32.愛し続けるという"嘘"
見透かすような船主の笑顔に、ベルナルドの顔がやや引きつる。
一体何なんだ、と身構えていると、船主は静かに口を開いた。
「君が……シオンを、心から愛しているからだよ」
その言葉を聞いた途端、ベルナルドの顔が一瞬で紅潮する。
らしくもなく慌てた様子で、声を荒げながら言った。
「はあっ!? あ、愛ぃ!? ……いやいやいや、俺にマジでそんなモンあるわけ……っ!」
感情のコントロールには自信があったのに、何故か制御できない。
心臓は一気に脈打ち、普段なら上げないような大声を出してしまったことに、本人も驚く。
その間も、一貫して笑顔を崩さない船主。
それを見て、ベルナルドは落ち着きを取り戻すように髪をかきあげると、ため息混じりに言った。
「……仮にそうだったとしても、船長はもう俺の言うことなんて信じないだろ」
「おや。はじめから信用も信頼も、させる気なんて無かっただろうに」
ーーどこまで見抜いてんだこのジジイ。
思わず心の中でぼやいてしまった。
神だか何だか知らないが、居心地が悪すぎる。
「君ならば、信頼される人間像を演じることもできただろう?それなのに軽薄な態度を崩さなかったのは、シオンを騙すことに抵抗があったんじゃないのかい」
「………」
船主の言う通り、ベルナルドならば半年でも一年でも、ボロを出さずに別人を演じきることが可能だった。
そして、最初はそのつもりだった。
完璧な信頼を得るため、疑いようのない人物像を考えておいた。
真面目で、誠実で、しかし時にとぼけた事も言う人間味のある性格。
そうやって、懐に入り込む気でいたのに。
(いきなり、一目惚れした……って口説き出したからな)
その時の自分を思い出して苦笑いした。
本気で言ったわけじゃない、惚れさせる依頼を遂行しようとして言ったセリフ。
でも普段なら、いきなりそんな事言わない。
自分からではなく、向こうから先に惚れるよう仕向ける。
その時点で、もうズレていたのだ。
「……じゃあ、あれか。俺を船員と認めたのは、船長に惚れてるって気づいたからとか、そんなところか?」
ベルナルドが聞くと、船主はふふっと笑い、「そういうことにしておこう」と含みをもたせた。
どうやら、これ以上教えてくれるつもりはないらしい。
そして話題を変えるように、船主は言った。
「それで、どうするんだい。シオンを探しに行くのかい?」
「……やっぱり、生きてるのか?」
死霊使いの能力を持つ彼は、死者たちの声を聞くことが出来る。
その声にシオンのそれがまだ混じってないことから、生きている可能性が高いとは思っていた。
だが、確信を持てたわけじゃない。
「この船から離れたことは、今の儂にはわからない。それでも、会いたいなら探すべきだよ」
大切なところをぼかしながら語る船主に、ベルナルドは顔を顰める。
しかし、行動を決意するには十分だった。
会うのは怖いが、会いたい気持ちの方が何倍も強い。
ただーー心に抱えたもう一つの不安が、無意識に口からこぼれた。
「……嘘ばかり付いてきた俺が、本気で愛し続けるなんて、できんのかな」
再会できる可能性は、正直低い。
受け入れてもらえる確率は……さらに、その下だろう。
けど、もしも許されるなら、また傍にいたい。
軽い気持ちじゃない。それでも、初めての感情には、不安がつきまとう。
傍にいられるのなら、もう、傷つけたくなんてなかった。
「心の移ろいをコントロールできる人など、いないよ。
それでも不安なら……君は、“愛している”という嘘を、生涯貫けばいい」
嘘だったら、続けられるんだろう?ーーそう言われた気がした。
船主の静かな声に、ベルナルドは言葉に詰まる。
とんでもないことを、事もなげに言ってのける船主に、思わず目を逸らした。
……この部屋はやっぱりおかしい。自分らしくいられない。
「……そろそろ行く」
どこに行くかなんて、いちいち言う必要もない。
どうせ、こいつならもうわかってるだろうし。
ベルナルドが部屋から出る直前、最後に一言とばかりに、船主はその背中に声をかけた。
「……さっきまでの口ぶり。あれが、君の素なんだね?その方が好ましく思えるよ」
その言葉に、口調まで狂っていたことに今気がついた。
ーーやっぱり、早く出よう。
そう思いながら、ベルナルドは早足で部屋を後にした。
船主は、閉じた扉の向こうを見つめながら、ひとりごとのように呟く。
「……どんな形であれ、シオンに情を抱ける者。そして、どんな事情があっても、本気で彼女を切り捨てることができない者。それが、この船に乗る資格だよ。
――シオンにすら、教えていないけれど。君はどうやら、気づいたみたいだね」




