表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/115

30.快楽主義者からの依頼

ベルナルドとマルヴァスのファーストコンタクト。

表通りを外れて、さらに脇道へ、さらにまたその裏へ。

舗装もされていない湿った石畳の路地を、三度折れた先に、それはある。


一見、ただの古びた石壁にしか見えないその一角に、重く湿った空気が微かに漏れていた。

昼間でも薄暗く、誰も足を踏み入れないその路地には、時間すら流れていないような気配が漂っている。


ベルナルドは慣れた様子で足を止めると、壁の一部に手を当て、軽くノックする。


「猫は夜に笑う」


呟いたその合言葉とともに、石壁が小さく音を立ててずれる。

そこに現れたのは、重厚な木の扉。

取っ手には傷があり、鍵穴の周囲には幾重にも補強が施されている。


扉を開けた瞬間、鼻をつくのは古い葉巻と酒、そして湿った革の匂い。


照明は低く、空間全体が琥珀色の闇に沈んでいる。

店内に音楽はない。

代わりに、遠くから笑い声と、誰かが賭けに負けたらしいため息が微かに聞こえてきた。


ここは、“名のある者たち”が名を捨てて訪れる場所。

盗賊、詐欺師、賞金稼ぎ、流れ者。

それぞれが過去を隠し、酒の底に自分を沈めるためだけに集う場所。


誰も、誰かの名を呼ばない。

誰も、詮索しない。


ただ、静かに飲み、耳を澄まし、機が熟すのを待っている。


そんな場所に、ベルナルドは何の気負いもなく足を踏み入れた。

この空気が、自分にはいちばんしっくりくる。





カウンターに座り、酔えもしない酒を口にしていると、入り口の方が騒がしくなる。

ベルナルドは何気なしに軽く顔を傾けて振り返るとーー少しだけ、眉を寄せた。


知り合いではない、だが知っている。

有名な賞金稼ぎが、そこにいた。


貼りついた笑顔を常に浮かべ、視線や声も全く気に留めていない様子で周囲を見ている。

誰かを探しているのだろうか。

面倒ごとの臭いしかしないので、目を逸らして再び酒に口をつけた、次の瞬間。


「『ベルナルド』って、君かな」


思わず動きを止める。

横目で見ると、先程の賞金稼ぎがカウンターに手をついてこちらを覗き込んでいた。


深緑の緩いウェーブの髪を揺らし、にっこりと微笑んでくる。

ベルナルドは軽く目を細め、不敵に笑った。


「敏腕賞金稼ぎ、マルヴァス・ヴァリエール殿が、どんなご要件で?」


内心めんどくさいと思いながら、ベルナルドは聞く。

マルヴァスはカウンターに座りながら、楽しげに答えた。


「君の噂、聞いたんだ。凄腕の詐欺師だってね。どんな相手でも確実に騙せるって、本当?」

「さあ?物事に確実なんてもんはないからねぇ。失敗はしたことはないけど」






ーーこいつの噂は知っている。

加虐趣味で快楽主義者、生死不問の高額賞金首ばかり狙う男。


とはいえ、大金がほしいわけじゃない。

殺してもいい、ということが重要なのだ。


だがすぐには殺さず、拷問のように追い詰め、苦しんだり命乞いをする姿を恍然とした表情で見ていると聞く。


更に恐ろしいのは、性格だけじゃない。その強さもだ。

およそ人間とは思えない動きをすると言うし、“一騎当千”なんて言葉すら生ぬるい。

彼の戦いを見た者は、口を揃えて「悪魔」と言っていた。


以前には傭兵団に協力を依頼し、賞金首の一団に挑んだという話も聞いたが、結局一人で全て片付けたという。

じゃあ、なぜ協力なんて求めたのか?

その残虐性に青ざめる傭兵たちの顔を見て、楽しむためだった。






(俺の性格がいいなんて思わないが、正直こいつはやばい)


どんな依頼を持ち込んできたのか、正直言って聞きたくもない。

そんなベルナルドの心情などつゆ知らず、マルヴァスは語りだす。


「今、狙ってる賞金首がいてね。すっごく可愛いんだぁ。一度だけ遠くから見たんだけど、まさに一目惚れだったかも」


それは、ほぼ確実にロマンチックな一目惚れではない気がした。

獲物をロックオンした、という方が近いのでは。

案の定、続くマルヴァスの言葉は酷いものだった。


「それでね、どんなふうにあの顔を歪めようかと悩んだんだよ。ボクが刻んで、ボロボロに傷つけて泣かせてもいいんだけど……あの子はさ、もっと精神的に追い詰めた方が楽しいと思うんだ」

