【幕間】出会ったのは、似ている“誰か”《シオン視点》
森のシーンから船員テスト後までの、シオン視点の振り返りです。
夜の風が好き。
昼間よりも自由で、誰にも邪魔されない。
ーー少し、散歩でもしようかしら。
少し離れた所に、陸地が見える。
飛んでいけば大した距離じゃない。
そんな事を考えていると、後ろから声がした。
「船長。出かけられるのですか?」
ルナリアだ。
この子、ちゃんと休むように言ってるのに、ちっとも休まないんだから。
寝なくても大丈夫なんて言ってるけど、そんなわけないのに……
「ちょっと散歩。あそこまで行ってくるわ」
そう言って、甲板から陸地を指差す。
ルナリアは「お気をつけて」とだけ言って一礼した。
止めないし、理由も聞かない。
でも帰りを待っていてくれる、可愛い子。
「ええ、すぐ戻るわ」
私はそれだけ言うと、風を纏って船を離れた。
ーーーーーーーーーーーーー
陸に降りてしばらくすると、森を見つけた。
割と広そうな森。普通の人なら迷うかも。
まあ、私は迷ったら飛べばいいし、問題ないわ。
宵闇の静寂に包まれた森の中に足を踏み入れる。
木々の間から差し込む月明かりがきれいだった。
でも、何かしら。
風が、不思議とざわめいている。
こっちだって、言ってる気がした。
導かれるままに歩を進めると、ふと空気が変わったのを感じる。
魔力の気配。剣戟の音。
何かが起きている……静かに木の上に飛び乗り、上から様子をうかがった。
そこにいたのは、白金色の髪を持つ剣士と、宙を飛ぶ黒い魔物。
そして、その二人の背に守られるように立つ、金髪の青年だった。
その横顔を見た瞬間、心臓が跳ねた。
(……え?)
思わず前のめりになり、バランスを崩しそうになって踏みとどまる。
その間も、青年から目が離せなかった。
ーーこんなところにいるわけ……いや、違う。
髪の色も、背格好も、似ていない。別人だ。
それでも一瞬、脳に焼き付いて離れない“あの人”と重なって見えた。
(どうして?全然、違うのに。なのにーー……)
視線が縫い止められたように動かない。
そして青年を護る剣士が不意を突かれそうになった瞬間、勝手に体が動いていた。
周囲の風と共鳴し、引き寄せ、そして野盗と思わしき者たちを一気に切り裂く。
足を狙ったから死んではいないだろうけど、しばらく動けないはず。
「せっかくの散歩が台無しじゃない」
そんな事を言いながら彼らの前に姿を表した。
呆然とこちらを見る青年を一瞥する。
やっぱり、似てない。それなのに、どこか似てる。
自分でもわけがわからないけど、何だかそう感じた。
剣士にお礼を言われて素っ気なく返していると、青年から声をかけられる。
「もしかして……海賊の、『シオン』さん?」
どうやら、私のことを知っていたみたい。
ここ、結構人里から離れてる森みたいだけど、手配書なんて見る機会あるのかしら。
別にどうでもいいけど。
ーー声も喋り方も違うし、本当に、何で私はあの人と間違えたのかしら。
うっかり関わってしまったけど、これ以上ここにいる気はない。
そろそろ帰らないと、ルナリアが心配するだろうし。
似てる気が、しただけ。
そんな人間にいつまでも構っていられないわ。
手配書の人間って気づいても、私を捕まえる気はないみたいだし。
簡単に捕まるつもりもないけど。
そう思っていると、剣士があまりにも意外なことを言ってきた。
「申し遅れたが、私の名はシュゼル。ーー私たちを、君の船に乗せてはもらえないだろうか」
「……は?」
自分でも、情けない声が出たと思う。
だって、え?船に乗りたい???
こんな、いかにもお貴族様みたいな雰囲気の人が?
私が海賊だってわかってて言ってるわよね……?
そりゃ、私は略奪とかそういうのはやってないわよ。
略奪者を返り討ちにはしてるけど。
あくまでも「目的」のために、海賊のほうが都合が良かっただけ。
でもそんなこと、この人が知ってるわけはない。
それでも海賊船に乗りたいって、何なのかしら。
……まあ、訳アリなのは確かよね。
特に理由を言う気はなさそうだし、私も聞かない。
どうせ爺様が許可しない限り、仲間にはなれないもの。
だから私は、彼らを私の船ーー『ガーネット』に案内した。
ーーーーーーーーーーーーー
「あの緑の目、これはーー風の響術だ。まさか君は、『風の波継』の資質を……?」
彼らを響術で船に運んでいる時、シュゼルから発せられた言葉に、一瞬気が削がれる。
まさか、「波継」なんて言葉を使う人に会うとは思わなかった。
響術のことは一般にも知られているけど、波継について知ってる人は少ないはずよね?
多分……
私自身も、詳しいことは知らないから、確信はないけど。
「詮索禁止、って言わなかったかしら」
人差し指を口の前に立てて目を細めると、シュゼルは口を紡いだ。
ルールを思い出したみたい。
それで聞くのをちゃんとやめるんだから、真面目だわ。
ーーーーーーーーーーーーー
爺様のテストを終えて、彼らを船室に案内する。
船室がきれいなことに驚く彼らにルナリアのことを自慢しつつ、また明日と声をかけた。
「うん、今日はありがとう。これからよろしく」
ふわりと笑ったヘリオスの顔を見た瞬間、胸が強く締めつけられた。
(……また、だ)
もう何度も確かめた。似てない、全然違う。そう思ったはずなのに。
「……っ」
その瞬間の顔を見られたくなくて、私は踵を返して部屋を出た。
扉の向こうで、一度だけ息を吐く。
顔とか、髪とか、背格好とか。
そういうのじゃなかったのね。
あの、柔らかい雰囲気が、よく似ていたんだわ。
(だからって、どうって事はないけど。似ていたって別人だもの)
無意識に触れていた耳飾りから手を離す。
明日になったら、船員たちを紹介しよう。
そう思って、私も寝ることにした。