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33.伝承とよく似ている

ヘリオスサイドに戻ります。

この村に来て、数日経った。

村から出たいと思うのに、何故か行動に移せない。

そして、日に日に疲弊していった。


特に朝、目が覚めるたびに、皆の顔色が悪くなっていく。

夢見が悪いらしい。


シュゼルの顔色もかなり悪い。

起きるとまず、ヘリオスの存在を確認していた。

ちゃんと生きているか、どこにも行かないか、と。


……一度だけ、名前を呼び間違えていたが、指摘はしなかった。



(シュゼルが僕をそう呼んだのは、初めてだな……)



その声音には、懐かしさと焦りが滲んでいた気がする。

記憶を失う前は、そう呼ばれていたのだろうか。

だが、考えても仕方ないし、今は思考がまとまりそうにない。



シオンの様子もおかしい。

たまに何かに気づいたように振り返り、周囲を見渡すが、気のせいだったとばかりにまた俯く。


ルナリアは体調は大丈夫そうだったが、シオンのことが心配なのか不安を感じているのが伝わってきた。



今はみんな、あまり部屋から出なくなった。



ノクスは最初こそ酷い体調だったが、今は他の人より顔色は悪くない。

ただ、たまに窓の外を見ながら、一瞬何かを握りしめては険しい顔をしている。


「……気持ち悪ぃな」


外を見ながら、ノクスが顔をしかめる。

気分が悪いのかと聞くと、彼は首を横に振った。


「気持ち悪ぃのは、この村そのものだ」

「そのもの?」


何かおかしいとは思うが、気持ち悪いとはどういう意味だろうか。

ヘリオスが不思議そうにしていると、ノクスが言う。


「村中に漂う魔力が異常なんだよ。自然界に漂う魔力とは違ぇ、まるで生き物の中だ。……脈を打ってる感じがするし、空気の流れも、……血流みてぇだな。壁に触れると、微かに震えてるような気さえすんだよ」


自然物や大気中など、あらゆる場所に魔力は存在する。

しかしそれは、生き物が持つ魔力とは性質が異なるらしい。


ここに着いた頃、それを"見て”しまったため、ノクスは気分が悪くなったのだった。

アイゼルからもらった首飾りがなければ、とっくに狂ってるほど異様な光景だ。


「村が……生き物……」


何か思い当たることがあるのか、ヘリオスが呟く。


「何か知ってんのか?」

「知ってるっていうか、前に読んだ伝承の本に、そんな話が載ってたと思って」


グレイシャ帝国に行く前に読んでいた、『古き海の伝承』。

思い返せばそこに載っていた話に、この村はよく似ている。




“沈んだ村が、実は生きていたという”


“海の底にある村に迷い込んだ者は、二度と戻らない”


“その村は静かで美しいが、実は巨大な魔物の体内だった”


“取り込まれた人間は、魂ごと溶かされていく――”




覚えている内容を語るヘリオスに、相変わらずよく覚えていると感心しつつ、ノクスは思う。

この伝承のとおりここが魔物の体内だというのなら、生き物のような魔力が充満していることにも納得がいく。

頭がぼんやりすることがあるのは、その魔力が侵食してきているからだろう。


生き物の魔力は、自然界の魔力よりも干渉力が強い。


おそらくそうやって弱らせて、徐々に溶かしていくのではないだろうか。


「他に、書いてあったことはあるか?」

「えっと、魔力が強い魂ほど、溶かすのに時間がかかるんだったかな。その場合肉体は先に溶けて、魂に宿る魔力が養分にされ続けるんだとか」

「生殺しにもほどがあんだろ……」


胸糞悪い話に、ノクスがため息をついた。


「あとは、走馬灯みたいに昔の夢を見る……とか?」


ヘリオスが思い出したように言うと、室内の空気がピンと張りつめた。

ノクスが、ため息混じりに呟く。


「……それが一番タチが悪いな」


ヘリオスがきょとんとする。


「え?」

「人の夢に入り込んで、過去をほじくり返す魔物がいるって聞いたことがある。

夢を見てるうちに、魂の奥にある“芯”を引きずり出して、じわじわ溶かしていくんだとよ。……まるで、時間をかけて喰らってるみてぇにな」


それを聞いた瞬間、シュゼルが顔を上げヘリオスを見た。

かなり悪くなった顔色で、それでも絞り出すように、かすかに震える息を吐いた。


「……ヘリオスは。夢を、見たのか……?」


ヘリオスには記憶がない。

昔の夢を見たりしたら、記憶が戻るきっかけになってしまうかもしれない。

シュゼルが不安を感じていると、ヘリオスは首を横に振った。


「いや、僕は見てないよ。寝る時、何だか暗闇に引っ張られるような感じはするんだけど……そのたびに、一瞬目の前が光って、気がついたらそのまま寝ちゃってると言うか……」


ヘリオス自身も、うまく言葉にできずに首を傾げた。

だが、それを聞いたシュゼルは、一度だけ目を見開いたあとーー

どこか寂しげな、けれど優しい笑みを浮かべ、「そうか…」と呟いた。


よくわからないが、彼の中で何かを納得したらしい。


「何にしても、さっさと出ねぇと消化されちまうんだろ。早く出口を見つけるぞ」


ここに来た時の道は、気がつけば塞がってしまっていた。

だから新しい出口を見つけなければならない。


人間を取り込む以上、どこか外部と繋がっている場所はあるはずだと、探しに行くことにした。


「まて、私も……」

「シュゼルは休んでた方がいいよ。顔色もすごく悪いし……」


こんなに弱った様子のシュゼルは見たことがない。

ある程度の不調くらいなら顔に出さず、隠し通している間に治しているのが普段の彼だった。


それなのに、ここまであからさまに気分が悪そうだということは、かなり酷い状態なのだと容易に想像がつく。


「いいから寝てろ。今来ても足手まといだ」


きっぱりと言うノクスを、シュゼルは睨む。

わかってる、わかってはいるーーが。


「……ヘリオスに何かあったら、お前を斬るからな」


浅い呼吸を繰り返しているにも関わらず、その眼光は鋭かった。

しかしノクスは怯むことはなく、踵を返しながらいつも通りの口調で答える。


「斬られる気はねぇから安心しろ。おい、行くぞ」

「ちゃんと休んでなよ」


心配そうに言いながら、ヘリオスとウィスカはノクスの後を追った。

残されたシュゼルは身体を横に倒すと、呼吸を整えながらぼやける視界で思う。


(こんな時に、何もできないなんて……)


魔力の量と質によって、この環境で正常でいられる時間が異なるというのならば。

自分の潜在魔力の低さを、こんなに恨んだことはない。


ーー親に蔑ろにされたことなんかより、よほど苦しい……


そこまで考えた次の瞬間、彼は意識を手放した。


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