「精神的に、ね……」


それで、俺に騙せってことか。

ベルナルドが呟くと、マルヴァスはニコッと笑みを深める。


「そうそう。信頼させて、裏切って絶望させてほしいんだ。もっと言えば、惚れさせてくれると最高かも」


ハニートラップまで仕掛けろと。

それは相手によるな……俺の好みって意味で。


どんな相手でも落とすことは出来るだろうが、少しは選びたい。

そう思っていると、マルヴァスは懐から一枚の手配書を取り出した。


「ああ、そうだ。これがね、そのターゲットだよ」


マルヴァスから渡された手配書を手に取り、視線を向けたベルナルドはーー

一瞬固まった後、思い切り顔を顰めた。


「………はあ?俺、幼女趣味はないんだけど。こんなガキに色目使えって?」


手配書に描かれていたのは、十二〜三歳と見られる少女だった。

容姿は整っているが、子供は子供。

まったく食指が動かない。


「幼女だなんて失礼だな。彼女、確か十六か十七歳くらいのはずだけど」

「マジか……いやでも、ないない。信頼させるのはいいとして、惚れさせんのは無理あるだろ」


全然口説く気がおきないし、子供に自分の色気が通じるかも疑問だ。

……いや、実際の年の差は三つくらいだが。

仮に落とせたとしても、一夜のお楽しみすら期待できないのは、正直つまらない。

成人しているからといって、少女みたいな相手に手を出す趣味はない。


それを聞いて少し残念そうにしつつ、マルヴァスは言った。


「じゃあ、信じさせるだけでもいいよ」

「簡単に言うけどさ。いや、信頼を得る事は出来るよ?でも絶望させるとなったら、一ヶ月や二ヶ月じゃ足りない。時間がかかる」


信頼とは、積み重ねた時間が長いほど大きくなる。

つまり時間をかける分、報酬も高くなるといいたいのだろう。

それを聞いて口角をさらに上げると、マルヴァスはベルナルドの前に革袋を置いた。


「半年でも一年でも待つよ。それでこれ、前金なんだけど。足りるかな?」

「前金……?」


一応確認のために中身を見ると、眉が一瞬動く。

足りるどころか、これだけでも相場の倍額はあった。


「残りは成功報酬で払うから。ね、引き受けてくれるよね」


正直気乗りはしない。だが、報酬は魅力的だ。

ため息とともに、ベルナルドは言う。


「了解。この女を騙せばいいんだな」


満足そうに頷くマルヴァスから目を逸らし、再び手配書を眺める。


まあ、小娘一人信じ込ませるなんて、難しくないだろう。

懐に入り込んで、頼りになるところでも見せて。

あとは時間をかけて、信頼を積み重ねればいい。


……ただ、ふと疑問が浮かんだ。


「でもこのお嬢さん、何でこんなに報酬額が高いんだ?海賊ってだけで懸賞金候補にはなるけど、何かやらかさないと流石にこんな高額はつかないだろ」

「ああ、実はボク、ちょうどその事件の時に居合わせたんだよね。遠くから見たって言ったのは、その件」


思い出し笑いをしながらマルヴァスは語る。


「町に偶然来てた海軍のお偉いさんに、子供がぶつかってね?頭を掴み上げて説教してたんだよ。もちろん子供は怖くて大泣き。そしたらさあ……」


笑いをこらえながら続けるマルヴァス。嫌な予感しかしない。


「そのお偉いさんの顔に、その子が、飛び蹴りかましたんだよねぇ!鼻が折れちゃって大変だったよ。周りも大騒ぎ!」

「そりゃそうだろうな……」


他にもやりようがあっただろうに、跳び蹴りって。

馬鹿なのか、このお嬢さんは。


「それで一気に三百万Gくらいついたのかな?その後賞金稼ぎを次々と返り討ちにして、今の金額になったはずだよ」

「……」


もはや言葉が出ない。中身まで子供なんじゃないか、やっぱり。


とはいえ、金は十分にもらってる。

引き受けないわけにはいかない。


「まあ……たまにはいいか」


子供のお守りでも何でも、やってやろう。

そんな気持ちで、依頼を受けた。

















だからーー予想外だったんだ。


「……誰?あんた」


初めて接触を図った、あの日。

手配書で見たよりはいくらか大人びていたが、それでも一見すればただの子供。


顔は可愛いけど童顔だし、発育も足りてない。

好みとはかけ離れてる。


それなのに……


その大きな瞳と視線が絡んだ瞬間、心臓が大きく跳ねた。




初めての感覚に、顔には出さず戸惑う。

その気持には、気づかないふりをした。


これは、ただの仕事。ただのゲーム。


だけど……


「君、とんでもないお宝を探してるんだよねぇ?俺が情報集めてあげるよ」


怪訝そうな顔をするけど、ちゃんと話を聞いてくれる。

その瞳に自分が映るたび、言いようのない感覚が全身に走る。


「……私に協力するメリットでもあるの?」


興味なさげなその声が、何だか新鮮で。

その後口から出たのは、自分でも予想外の言葉だった。


「もちろん。だって俺、君に……一目惚れしたから」


順番は少しズレたが、間違ってない。

だって口説くのも、依頼の一貫だろ?

……ちょっとだけ、やる気が出ただけ。



ずっと、そう言い聞かせてきたんだ。

こんな気持になるなんて、ありえないと思ったから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