4.響術と波継の疑問
シュゼルはヘリオスに対して親バカ(?)感あります。
(え、今のがテスト??)
そんな考えが表情に出てるヘリオスの背を、シオンが軽く叩く。
「さ、テストは終わったから出るわよ。ありがとう、爺様」
船主は小さく手を振り、シオンもそれに応じると部屋を出た。
扉が閉まると、彼女はヘリオスたちの方を振り返る。
「これであんた達は『ガーネット』の船員よ。改めて、私は船長のシオン。みんなは”船長”って呼ぶけど、好きに呼んでくれて構わないわ」
言うだけ言って、あとはついてこいと先に歩き出す。
その背を追いながら、ヘリオスが不安げに口を開いた。
「えっと、テストって……本当にあれで終わり?僕たち、何もしてないけど……」
不安になるのも無理はない。
シュゼルでさえ、少し訝しむように眉を寄せる。
「爺様にはね、人の”本質”を見抜く力があるのよ。だから爺様が”いい”って言った人は、私も信じてるの」
「……本質……かぁ……」
今ひとつピンとこないが、他に説明がない以上、納得するしかない。
とにかく、無事に乗船を許されたことに安心すべきだと、シュゼルは静かに頷いた。
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船内に入ると、いくつかの扉が並ぶ廊下に出た。
シオンはそのひとつーー手前の部屋を開けて振り返る。
「ここは空き部屋だから、好きに使って。ベッドも二つあるし。朝になったら他の船員を紹介するわ」
促されて入った部屋は、空き部屋とは思えないほど整っていた。
掃除は行き届き、寝具にも一切の乱れがない。
ヘリオスが目を丸くしていると、シオンはどこか得意げに笑った。
「ルナがいつも綺麗にしてくれてるのよ。あ、ルナってさっき会った、あの可愛い子ね。感謝しなさい」
よほど気に入っているらしく、微笑みながら言うその様子は、姉のようにも親ばかのようにも見えた。
……ただ、どう見てもルナという女性の方が年上に見えた気がするのは、気のせいだろうか。
「あ、言い忘れてた」
シオンは気づいたように言う。
「爺様の部屋は立入禁止よ。多分、開けられないと思うけど。一応ね」
鍵があるわけでも、魔法がかかっているわけでもないのに、なぜかシオン以外には開けられないのだという。
理由はシオンにもよくわからないらしい。
「じゃあ、また明日」
「うん、今日はありがとう。これからよろしく」
ヘリオスのふわりとした笑顔に、シオンは一瞬だけ動きを止めた。
瞳が微かに揺れたように見えたが、すぐに踵を返し、背中越しに手を振って去っていく。
「僕……何か、変なこと言った?」
扉が閉まったあと、シオンの反応を気にしてヘリオスが尋ねる。
すると、シュゼルはふっと口元を和らげて、首を振った。
「いや、何も問題などない。ただ……ヘリオスの笑顔が、可愛すぎただけだろう」
「……シュゼルくらいだろ、そんなんで固まるのは」
ウィスカがいつもより抑え気味にぼやく。
その声を軽く受け流すと、シュゼルは改めて部屋の中を見渡した。
船体の古さを感じさせないほど、丁寧に手入れされている空間だった。
そもそもこの船全体が、妙に痛みが少ない気がする。
だが考えても仕方ないので、今は想定より良い場所だったことに感謝しておこうと思う。
ようやく一息ついた頃、ヘリオスが声をかけた。
「なあ、シュゼル」
「何だ?」
「さっき言ってた“響術”とか“波継”って、何のこと?」
ああ……と、シュゼルは頷く。
この船に移動する時、シオンに言った言葉を気にしているのだろう。
「そういえば、君に話したことはなかったな」
ベッドの縁に腰を下ろしてから、シュゼルは語り始めた。
「響術とは、“自然の波”に自らの力を響かせて干渉する術だ。魔術とは根本が違う。魔術が“力をぶつける”ものなら、響術は“力を重ねる”ものだ」
「自然の波?力を、重ねる……?」
「風や水、火、光……自然現象には、それぞれ目に見えない“波”の流れがあるらしい。
響術はそれを読み取って、自分の波を“同調”させて影響を与える術だ。
たとえば、風の流れを導くように……水面にさざ波を立てるように、だな」
ヘリオスはじっと聞いていたが、ひとつ疑問が浮かぶ。
「それって、訓練次第で誰でも覚えられるの?」
「いや。使えるのは、“波継”と呼ばれる資質を持つ者だけと聞く。王家にしか宿らない、特別な力だ」
それを聞いて、ヘリオスは首を傾げた。
「……じゃあ、あの船長って、王族ってこと?」
彼の言葉に、シュゼルは少し考える。
(風といえばスィルフニア王国のはずだが、確かあの国は……。いや、考えても仕方ない)
そう思い至り、静かに目を伏せると、答えを濁すように言った。
「少なくとも、風の波に共鳴する力はあるようだ。だが、それ以上はわからない」
何かを隠しているようにも思えたが、ヘリオスはそれ以上は追及しなかった。
「響く力……」
ぽつりと呟いたその声音に、過去の記憶を探るような迷いが滲む。
そして、何かを思い出したように続けた。
「あのさ……森で船長が現れたとき、空気が震えるような感覚がしたんだ。身体の奥がざわついて……あれって、シュゼルも感じた……?」
一瞬、シュゼルの瞳が揺れる。
(やはり、感じたか……)
しかし、表情には出さず、彼はわずかに間を置いてから、首を振った。
「……いや。風の術で空気が乱れただけだろう。気にするほどではない」
「……そう、なのかな」
納得しかけて、でも釈然としない。
ヘリオスのそんな表情を見つめながら、シュゼルはそっと拳を握った。
(感じ取れる……ということは、やはり君は……)
“波継”
自然の現象波に強く呼応する、王家の血筋にだけ宿る資質。
それを持つ者だけが、響術を扱うことが出来る。
持たぬ者は、一生その術に触れられない。
だが、それだけではない。
王家の血を引いているからといって、必ずしも波継を持つとは限らない。
さらに波継を持っていても、必ずしも響術に“目覚める”わけではない。
資質と環境、そして何より“運命”に導かれなければ。
それほどまでに、この術は“不安定”で“選ばれし者のもの”だった。
だからこそ、波継は“王の証”とされる。
力に目覚めた者こそ、王として選ばれるべきだと。
そしてーー
(ヘリオス、君がその“波”を感じたということは……)
彼の血が、波継を宿していることは間違いないだろう。
そして意識せず感じ取れたその感度を考えると、響術に目覚める可能性は高いのではないだろうか。
その力が覚醒すれば、彼の記憶も、正体も、過去も……すべてが戻るだろう。
だがそれは、彼の今を壊すことでもある。
それは、どうしても避けたかった。
(だから、私は……)
彼の笑顔を守るためなら、この手をどれだけ汚しても構わない。
欺いていたことを知られた時、軽蔑されようとも。
ーーしかし。
あの少女──“風の波”を操るあの船長が、彼の目を覚まさせる存在なのだとしたら。
それは、運命の巡り合わせなのだろうか。
「らしくもないな……」
小さく呟いたその声は、海の揺れに溶けて消えていった。
だがその胸の奥には、確かな予感が灯っていた。
この航海の先に、運命の波が待っている。
そう、確かに感じられるほどに。
補足説明
波継を持っていれば、特定の自然の波と他人が出した共鳴波を感じられます。
ただし、響術に目覚めてない場合は、自分で共鳴波を出して自然と同調はできません。
共鳴波を出す時は、目が緑色になるという特徴もあります。