表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/115

23.君の笑顔が少しだけ遠くて

「……デート?」


ヘリオスが聞き返すと、シオンはニコっと笑った。


「そう、デート。町に行って買い物したいから、荷物持って?」

「どこがデートだ、ただの荷物持ちだろーが」


即座にウィスカがツッコむ。

対して、ヘリオスは不思議そうに聞き返した。


「僕は構わないけど……荷物なら、カルロの方がたくさん持てそうだよ?ベルナルドだって、船長に言われたら断らないだろうし」


嫌というわけではない。

だが、自分が選ばれたことが不思議だったのだ。

ヘリオスに言われて、シオンは肩をすくめながら答える。


「そんな大量じゃないし大丈夫よ。それにカルロがいると目立ちすぎるの。今回はのんびり買い物したいから、ちょっとね」


二メートル近い彼が横にいたら、確かに目立ちそうだ。

交渉時には威圧感があっていいと言っていたが、普通の買い物には向かないらしい。


そして一瞬、シオンは視線を伏せ、少し迷ったあとで口を開いた。


「……ベルとは……今、あまり話したくないの」


明らかに何かあった様子で、シオンは言う。

そういえば、最近あまりベルナルドと一緒にいるところを見ない。


相変わらずの軽口を叩く事はあったが、以前のように距離が近くなかったし、頻度も減っていたと思う。

あと、シオンが避けるような行動もしていた。


「わかった、一緒に行こう」


それ以上は追求せず、快く了承したヘリオスに、シオンが目を輝かせる。


「ありがとう!じゃあ、早速行きましょうか」


船は既に港に着いていたので、シオンはヘリオスの腕を引く。

ヘリオスは「あ」と思い出したように振り返る。


「一応、シュゼルに一言……」

「あの堅物過保護男に言ったら止められちゃうわよ。ウィスカに伝えておいてもらいましょう」

「おい、おれを巻き込むな」


知らない町に二人だけで出かけることを、当然シュゼルは反対するだろう。

それはヘリオスの立場を考え、身を案じてのことだが、事情を知らない周囲から見ればただの過保護だ。


ウィスカもそれを見逃したとして、シュゼルに説教されかねない。

それを煩わしく感じたのか、シオンに対して不機嫌そうな顔をする。

しかし、ヘリオスにお願いされて渋々引き受けた。


ヘリオス自身も、ちょっと楽しみのようだ。


そんな顔されたら断れない……と、自分もシュゼルのことを言えないと思いながら、ウィスカは言う。


「あとで、シュゼルから文句言われても知らねーからな」

「別にいいわよ」


怖くないし、とばかりにふっと笑いながら、シオンは答えた。

そして、今度こそヘリオスの手を取ると、島へと向かう。


繋がれた手に少し焦りながらついていくヘリオスを、ウィスカはどこか納得いかないような、拗ねた目で見送った。






ーーーーーーーーーーーーー






船を降りて、港から石畳の道を進んでいくと、小さな町が見えてきた。


家々は白い壁に赤や青の屋根。

庭先には花が咲き、小さな風車がカラカラと軽やかに回っている。

どの家にも開け放たれた窓があり、中からは人の話し声や笑い声が漏れ聞こえていた。


(なんだか……あったかい町だ)


市場のような喧騒はなく、どこかのんびりとした空気が流れている。

通りには、木製の看板が下がった小さな店が並び、花屋、パン屋、古本屋――

それぞれが可愛らしい外観で、それだけで足を止めたくなった。


すれ違う人々は皆、自然と笑顔で挨拶を交わしていく。

観光地というより、“ここで暮らす人々のための町”という印象だった。


「ね、いいところでしょ?」


シオンが隣で、少し誇らしげに言う。

ヘリオスは思わず頷いた。


「うん。静かだけど、歩いてるだけで楽しい。……ここに住んでる人たちも、すごく優しそうだね」


遠くで子どもたちの笑い声が上がり、花屋の前では犬が丸くなって眠っている。


その穏やかな風景の中、二人は並んで歩き出す――まるで、何もかもがいつもより少しだけ、優しく見えるようだった。


「せっかくだから何か食べましょう。あ、あのパン美味しそう」


シオンが指をさしたのは、いい匂いのするパン屋さんだった。

ガラスケースに並べられたパンは、形もとてもかわいらしい。


「甘いのもいいけど、あのチーズのパンも美味しそう……。あ、猫の形がある。ルナが好きそうだわ」


おみやげに買っていこうかしら、と呟きつつ、まずは自分たちの食べ歩き分を購入した。

シオンはクリーム入り、ヘリオスはハムとチーズのロールパンを選ぶ。


「それ、美味しい?」

「うん」

「一口ちょうだい?」


私のも食べていいから、と何事もないように言うシオンに、やや躊躇いつつもヘリオスは自分のパンを渡す。


(こういうのって、普通なのかな?シュゼル以外と一緒にいた記憶がないから、難しい……)


気恥ずかしい気分になるものの、平然としているシオンを見ると普通のことなのか、と思ってしまう。

シオンから渡されたものを少しだけ食べた後、再び交換した。


(間接キスって言うって、前に読んだ本に書いてあったな……)


