27.沈む意識の中で見たものは
今日は、年に一度の波祝の日。
船の上で行われる、海の遊牧民「カルマーレ族」伝統の祭りだ。
その祭りのメインとも言える、海に捧げる舞を踊る役割は、毎年少女が一人選ばれることになっている。
特別な衣装を纏って踊るそれは、少女たちの憧れだった。
その日、舞姫に選ばれた少女が、深紅を基調とした舞衣姿で波打ち際を歩いていた。
誰かを探すように、周囲を見渡しながら歩いている。
風を含むようにふわりと揺れるスカートを時折押さえながら、少し早足で歩を進めた。
胸元から裾へと流れる生成り色の布には、金糸で繊細な唐草模様が縫い込まれ、日光が当たるたびにきらりと輝きを放つ。
袖口と裾を縁取る金の装飾は、揺れるたびに花びらのようにふわりと広がり、動きに華やかさを添えていた。
腰に結ばれた金色の帯が彼女の動きをそっと引き締め、舞うたびにそのリボンがやさしく揺れる。
(いた!)
目当ての人物を見つけて、少女は走り出す。
「ジーク!」
「え、……あれ、シオン!?どうしたんだ?」
振り返った男性は、少女ーーシオンを見て驚く。
普段の動きやすい服装ではなく、伝統の舞衣を身に着けた彼女は、雰囲気がだいぶ違って見えた。
「どう?お祭りの衣装なの。似合うかしら」
クルッと回ってみせると、スカートが優しく揺れる。
しかしジークは答えず、ただじっとその姿を見ていた。
黙ったままの彼に、シオンが少し不機嫌そうに目を細める。
「……何か言ってよ」
「あ、ご、ごめん」
短く切りそろえられた、赤毛混じりの茶髪をかき上げながら、ジークはシオンから目を逸らした。
いつもと違う様子にシオンは首を傾げ、ジークを覗き込む。
「……もしかして、似合ってない?」
「そんなわけ無いだろ!?めちゃくちゃかわ……」
そこまで言って、ハッとしたようにジークは動きを止めた。
みるみる顔が赤くなり、それを見たシオンが嬉しそうに笑う。
「ジーク、顔真っ赤」
「う、うるさい!仕方ないだろ……」
シオンは一歩後ろに下がると、後ろで手を組んで言った。
「少しは私、”女の子”に見えたってこと?」
せっかくきれいな衣装を着たんだから、今日こそ子供扱いなんてされたくない。
そう思いながらいたずらっぽく笑うシオンに、ジークは小さくため息をついた。
なぜため息をつかれたのかわからず、シオンが顔を僅かにしかめると、ジークは言う。
「……女の子だなんて、ずっと思ってるよ。……ああ、もう。あと一年待とうって思ってたのに……」
「?」
小声でひとりごとのように呟くジークの言葉を聞きとろうと、シオンは再び近づく。
すると、彼はその場で片膝をつき、顔を上げてシオンと目線を合わせた。
一度呼吸を整え、真剣な眼差しで告げる。
「シオン。俺と……結婚してくれ」
「………え?」
彼はポケットから、一組の耳飾りを取り出した。
白い小さな貝殻と、赤い宝石が付いたそれを、シオンは呆然と見つめる。
「え……っと、待って。だってジーク、私のこと、いつも子供って……」
「それは……っ、そう言ってないと、自制できなかったんだよ!お前はまだ未成年なんだから……」
だから、十五歳になるまで待つつもりだった……と、ジークは言った。
しかし年を追うごとに可愛くなっていくシオンは、一緒に旅をしている同世代の少年たちはもちろん、立ち寄る港でも注目を集めている。
ーーのんびりしてると、他の人にとられちゃうわよ?
