36.追ってはいけない秘宝
お互い黙ったまま、ベルナルドとジークは先に進む。
坂を徐々に下っているから、恐らく海底に向かっているのだろう。
身体にまとわりつく、湿った空気が気持ち悪い。
生き物だと想像すると、吐き気がしそうだった。
「……多分、船長はさ。お前さんを生き返らせたいんじゃないか?」
不意に、沈黙を破ったのはベルナルドだった。
それを聞いて、ジークは顔を顰める。
『生き返らせる?……何を言ってるんだ』
「彼女、ずっと"幻の秘宝”ってやつを追ってんだよ。船長の願いなんて、それしか思いつかない」
事情を知った、今は。
最初は何が目的かなんてわからなかった。
珍しいものに興味があるのか、野望でもあるのか。
でも、真剣な顔や切ない瞳を見るたび、そんな風に思えなくなってーー
ジークに会って、確信した。
するとジークは、悲しげに目を伏せて言う。
『……俺が死んでからの三年間、あの子は俺に縛られ続けていたんだな……』
助けたいと、救いたいと思っていたのに。
生きて、幸せになってほしかったのに。
ずっと縛り付けてしまっていたことに、心が痛んだ。
『でも、駄目だ。……幻の秘宝なんか追うのは、やめさせないと』
「何で?」
『……あれは、存在そのものが残酷すぎる』
ジークの言葉に、ベルナルドの目がスッと細まる。
何を知っている――そう問いかけるような視線を向けると、ジークは静かに口を開いた。
『ここには、秘宝を求める途中で命を落とした者や、奇跡的に辿り着いた者もいた。……震えながら語ってたよ。追いかけるだけでも危険だし、たとえ手に入れたとしても――あの子には、使えない』
「……?」
追い求めるだけでも、呪われたように恐ろしい目に遭うという。
だが、それを乗り越えても。
『あれは、他人の命を代償にして使うものなんだ』
願いの大きさに比例して、求められる命も増える。
もし、誰かを生き返らせたいのなら――それ相応の、重すぎる対価が必要になる。
いくら大切な人の為とはいえ、犠牲を出すことをシオンが望むとは思えない。
危険な目に遭って手に入れても、余計に辛い思いをさせるだけだ。
「……うまい話なんて、ないってことか。まあ、むしろ本当に存在してたことにびっくりしたけどね」
ベルナルドは肩をすくめると、ジークを見た。
「でも、船長がそんな話信じるか?俺たちが話したって、納得するとは思えないけど」
『……俺が、伝える』
具現化されている今なら、シオンと話すことが出来る。
今しかない、伝えられるのは。
「まあ、お前さんの言葉なら信じるだろうさ。でも現実を突きつけられて、もっと辛くなるかもよ」
『それでも……いや、すまない。言い訳だった』
ジークは苦笑して、少し間をおいて言う。
『俺が……最後に、もう一度シオンに会いたい。それだけだ』
正直に言うジークに、ベルナルドは言葉を失った。
そんな風に言われたら、これ以上言えることなんてない。
素直すぎる人間は、逆に面倒だ。
『もうすぐ着きそうなんだが……。……ひとつ、確認させてほしい』
「何だよ」
『君は、魂の浄化は出来るのか?』
ジークは真剣な表情で問いかける。
その言葉に、ベルナルドは露骨に呆れた顔をした。
「おいおい、俺は神官じゃなくて死霊使いだ。そんなおキレイな真似ができるわけないだろ」
『じゃあ、聞き方を変える。魂の解放は可能か?』
本気の声だった。
ベルナルドはため息をつきながら額に手を当て、目を閉じ考える。
そこに留まっている霊を、望むだけで成仏させたり、浄化したりすることはできない。
それは神官の領分であり、自分の力ではどうにもならない。
だがーー
無理やり呼び出された霊や、魔力によって外側から縛りつけられている魂なら、その“つなぎ目”を断つことはできる。
死霊使いの魔力は特殊で、呪縛に干渉できるのは基本的に同じ力だけ。
神官のような一括浄化とは違うが、個別の“縛り”を解くことは可能だった。
