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29.全てが“嘘”だったらいいのに、なんて

波祝(なみほうり)の舞の、最中だった。

祭りが盛り上がってきたその時、「闇」はやってきた。


船を大きく揺らし、海底から現れた巨大な魔物。

海水に濡れた身体には、頭から背にかけてたてがみのような毛が貼りついている。

周囲は暗く、全容までは見えない。けれど、それが見慣れた魔物ではないことだけは、はっきりと分かった。


(……何、あれ……)


変異種だろうか。月明かりに濡れた鱗がぎらりと光り、不気味な存在感を放っている。

次の瞬間、魔物が鋭い爪を振り下ろし、再び船が大きく揺れた。


悲鳴を上げる間もなく、大勢の人間が海に投げ出される。

魔物の餌となるまでに、ほとんど時間はかからなかった。


「何……何が、起きて……」

「シオン、こっちだ!」


ジークがシオンを引き寄せて、甲板を走った。

攻撃を避けても、魔術で防いでも、揺れる船の上では逃げ場がない。

庇われながら、シオンは思い出したようにジークに言った。


「ねえ、ジーク。私の”力”で、魔物を止められない!?」


その言葉に、ジークの動きが一瞬止まる。

しかし、すぐ首を横に振った。


「駄目だ」

「どうして!?隠してる場合じゃないでしょ!?」

「隠すとかそういう問題じゃない!シオンだって制御出来てるわけじゃないだろ!?」


数年前、シオンは風の響術に目覚めていた。

昔から何となく、風の流れを読むのは得意だった……が。

何の前触れもなく、その“流れ”をよりはっきりと感じ、共鳴出来るようになった時の驚きを覚えている。

不思議な力を使えたとジークに相談すると、彼はその力は隠すべきだと言った。

もし誰かに知られたら、面倒なことになるかもしれないーーと。


理由は教えてくれなかったが、あまりにもジークが真剣だったので、素直に従った。

一人の時にこっそり練習もしていたが、確かにまだちゃんと制御できない。

威力は高いが、反動が大きすぎる。


集中力もかなり必要なので、こんな不安定な場所で扱うのは危険だった。


「でも、でもこのままじゃ……」

「……」


ジークは眉をひそめ、何かを考える。

そして一度、目を閉じてーー何かを決意したように、シオンを抱えて走りだした。


「きゃ!?」

「爺様!」


船尾の近くにある船主の部屋に向かって、ジークは叫ぶ。

部屋の扉が、スッと開いた。

ジークはその部屋に入りシオンを下ろすと、船主に問いかける。


「今のあなた様でも、シオン一人を守る結界なら……張れますよね?」

「結界……?一人、って……」


シオンが不思議そうにしていると、船主はややあって頷いた。

それを見て、ジークは小さく笑う。


「俺が時間を稼ぎます。シオンを、……よろしくお願いします」


それだけ言うと、ジークはシオンを見て、笑顔を作る。

それが死を覚悟した顔だと、シオンは本能的に理解した。


「待って……待って、嫌、行かないで!一人にしないでーーっ……」


追いかけたくても、何故か足が動かない。

手を伸ばしても、遠くなっていく背中には決して届かなかった。


ジークは一族の中でも、魔力量がかなり多い。

だが攻撃系魔術の適性は低く、戦いはあまり得意ではないはずだ。


だから、彼が行うのは、本当に「時間稼ぎ」。


もう二度と会えないのだと、認めたくないのに理解してしまう。


「ずっと一緒にいるって……約束したのに……」


その言葉が、届くことはなく。

ただ、涙だけが流れ落ちていった。










ああ……そうだ。


だから、私は秘宝を求めた。


どんな願いでもーー死者の蘇生すら叶うという、幻のそれを。


そのために、船員だって集めた。


目的達成の為に必要、それだけの理由でーーだから。






情なんて、ないはずだったのよ……






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「……船長?」


優しい声に、シオンは目を覚ました。

ルナリアが心配そうに覗き込んでいる。


幻の秘宝を探す旅を始めた時、最初に迎えたのがルナリアだった。

目的のため、打算で手を伸ばした命。

……でも、それが、いつの間にかーー


「大丈夫ですか?」


きっと、うなされていたのだろう。

心配をかけてしまったと申し訳なく思いつつ、シオンは力無く笑う。


「ええ、大丈夫。……ちょっと、水を飲んでくるわ」

「それなら、私が持ってきます」

「いいの。……歩きたい、気分だから」


言いながらシオンは布団を出ると、部屋を出てゆっくり階段を降りていく。


ルナリアのことは、本当に好きだ。

心から慕ってくれる彼女のことを、気づけば妹のように大切に思っていた。


強くて優しいカルロのことも、頼りにしている。

レイジだって素直で良い子で、本人が思ってるより優秀で……


……でも。


(あいつのことは、どうだったかしら……)


