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35.見慣れすぎた耳飾り

少し時を戻して、再びベルナルドサイドです。

海の亡者の声を探りながら、ベルナルドは捜索を続けていた。

しかし、海で亡くなる者はとても多い。


聞く声を選べない以上、有用な話だけを拾い上げるのは至難の業だ。

渦潮で流された人のことだけ、選んで聞き取れればどれだけ楽か。


「……ん?」


岩場の影に、妙な空間があった。

霧がかかったように空気が重く、音が消えたかのように静まり返っている。


こんな場所、地図には載っていなかったはずだ。

だが、ベルナルドは“違和感”に導かれるように、そこを訪れた。


「……あ〜あ、最悪。こういうのって絶対ロクなことにならないんだよなぁ」


愚痴をこぼしつつも足を止めないあたり、自分の性分はよくわかっていた。

と、そこで。


『……君、まさか……聞こえるのか?』


空間の中で、ふいに声が響いた。

空気が震えたわけじゃない。風が鳴ったわけでもない。


“頭の奥”に、まるで直接届いたかのようだった。


耳で聞く声ではなく、魂に触れるような、そんな声だった。

つまり、これは生者ではなくーー死霊の声。

明らかに自分に語りかけてくるそれに、ベルナルドは眉をひそめる。


「……誰?」


返しても応答はなく、ただ静寂が広がる。


(俺に話しかけてきたんだと思ったけど……まさか気のせい?)