つまり、「終わりたいと願っている霊」が、外の力で引き留められているーー
そういう状態なら、自分にも解放できるだろう。
目を開けて、ベルナルドは言った。
「……何かに"縛られてる”霊に対してなら、出来る」
『だとしたら、村人を開放してほしい』
彼の返答に、ジークは即座に願いを口にする。
それに対し、ベルナルドは面倒くさそうに、顔の前で払いのけるように手を振った。
「いや待て、俺に村人とやらを助ける義理はないんだけど。……かなり疲れるし」
『村人の魂、つまり“養分”が減れば、多分魔物も弱る。……そうすれば、シオンを助けやすくなると思わないか? な?』
卑怯者め。
反射的に、そう思った。
シオンの名前を出せば、動くと思ってるんだろうか。
――ああ、思ってるんだろうさ。
(船長を助けるためとか、断れるわけないだろ)
乗せられている自分に腹が立つ。
けれど言い返せず、黙って先に進んだ。
やがて、僅かな光が見えてくる。
それが、“村”の入口らしかった。
近づいて、唖然とした。
確かにそれは"村”だった。
海底とは思えない、一見普通の村。
魔物の体内とも信じがたい。
ただ、一点、奇妙な光景が目に入った。
複数の村人と思われる人々に囲まれる、見覚えのある青年たち。
(……船長はいないけど。あいつらがいるってことは、やっぱりここにいるんだな)
ベルナルドは呼吸を整えると、彼らの方に手をかざす。
ジークを具現化した時と似た、紫色に輝く魔力が手元に集まり、指を鳴らすと同時に村人たちに降り注いだ。
村人たちは首を傾け、苦しむように顔を歪めたあと、崩れ落ちる。
さらには解放されたような、安らかな微笑みを浮かべながら、消えていった。
何が起こったのかと、不思議そうにしているヘリオスたち。
そして彼らはベルナルドに気づくと、驚いたように目を見開いた。
(まあ、俺の顔なんか見たくもないか)
驚いているだけのヘリオスとは違い、ノクスとウィスカは思い切り警戒した表情でこちらを見ている。
とりあえず、今まで通りの調子でいこう。
そう思ったベルナルドは、不敵に微笑みながらヘリオス達に近づいた。
「うわぁ、ホントにいた。……ったく、こんなとこで本当に会えるとはねぇ」
その声に、幻覚ではないと思ったのか、ヘリオスが呟く。
「どうして、ここに……?」
「さあ、どうしてだと思う?」
わざとらしく肩をすくめ、軽い調子で言った。
呆然と目を瞬かせるヘリオス、眉間の皺を深くするノクス。
「えっと、もしかして、今助けてくれたのって……」
ハッとしたように言うヘリオスに、ベルナルドが一瞬止まる。
裏切って海底に沈めた男に対して、よく助けてくれたなんて発想が出るな……
意外すぎて、尊敬すらしそうだった。
ノクスも毒気を抜かれたのか、呆れ顔でヘリオスを見ている。
『時間がない、早くここから出た方がいい』
聞いたことのない声に、ヘリオスはベルナルドの横に立つ人影に目を向けた。
薄っすらと透けた身体に、普通の人間でないことはすぐに分かる。
彼の不思議そうな視線に気づきはしたが、説明することせず、ベルナルドはジークを見て言った。
「早く済ませてこい。船長が逃げ遅れたら意味ないだろ」
『わかってる』
ベルナルドの言葉に、ジークは走り出した。
早く、シオンと話をしなければ。
何が起きているのかまったく理解できないヘリオスたちに、ベルナルドは言った。
「お前さんたちも、早く他の連中連れて逃げた方がいいよ」
そう言いながら、彼はヘリオスたちが怪しんでいた家の近くへ歩きだす。
すると、そこに飲み込まれるように、身体が消えていった。
「……マジで外に繋がってんのか?」
「わからない、けど早くみんなに伝えないと!」
何が何だかわからないが、今はここから出ることが最優先だろう。
ヘリオスたちは、まだ何も知らぬ仲間のもとへと、駆け出した。