思い出して、今更照れくさくなってくる。

談話室には物語系の本も置いてあり、冒険譚だけでなく恋愛小説もあった。

中身を確認せず読み進めていたので、途中で恥ずかしくなったことを思い出す。


シュゼルが何か言っていた気がするが、気が動転してちゃんと聞いていなかった。


「どうかした?」

「あ、いや、何でもない」


顔を少し紅潮させて黙っていたヘリオスにシオンが聞くと、ヘリオスは慌てて首を横に振る。

シオンが平然としているのに、自分だけ焦るのも変だと思ったのだ。


すると、シオンは今度は色とりどりの果物が並ぶ店先に視線を向ける。


「あの果物、珍しいわね。美味しいのかしら」

「お嬢さん、ミルルの実を見るのは初めて?」


シオンが呟くと、店先に立っていた女性が声をかけてきた。

歳は四十前半くらいだろうか。

ふくよかで、笑顔がとても柔らかく、雰囲気の良い店員だ。


「ええ。どんな味がするの?」

「香りはあまりしないけど、齧るとふわっと甘みが口に広がるのよ。風通しのいいところにおいておけば一ヶ月は持つから、保存にも適してるわよ」


そう言いながら、カットしたものを一欠片ずつシオンとヘリオスに渡してくれた。

試食してみると、店員の言った通り優しい甘みが口内に広がる。

しかししつこさはなく、みずみずしいので喉も潤った。


「いいわね。これ、買っていきましょう」

「ありがとね。良ければドライフルーツも見ていって」


シオンがヘリオスに言うと、店員は嬉しそうに笑って他のおすすめも教えてくれる。

魅力的な商品に目移りしながらも、購入するものを決めてお金を払うと、店員が「ところで……」とシオンに声を掛けた。


「あなたのその耳飾り、とても素敵ね。白い貝殻と……もしかして、宝石はガーネット?」


店員の言葉に、シオンは一瞬だけ躊躇ったあと、小さく頷く。

すると、店員は手を合わせて楽しそうに笑った。


「ロマンチックねぇ。永遠の愛の象徴なんて……じゃあもしかして、そちらは旦那様かしら」

「……え??」


ヘリオスが驚いていると、シオンは笑って答えた。


「いいえ、彼は兄です。似てませんけどね」


シオンの笑顔は自然だったが、どこか笑いきれてないようにも見えた。

慣れたような滑らかな返答だったが、わずかに抵抗があるのかもしれない。


「え、そうなの?……あら、確かに耳飾りをしてないものね。勘違いしてごめんなさい」

「お気になさらず。かっこいいから、並んでると勘違いされやすいんです」


いたずらっぽく笑うシオンに、「本当にかっこいいわね」と店員も同意した。

あまり「かっこいい」と言われ慣れていないヘリオスは、照れくさくなって目を逸らす。


けれど、それよりも――先ほどの言葉の方が、気になった。




……耳飾りと結婚は、どういう関係があるんだろう。




そんな疑問を残していると、ふと風が吹き抜けた。

シオンの髪がふわりと揺れ、横顔が一瞬だけ、柔らかく夕日に照らされる。


「――そろそろ、帰りましょうか」


その声に、ヘリオスは小さく頷いて歩き出した。


ただ、先程の話を聞いた時から、シオンの笑顔がどこか曇っているように感じる。

ヘリオスが聞いていいか困っていると、シオンがため息混じりに口を開いた。


「……私も、聞いた話だけど。海に関係が深い民族とか、一部の港町では、特別な風習があるのよ。貝殻と宝石を使った耳飾りを、プロポーズで贈るっていう、ね。それをお互いの片耳に着けることで、二人が夫婦であることを示すみたいよ」


結婚指輪の方が、馴染みある人が多いかも。


そう語るシオンに、ヘリオスは躊躇いがちに聞いた。


「じゃあ、その、船長は……」

「ーー違うから」


ヘリオスの声を遮るように、シオンは少し強い声を出す。


「失くしただけ。これは露天で買って、片方なくなったの。気に入ってるから、片側だけでも着けてるってだけよ」


ヘリオスの方を見ずに、淡々とシオンは言った。

それが本当のことか、何かを隠しているのかは、わからない。


たとえ後者だったとしても、それを問いただす資格が、自分にないこともわかっていた。


「……ごめん」

「謝る必要ないわ。あんな話聞いたら、気になって当然だもの」


ようやくヘリオスに向き直ったシオンが言う。

その表情は、既にいつもの彼女だった。


「それより、今日はありがとう。……楽しかったわ」

「うん、僕も楽しかった」


素直に優しく微笑むヘリオスを見て、シオンは少し寂しそうに笑う。


「……やっぱり、どこか似てる。でもーー違うのよ」

「……?」


シオンの口が小さく動いたように見えたが、声が小さすぎて何を言っているのかは聞き取れなかった。

聞き返そうと思ったが、シオンは先に立ち、振り返ることなく歩き出す。


ひとりごと、だったのだろう。


胸の奥に不思議な感覚を残しながら、島での一日は終わりを告げようとしていた。













その後ーーー


船に戻ったシオンがシュゼルに何か言われていたが、彼女はどこ吹く風とばかりに聞き流す。

結局、何の説明もしないまま、軽い足取りで船室へと消えていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