それでも、少女を引き止めたくて、必死に言葉を探した。
「君に助けられはしたが、認めてくれたように剣の腕には自信がある。だから、俺を……君の、用心棒にしてほしい」
そんなことを、言おうと思ったわけじゃない。
なのに、自然と口が動いていた。
何とかして少女の傍にいたくて、自分が柄にもなく必死になっているのを感じる。
緊張で、背中に汗が伝っていた。
「えーっと……」
少女が困ったように眉を寄せた。
当然だ。
いきなりこんな事を言われて、戸惑わないほうがおかしい。
しかも、少女の方がカルロより強いのだ。
用心棒と言われてもピンとこないだろう。
しかし、その後彼女が告げた言葉は、予想外のものだった。
「私、一応海賊なのよ。あなた、海賊になる気はあるの?」
「……海賊?」
言われて、少女の顔をじっと見る。
そういえば最近、どこかで見たような気がする。
ほんの一ヶ月くらい前、新たな手配書が出たと。
しかもそれが少女だと噂になっていたような……
「まさか……『ガーネット』の、『シオン』……?」
「あら、知ってたの?」
さらりと少女ーーシオンは肯定した。
いきなり三百万Gの懸賞金がかかった、異例の海賊少女。
それならあの強さも納得だ。
「私の用心棒になるなら、あなたも海賊にならないといけないのよ?私は略奪とかは興味ないけど、海賊ってだけで世間の目は厳しくなるわ」
海賊に対する意識は国や個人によっても異なるが、いい顔をされないことが多い。
よほどの理由がない限り、自分からなりたいなんて思わないだろう。
しかしカルロは、迷わずに言った。
「構わない。海賊でも何でも。むしろ海賊なら、俺が側にいるのは都合がいいんじゃないか?」
「都合?」
「荒くれ者と会う時、威圧感のある男がいた方が面倒事は避けられるだろう。君は俺より強いけど、見た目で舐められてしまうことはあるはずだ」
それを言われて、シオンは思い当たることがあるのか、顔を顰めた。
実際、情報収集に行っても、最初は彼女を下に見て笑ってきたり、足元を見てくる輩も多い。
度が過ぎれば実力で黙らせてきたが、避けられるなら荒事は遠慮したかった。
だから、正直一理ある。
「改めて言う。俺を、君の用心棒にしてくれ。これからは、『誰か』ではなく、君を護らせてほしい」
真剣で真っ直ぐなカルロの目が、シオンを捉えた。
迷いのないその目に、シオンは少し考えたあと、小さく笑って答える。
「いいわ。そこまで言うなら、一緒に行きましょう」
「本当か?!」
「ただし、仕事はきっちりしてもらうわよ。……ああ、その前に、乗船テストをしないとね」
思いついたように言うシオンに、カルロが首を傾げる。
すると、シオンはイタズラっぽく笑ってカルロを見上げた。
「私の船には、とてもすごい船主がいるの。あの人の目に適うなら、乗せてあげるわ」
あなたなら大丈夫そうだけどね、と人差し指を口元に当てるシオンに、先ほどとは違う熱を感じた。
だがそれには、今はまだ気づかないふりをする。
『人として惚れた』という想いだけを、しっかり胸に抱いて。
例え、この胸のざわめきが、もっと別の何かに変わっていったとしてもーー
今はただ彼女の力になりたいと、それだけを考えた。




