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34.迫りくる危機に現れたのは

村の中は、いつもと変わらず静かだった。

だが、遠くで風が鳴るような音がするのに、木も草も微動だにしない。

不自然な静けさだった。


家も、畑も、空のような天井も。

あの話をした後だと、生きているように見えて、背中がゾワッとした。


「怖いならシュゼルと一緒に留守番してろ」

「怖いわけじゃ……いや、怖いけど。でもじっとしてるわけにいかないだろ」


素直に認めるヘリオスに呆れつつ、ノクスは言う。


「まあ、まともに動けるのは俺たちしかいねぇからな。早く出口を見つけねぇと」


早足で歩きながらも、ノクスは注意深く村の中を見渡した。

先を歩いていく彼を追いかけながら、ふとヘリオスは疑問を口にする。


「……そういえば、何で僕は平気なんだろ。ノクスやウィスカは魔力量が多いからだろうけど、僕は魔力をあまり持ってないはず……」


ヘリオスがぽつりとつぶやいた言葉に、ノクスは何かを言いかけて口をつぐむ。

そして振り返らずに、改めて答えた。


「テメェは夢を見てねぇんだろ?さっきの推測じゃ、夢を見ることが一番憔悴に繋がりそうだし、そのせいじゃねぇか」

「ああ、なるほど」


夢を見ない理由は、あの”光”だろうけれど。

その正体が気にはなるが、今はそれよりここを出ることが優先だ。

そんなヘリオスを横目で見た後、すぐに視線を村に戻しつつノクスは思う。


(……まだ自分の魔力が少ないと思ってんのかよ。こいつは量も質も……いや、シュゼルが伝えてねぇなら、あえて言う必要もねぇか)


自己完結しながら、ノクスは歩を進めた。


魔力は、単に多ければ強いというものではない。

状況や能力次第では、量よりも"質”の方が重要になる。

質の高い魔力ほどコントロールしやすく、同じ術でも消費が少なく、威力も上がりやすい。

尚、量は修行で増やすことも出来るが、個々に限界値がある。

質に至っては、生まれつき変化しないようだ。


ヘリオスは昔から、良質の魔力を多く持っていた。

しかしヘリオスに自覚はないし、それを”見る”ことが出来るノクス以外、質まで正確に理解できている者はいないだろう。


シュゼルには一度伝えたことがあるが、自分自身で確信が持てない以上、下手に口にしないのかもしれない。


「……ん?」

「どうした?」


その時ふと、ヘリオスが足を止めた。

目の前には、どこにでもありそうな畑と、素朴な造りの民家が数件。

だが、何かがおかしい。

見過ごしてしまいそうな軽度の違和感が、心にひっかかった。


「配置が、違う」


ポツリとした呟きに、ノクスが顔を顰める。


「なんだって?」

「家の位置が、この間と微妙にズレてるんだ」


村の景色なんてどこも似たようなもので、そんな細部まで気に留める人間は滅多にいない。

けれど、ヘリオスは“覚えている”。

数日前に歩いたときの光景が、鮮明に思い出される。

その記憶と重ねたとき、家の位置が僅かに変わっていることがわかった。


「……確認するか」


ノクスは目を閉じて一度息を吐くと、服の上から魔晶石を握る。

そして静かに目を開き、ヘリオスが違和感を感じた景色に目を向けた。


相変わらず、気持ち悪い揺らぎのある魔力が漂っている。


それに加えて、違和感を感じた景色の中心はーー魔力が濃く、不気味に渦巻いていた。

それはまるで、目に見えない何かが笑っているかのように、ゆっくりと脈打っている。


「何かあるな……」


これ以上見続けていては頭がおかしくなりそうなので、一旦魔晶石から手を離した。

視界から、魔力が消える。


「行ってみんのか?」


ヘリオスの頭に乗っていたウィスカが声を掛ける。

ヘリオスが視線を上に向けて、軽く頷いた時だった。

背後で、かすかな風を切る音がする。


振り返ると、いつの間にか、ひとりの村人が立っていた。


「そちらに行ってはいけませんよ。お戻りください」


確かに口が動いていた。だが、声は耳からではなく、頭の奥に直接響くように聞こえた。

思わず眉をひそめ、ヘリオスは一歩後ずさる。


「……今の、何だ?」


ノクスが低く唸るように言うと、背後からまた、気配が増えた。

振り返るたびに増えていく村人たち。いつの間にか周囲を囲まれていた。


畑の中から、家の陰から、静かに集まってくる村人たち。

皆、一様に無表情で、目は空っぽのように虚ろだった。

その手には、くわ、包丁、木の棒……元は日用品だったはずのそれが、今は武器にしか見えない。


「……めんどくせぇ」


ノクスは手に杖を握ると、村人に向ける。

それでも村人たちは、まるで何かに操られているかのように、じりじりと歩み寄ってきた。


「……あの人たち、本当に“人”なのかな……でも、もしそうなら……」


ヘリオスの手が、剣の柄を強く握る。だが、抜けない。

相手が一般人である可能性がある限り、自分からは斬れなかった。

それでも――歩みは止まらない。

迷っているうちに、距離はどんどん縮まっていく。


「迷ってる暇はねぇぞ。向こうは、もう構えてんだ」


ノクスは言いながらも、杖を構えたまま動きはせず、ただ睨みつける。

ーーまだ、撃てない。確信が持てない。

ウィスカも、低く唸るような声を漏らすが、攻撃に移る気配はない。


じわ、じわ、と。足音も立てずに距離を詰めてくる村人たち。


「……どうしたら……」


焦燥が背中を這い上がってきた、その時だった。


突如、村人たちの頭上に、紫の光がふわりと降り注いだ。

まるで雪のように、静かに、無数の粒が舞い落ちる。


その瞬間、一人の村人がぴたりと動きを止め、首を傾けた。

そして、まるで何かを振り払うように、苦悶の表情を浮かべる。


「……ぁ、う……ああああ……」


呻き声をあげ、頭を抱えてしゃがみこむ。

それに続くように、他の村人たちも、次々と苦痛の声をあげて崩れ落ちた。


「な、何だ……?」


ヘリオスが戸惑って立ち尽くす中、村人たちの顔が変化していく。

苦しみの仮面が剥がれ落ち、まるでようやく解放されたような、安らかな微笑みを浮かべた。


空気に溶けるように、何も残さず消えていく。

ただ、生ぬるい風だけが、その場に吹き抜けていった。


「…………え?」


その場には、誰もいなかった。

ただの静寂と、かすかに揺れる空気だけが残されている。


呆然とするヘリオスたち。

何が起こったのか、どうしてそうなったのかも、わからない。


そしてーー


「うわぁ、ホントにいた。……ったく、こんなとこで本当に会えるとはねぇ」


背後から声がした。

はっとして振り返ると、そこに立っていたのは……見覚えのある人物だった。


そしてその隣には、もうひとつ人影が見える。

その正体を、ヘリオスたちはまだ知らなかった。



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