軽く肩をすくめて、洞窟のように開いた空間へと進んでいく。


しばらく歩いた頃ーーまた、声がした。


『……助けてくれ……誰でもいい……』


このあたりで死んだ霊だろうか。

死に際の祈るような叫びを、死後も繰り返してしまう霊は珍しくなかった。


あいにく、人助けなんて柄じゃない。

そんな暇でもない。


そう思って気にかけずにいたが、続いた言葉に足を止める。


『誰か、シオンを……』


今、確かにその声は言った。

ずっと、探している人の名前を。


「……シオン、って言ったか?」


低く呟いたベルナルドの表情が、わずかに変わった。

ふざけたような口調も、緩んでいた肩も、すっと静かに引き締まる。


シオンという名は、特別珍しいわけではない。

それでも、この声の主が表す名前が、求める人と同一であると直感が言っていた。


「……シオンが、いるのか?この近くに……」


声が、かすかに震えた。


『……いる。村の、中に……このままじゃ、危ない……』


判別できなくはないが、他の霊の声が混じっていて聞き取りづらい。

しかも、妙に濁っている。まるで、消えかけた“残滓”が漂っているようだった。


ベルナルドはため息をつくと、声のする方に手をかざす。


「だったら、俺を案内しろ」


彼の伸ばした手から薄紫の光が溢れ、何も無いはずの空間に注がれる。

そして、次第にそれは人の形を象っていった。


"死霊使い(ネクロマンサー)"と言っても、彼はいわゆる"冥界”から死者の魂を呼び出し、使役するわけではない。

素質はあった。だが、そういう力には興味がなかった。


彼にできるのは、死者の声を聞くこと。そして、魂を具現化すること。

他にも可能なことはある……が、正直使い道はない。


ベルナルドの魔力によって姿を現したのは、一人の青年だった。

赤毛混じりの短い茶髪に、高めの身長。

穏やかそうな茶色い瞳。


どこかで見たような顔だった。いや、顔というより雰囲気が。

……誰かに、少し似ている気がする。


だが誰と似ているかより、ベルナルドには気になる事があった。

それは、彼の左耳に着いている耳飾りだ。


白い貝殻に、赤い宝石ーー”ガーネット”が、あしらわれたデザイン。

見慣れすぎたそれに、ベルナルドは睨むように目を細めた。


「……お前さん、船長の何?」

『船長?……ああ、シオンのことか。そう呼んでたな、あの子の仲間たちも』


最後の方は、ひとりごとのように呟く。

質問の返事がもらえていないことに、ベルナルドが視線で訴えると、青年は答えた。


『……婚約者、だった。一日だけの……』

「………」


それが何を示しているのかは予想がつく。

おそらく、プロポーズした日に命を落としたのだろう。


だが、例え一日だったとしても。

シオンが未だに耳飾りを身に着けていること、例の秘宝を探していること。

彼女が誰を想い続け、誰のために旅をしていたのか、嫌という程思い知らされた。


明らかに不機嫌そうな顔をするベルナルドに、青年は聞く。


『……もしかして、君、シオンのことが好きなのか?』

「はあぁ!?」


あの爺さんといい、こいつといい、直球で何聞いてきやがるんだ。


うっかり叫んでしまったが、冷静になろうと髪を一度くしゃくしゃとかくと、息を吐いてから言う。


「……元婚約者とやらに言われんのは、腹が立つんだが」

『そんな事言われてもな。シオンのこと好きな男なんて、たくさんいたし。珍しくもないぞ』


そんな話はしていない。

だがツッコむのも面倒で、ベルナルドは話を変えることにした。


「それより、船長が危ないってどういうことだ」


それが本題だろうとばかりに問いかける。

すると青年は、歩きながら話そうと先に進むことを促した。


あまりいい気分ではないが、シオンがいると言うなら行くしかない。

仕方なく、彼は青年に続いて歩き出した。






ーーーーーーーーーーーーーーーー






青年は、ジークという名前だった。

海の遊牧民「カルマーレ族」の族長子息で、シオンとは兄妹同然に育ったという。


しかし、プロポーズをした日の夜、魔物に襲われシオン以外の仲間は命を落とした。

そして、気がついたらこの洞窟に流れ着いていたらしい。


たしかに、あのとき自分は死んだはずだった。

けれど、意識を取り戻したことで、ほんの一瞬――生きているのかもしれないと、期待してしまった。

だが声は届かず、体も動かせない。

その現実が、やはり自分は死んでいたのだと否応なく突きつけてきた。


『ここは、ただの洞窟じゃない。魔物の……体内だ』

「そりゃ、ずいぶんでかい魔物だな」


この洞窟一帯が?という問いに、ジークは答える。


『全体像はわからない。ただ、一番危険なのは、この先にある村だ』


この洞窟だけなら、引き返すこともできなくはない。

だが村に入ってしまうと、帰るのは難しくなるというのだ。


体内で例えるなら、その村は魔物の「胃」になるらしい。

入れば最後、徐々に魂を溶かされていく。いずれは、身体も。


「肉体が後だってんなら、何でお前さんは魂だけ残ってんだ」

『それは、俺の魔力のせいだろうな。魔力が多い魂は溶けづらいんだ。だから、身体の方が先に消滅した』


そして、今もなお“養分”として留められているのだと続けた。


最初は、自分の魂だけがなぜここまで残っているのか分からなかった。

共に流れ着いた仲間たちは、魂の方が先に消えてしまっていたからだ。


だが、似たような霊を何体か見つけたことで、ようやく気づいたのだという。


『シオンが流れ着いてきた時は、本当に驚いたよ。……でも、俺の声は、あの子には届かない。だから――声が届く君に、頼んだんだ』


それを聞いて、ベルナルドはそっと眉を寄せる。


「……まあ、俺も船長を探してたから、好都合だけどさ。俺を頼ったこと、船長はいい顔しないだろうな」

『何でだ?』

「俺は、船長に嫌われてんだよ。……いや、嫌いとすら、思ってくれてないかもな」


首を傾げるジークに、つい口が滑ったとベルナルドは口元に手を当てた。

だがじっと見つめられ、渋々彼は語りだす。


「色々あって。あの子のこと……裏切っちゃってね。その時に、無感情な瞳で見られたんだよ。俺に対して、もう何も感じないって顔で」


詳細を話す気はないので、要点だけかいつまんで伝えた。

しかし、それを聞いたジークは、不思議そうな顔をして下を向く。


『……無感情?シオンが?』


シオンは、昔から気持ちを隠せない子だった。

嬉しい時も、悔しい時も、すぐ顔に出る。


あの子が“感情のない顔”をするなんて……にわかには信じがたい。


そこでふと、ジークは思い出す。

彼は、ここに来てからのシオンの様子をずっと見ていた。

もちろん、ヘリオスとの会話も、すべて。


もし、例の「裏切った嘘つき男」が、目の前の人物ならば。


シオンのそれは……むしろ……


『君に対する感情が、なくなったと言うより……』

「は?」

『……いや、何でもない』


ジークは言いかけて、そっと目を伏せた。

言ってしまえば壊れてしまう気がした。


まだ、今じゃない。


『でも、裏切ったのに探しに来たってことは――やっぱり、シオンのことが大切なんだろ?』

「……ちょっと、黙ってろ」


顔を抑えて低い声で答えたベルナルドに、ジークは苦笑する。

自分の役目が終わろうとしていることを、感じるように。



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