23.君の笑顔が少しだけ遠くて
「……デート?」
ヘリオスが聞き返すと、シオンはニコっと笑った。
「そう、デート。町に行って買い物したいから、荷物持って?」
「どこがデートだ、ただの荷物持ちだろーが」
即座にウィスカがツッコむ。
対して、ヘリオスは不思議そうに聞き返した。
「僕は構わないけど……荷物なら、カルロの方がたくさん持てそうだよ?ベルナルドだって、船長に言われたら断らないだろうし」
嫌というわけではない。
だが、自分が選ばれたことが不思議だったのだ。
ヘリオスに言われて、シオンは肩をすくめながら答える。
「そんな大量じゃないし大丈夫よ。それにカルロがいると目立ちすぎるの。今回はのんびり買い物したいから、ちょっとね」
二メートル近い彼が横にいたら、確かに目立ちそうだ。
交渉時には威圧感があっていいと言っていたが、普通の買い物には向かないらしい。
そして一瞬、シオンは視線を伏せ、少し迷ったあとで口を開いた。
「……ベルとは……今、あまり話したくないの」
明らかに何かあった様子で、シオンは言う。
そういえば、最近あまりベルナルドと一緒にいるところを見ない。
相変わらずの軽口を叩く事はあったが、以前のように距離が近くなかったし、頻度も減っていたと思う。
あと、シオンが避けるような行動もしていた。
「わかった、一緒に行こう」
それ以上は追求せず、快く了承したヘリオスに、シオンが目を輝かせる。
「ありがとう!じゃあ、早速行きましょうか」
船は既に港に着いていたので、シオンはヘリオスの腕を引く。
ヘリオスは「あ」と思い出したように振り返る。
「一応、シュゼルに一言……」
「あの堅物過保護男に言ったら止められちゃうわよ。ウィスカに伝えておいてもらいましょう」
「おい、おれを巻き込むな」
知らない町に二人だけで出かけることを、当然シュゼルは反対するだろう。
それはヘリオスの立場を考え、身を案じてのことだが、事情を知らない周囲から見ればただの過保護だ。
ウィスカもそれを見逃したとして、シュゼルに説教されかねない。
それを煩わしく感じたのか、シオンに対して不機嫌そうな顔をする。
しかし、ヘリオスにお願いされて渋々引き受けた。
ヘリオス自身も、ちょっと楽しみのようだ。
そんな顔されたら断れない……と、自分もシュゼルのことを言えないと思いながら、ウィスカは言う。
「あとで、シュゼルから文句言われても知らねーからな」
「別にいいわよ」
怖くないし、とばかりにふっと笑いながら、シオンは答えた。
そして、今度こそヘリオスの手を取ると、島へと向かう。
繋がれた手に少し焦りながらついていくヘリオスを、ウィスカはどこか納得いかないような、拗ねた目で見送った。
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船を降りて、港から石畳の道を進んでいくと、小さな町が見えてきた。
家々は白い壁に赤や青の屋根。
庭先には花が咲き、小さな風車がカラカラと軽やかに回っている。
どの家にも開け放たれた窓があり、中からは人の話し声や笑い声が漏れ聞こえていた。
(なんだか……あったかい町だ)
市場のような喧騒はなく、どこかのんびりとした空気が流れている。
通りには、木製の看板が下がった小さな店が並び、花屋、パン屋、古本屋――
それぞれが可愛らしい外観で、それだけで足を止めたくなった。
すれ違う人々は皆、自然と笑顔で挨拶を交わしていく。
観光地というより、“ここで暮らす人々のための町”という印象だった。
「ね、いいところでしょ?」
シオンが隣で、少し誇らしげに言う。
ヘリオスは思わず頷いた。
「うん。静かだけど、歩いてるだけで楽しい。……ここに住んでる人たちも、すごく優しそうだね」
遠くで子どもたちの笑い声が上がり、花屋の前では犬が丸くなって眠っている。
その穏やかな風景の中、二人は並んで歩き出す――まるで、何もかもがいつもより少しだけ、優しく見えるようだった。
「せっかくだから何か食べましょう。あ、あのパン美味しそう」
シオンが指をさしたのは、いい匂いのするパン屋さんだった。
ガラスケースに並べられたパンは、形もとてもかわいらしい。
「甘いのもいいけど、あのチーズのパンも美味しそう……。あ、猫の形がある。ルナが好きそうだわ」
おみやげに買っていこうかしら、と呟きつつ、まずは自分たちの食べ歩き分を購入した。
シオンはクリーム入り、ヘリオスはハムとチーズのロールパンを選ぶ。
「それ、美味しい?」
「うん」
「一口ちょうだい?」
私のも食べていいから、と何事もないように言うシオンに、やや躊躇いつつもヘリオスは自分のパンを渡す。
(こういうのって、普通なのかな?シュゼル以外と一緒にいた記憶がないから、難しい……)
気恥ずかしい気分になるものの、平然としているシオンを見ると普通のことなのか、と思ってしまう。
シオンから渡されたものを少しだけ食べた後、再び交換した。
(間接キスって言うって、前に読んだ本に書いてあったな……)