姉にも釘を差され、求婚のために耳飾りも用意したが、やはり十五歳の誕生日まで待つべきかと頭を悩ませていたのである。
だけど今日、舞衣を纏ったシオンを見たら、もたもたしている暇はないと思ってしまった。
「お前こそ、俺のこと、口うるさい兄貴くらいにしか思ってないだろうけど……」
「ち、違う!私だってずっと……でも……」
突然、シオンの顔が少し曇る。
スカートの裾を軽く掴み、俯きながら言った。
まるで、波にさらわれそうな言葉を、手の中で掬おうとするかのように。
「……ジークは、次の族長になるんでしょう?でも私は、本当はカルマーレ族の人間じゃないのに……」
以前、族長に聞いたことがある。
自分が赤子の時、波打ち際に捨てられているのをカルマーレ族に拾われたのだと。
その時からずっと、この民族の一員として育ってきた。
だが髪の色も肌の色も、皆とは違う。
鏡を見るたび、この民族の人間ではないと思い知らされる。
他所から嫁いでくる人もいるけれど、族長の伴侶となれば話は違うのではないだろうか。
そんな不安を抱えているシオンに対し、ジークは首を振った。
「……親父がその話をしたのは、仲間と認めてないからじゃない。シオンに“選べる道”を残しておきたかったからなんだ。誰かに決められるんじゃなくて、自分の意志で“ここにいる”って、決めてほしかった。だからシオンさえいいなら、ずっとここに……俺のそばに、いてほしい」
わかってる、皆は昔からずっと優しかった。
家族のように育ってきた。
疑ってるわけじゃない、それでもただ、不安だっただけ。
「……嬉しい。ありがとう」
耳飾りを受け取り、薄っすらと涙を浮かべながら笑うシオンを、ジークは優しく撫でた。
お互いの耳に、誓いと共にその飾りをつけたーー刹那
周囲の景色が、突然光をなくす。
気がつけばそこは船の上で、自分は船主の部屋から扉の外を見ていた。
そこに立っていたのはーージーク一人。
「俺が時間を稼ぎます。シオンを、……よろしくお願いします」
そう言って背を向ける彼に、シオンは手を伸ばす。
「嫌、待って!行かないで!一人にしないでーーっ」
かすれる声で叫んだ次の瞬間、シオンの意識は途絶えた。
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「………ジーク……」
「船長!気がついたか?」
口の中で小さく呟いた瞬間、聞き慣れた声がした。
ゆっくりと瞼を上げると、カルロが心配そうに見下ろしている。
髪が海水を含んで、額にこびりついていた。
「ここ……どこ、なの……?」
動こうとすると、視界が揺らぎバランスを崩しそうになる。
背中に回された腕で支えられた時、抱き抱えられていたのだとわかった。
何か、夢を見ていた気がするけど、思い出せない。
それと同時に、段々と、先ほどまでの出来事を思い出す。
マルヴァスが現れ、ベルナルドが去り、そして渦潮がーー。
おそらく、守ってくれていたのだろう。
沈む直前、誰かに強く腕を引かれた感覚だけが、まだ微かに残っていた。
……きっと、カルロだ。
シオンは静かに自分の足で立つと、ゆっくり周囲を見渡す。
洞窟のようだった。
薄暗くて、じめじめしている。
「おそらく、海底にできた洞窟に流れ着いたんだろう」
少し離れた場所から、シュゼルが歩いてくる。
ヘリオスとウィスカも一緒にいた。
「濡れたままだと風邪ひくよ」
心配そうにヘリオスが覗き込み、シュゼルを振り返る。
彼は一度頷くと、そっと指を鳴らした。
シオンとカルロの服が一瞬ふわりと揺れたかと思うと、水気がまるで霧のように蒸発していく。
やっぱり僕も覚えたいな……とヘリオスが小さく呟いたが、本人以外の耳には届かなかった。
「……ありがとう」
お礼を言ったあと、何かに気づいたシオンが少し不安そうに声を出す。
「ルナは……?」
「ここにおります」
気配もなく、スッとシオンの横に膝をつくルナリア。
暗くて見えづらかったが、ずっと近くにいたようだ。
その無事な姿を見て安心したシオンは、「あとは……」と呟き視線を上げる。
「レイジと……黒いのは?」
「誰が”黒いの”だ」
あまり離れていない場所から、不機嫌そうな声がした。
「いたの?」
「さっきからな」
ノクスが眉を顰めつつシオンを見ると、誰かがカルロの影に隠れるのが見えた。
視界が悪くてよく見えなかったが、髪の長い女性のようだ。
(……あんな船員いたか?)
ルナリアはノクスを避けていたため、自己紹介すらしていない。
彼が知らないのも無理はなかった。
とはいえ、今はそれを気にしている場合ではない。
「……あの片目男なら、少し先を見てくると言ってました」
小さな声で、ルナリアはシオンに伝える。
大丈夫かしら、と思った矢先、洞窟の奥から声が聞こえた。
「すみません、なんかこの先に……あ、船長!目が覚めたんですね」
良かった、というレイジのホッとした顔に、シオンも少し表情を緩める。
「この先に、何かあったのか?」
シュゼルに聞かれ、「そうだった」とレイジが顔を上げた。
そして、少し言いづらそうに頭をかく。
「どうした?」
「えっと、信じてくれるかわかりませんけど……、村、みたいな場所が……」
その言葉に、一同は言葉に詰まる。
ここはシュゼルの予想通り、海底に自然とできた洞窟なのだろうと思っていた。
そんな場所に村があるなんて、想像できない。
「幻覚でも見たんじゃねぇのか?」
「いえ、多分……見間違いではないと思います、けど」
ノクスに言われ、少し自信なさげにレイジは答える。
しかし、ここでじっとしていても仕方ないと、彼らはレイジが見たという村へ向かうことにした。