そんな事をぼんやり考えながら、一階に降りると、そこにはヘリオスがいた。

何となく誰もいないと思っていたので、少しだけ驚く。


「……起きてたの?」

「あ、船長。うん、なんか目が覚めて……」


ヘリオスは水差しからコップに水をいれると、シオンに手渡す。

それを受け取りながら、彼女はヘリオスの横に座った。


しばらく、沈黙が続く。

その沈黙を破ったのはシオンだった。


「……ねぇ。あなたは、夢、見た?」

「夢?」

「暗く、どこかに沈んでいくような感覚で……夢の中に落ちていくような、そんな感じ」


言われて、ヘリオスは思い返す。

確かに眠る時、暗闇に引きずり落とされるような感覚はあった気がする。

だが、それを遮るように小さな光が現れ、ーーその後は、何も見なかった。


「……夢は、見てないかな」

「そう……」


それだけ答えると、また沈黙する。

ヘリオスはシオンの横顔を見ながら、思った。


(あの後から、船長の感情が読めない)


ヘリオスは、人の感情の起伏に対して鋭い方である。

だが今のシオンからは、あまり読み取れない。

普段は感情豊かな分、違和感も多い。


原因は確実にーー


「ベルナルドのせい、だよね……」


思わず口に出してしまい、ハッとする。

しかし、シオンは相変わらず表情を変えない。


ヘリオスが言葉に詰まっていると、シオンが小さく口を開いた。


「……あいつは、最初から変だった」


ヘリオスの方を見ないまま、シオンは続ける。


「ヘラヘラと近づいてきたと思ったら、軽口叩いて甘ったるい言葉吐いて……仕事はするけど、それ以外は神出鬼没で。信用なんて、出来るわけないじゃない」


いつも嘘ばかりで、何を信じていいかわからなかった。


だから、全部嘘だと思うことにした。


あの星を見た夜だってーーきっと、嘘しかなかったはず。


シオンは俯き、息を吐く。

髪で顔が隠れてしまい、表情が見えない。


変化がないままなのか、それとも……


「嘘ばかりよ。あいつは、全部嘘なの。だからーー」


シオンの声は震えていた。






大切なものは、全部過去においてきたつもりだった。


でもどんどん守りたいものが増えて、感情の行き場がわからない時に、

変な奴が掻き乱しにきて。


一番どうでもいい奴だった、そのはずなのに。

なのに、何でーー






「……この、裏切りさえ“嘘”であってほしいなんて……戻ってくるかも、なんて……思ってる自分が、いちばん嫌い……!」


酷い目に遭ったのに。

船員たちも巻き込んだのに。

それなのに、戻ってくることを“期待”してしまうなんて。


船長失格だ、と。

そう呟いた唇がかすかに震え、伏せた瞳がわずかに潤む。

涙にはまだ届かない。けれど、その目には感情の滲んだ光が宿っていた。


喉の奥が詰まり、何かを押し込むように深く息を吐く姿に、ヘリオスは一瞬、動揺したように瞬きをする。

しかしすぐにハンカチを取り出すと、そっとシオンに差し出した。

受け取ったそれで目元を押さえ、ゆっくりと落ち着きを取り戻していく彼女に、ヘリオスは静かに口を開く。


「船長は……船長の思いたいように、思っていればいいんじゃないかな」


その言葉に、シオンの手が止まった。


「大丈夫。誰も、船長を否定しないよ。どんなふうに思っても、考えても、ちゃんと味方でいてくれるから。

 だから自分を嫌いになんて、ならなくていい。少なくとも僕は……そういう船長、好きだよ」


そう告げるヘリオスに、シオンはようやく視線を向ける。

柔らかく優しい笑みを浮かべる彼を見て、ポツリと呟いた。


「……ちょっとだけ、シュゼルの気持ちがわかったわ」

「………え?」


予想外の反応に、ヘリオスがぽかんとする。

シオンは「何でもない」とだけ言うと、小さく笑った。


"ありがとう”の、気持ちを込めて。



このお話に関する短いおまけ(別視点)を、同時に更新しています。

よければそちらも併せてご覧ください。


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