思い出して、今更照れくさくなってくる。
談話室には物語系の本も置いてあり、冒険譚だけでなく恋愛小説もあった。
中身を確認せず読み進めていたので、途中で恥ずかしくなったことを思い出す。
シュゼルが何か言っていた気がするが、気が動転してちゃんと聞いていなかった。
「どうかした?」
「あ、いや、何でもない」
顔を少し紅潮させて黙っていたヘリオスにシオンが聞くと、ヘリオスは慌てて首を横に振る。
シオンが平然としているのに、自分だけ焦るのも変だと思ったのだ。
すると、シオンは今度は色とりどりの果物が並ぶ店先に視線を向ける。
「あの果物、珍しいわね。美味しいのかしら」
「お嬢さん、ミルルの実を見るのは初めて?」
シオンが呟くと、店先に立っていた女性が声をかけてきた。
歳は四十前半くらいだろうか。
ふくよかで、笑顔がとても柔らかく、雰囲気の良い店員だ。
「ええ。どんな味がするの?」
「香りはあまりしないけど、齧るとふわっと甘みが口に広がるのよ。風通しのいいところにおいておけば一ヶ月は持つから、保存にも適してるわよ」
そう言いながら、カットしたものを一欠片ずつシオンとヘリオスに渡してくれた。
試食してみると、店員の言った通り優しい甘みが口内に広がる。
しかししつこさはなく、みずみずしいので喉も潤った。
「いいわね。これ、買っていきましょう」
「ありがとね。良ければドライフルーツも見ていって」
シオンがヘリオスに言うと、店員は嬉しそうに笑って他のおすすめも教えてくれる。
魅力的な商品に目移りしながらも、購入するものを決めてお金を払うと、店員が「ところで……」とシオンに声を掛けた。
「あなたのその耳飾り、とても素敵ね。白い貝殻と……もしかして、宝石はガーネット?」
店員の言葉に、シオンは一瞬だけ躊躇ったあと、小さく頷く。
すると、店員は手を合わせて楽しそうに笑った。
「ロマンチックねぇ。永遠の愛の象徴なんて……じゃあもしかして、そちらは旦那様かしら」
「……え??」
ヘリオスが驚いていると、シオンは笑って答えた。
「いいえ、彼は兄です。似てませんけどね」
シオンの笑顔は自然だったが、どこか笑いきれてないようにも見えた。
慣れたような滑らかな返答だったが、わずかに抵抗があるのかもしれない。
「え、そうなの?……あら、確かに耳飾りをしてないものね。勘違いしてごめんなさい」
「お気になさらず。かっこいいから、並んでると勘違いされやすいんです」
いたずらっぽく笑うシオンに、「本当にかっこいいわね」と店員も同意した。
あまり「かっこいい」と言われ慣れていないヘリオスは、照れくさくなって目を逸らす。
けれど、それよりも――先ほどの言葉の方が、気になった。
……耳飾りと結婚は、どういう関係があるんだろう。
そんな疑問を残していると、ふと風が吹き抜けた。
シオンの髪がふわりと揺れ、横顔が一瞬だけ、柔らかく夕日に照らされる。
「――そろそろ、帰りましょうか」
その声に、ヘリオスは小さく頷いて歩き出した。
ただ、先程の話を聞いた時から、シオンの笑顔がどこか曇っているように感じる。
ヘリオスが聞いていいか困っていると、シオンがため息混じりに口を開いた。
「……私も、聞いた話だけど。海に関係が深い民族とか、一部の港町では、特別な風習があるのよ。貝殻と宝石を使った耳飾りを、プロポーズで贈るっていう、ね。それをお互いの片耳に着けることで、二人が夫婦であることを示すみたいよ」
結婚指輪の方が、馴染みある人が多いかも。
そう語るシオンに、ヘリオスは躊躇いがちに聞いた。
「じゃあ、その、船長は……」
「ーー違うから」
ヘリオスの声を遮るように、シオンは少し強い声を出す。
「失くしただけ。これは露天で買って、片方なくなったの。気に入ってるから、片側だけでも着けてるってだけよ」
ヘリオスの方を見ずに、淡々とシオンは言った。
それが本当のことか、何かを隠しているのかは、わからない。
たとえ後者だったとしても、それを問いただす資格が、自分にないこともわかっていた。
「……ごめん」
「謝る必要ないわ。あんな話聞いたら、気になって当然だもの」
ようやくヘリオスに向き直ったシオンが言う。
その表情は、既にいつもの彼女だった。
「それより、今日はありがとう。……楽しかったわ」
「うん、僕も楽しかった」
素直に優しく微笑むヘリオスを見て、シオンは少し寂しそうに笑う。
「……やっぱり、どこか似てる。でもーー違うのよ」
「……?」
シオンの口が小さく動いたように見えたが、声が小さすぎて何を言っているのかは聞き取れなかった。
聞き返そうと思ったが、シオンは先に立ち、振り返ることなく歩き出す。
ひとりごと、だったのだろう。
胸の奥に不思議な感覚を残しながら、島での一日は終わりを告げようとしていた。
その後ーーー
船に戻ったシオンがシュゼルに何か言われていたが、彼女はどこ吹く風とばかりに聞き流す。
結局、何の説明もしないまま、軽い足取りで船室へと消えていった。




