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2.闇に降り立つ海賊少女

張り詰めるような気配に、シュゼルは目を覚ました。

隠しているつもりだろうが、確かな殺気を感じる。

同じく殺気に敏感なウィスカも目を覚まし、二人は目配せした。


「ヘリオス、起きてくれ」


ごく小さな声で、シュゼルがヘリオスの傍で囁く。

ヘリオスはぼんやりと目を開けると、同じく小声で聞いた。


「……何かあったのか?」

「ああ、ここは危険だ。すぐに逃げたほうがいい」


あの時の野盗かもしれない、とシュゼルは付け加えた。

ヘリオスは真剣な顔で頷くと、シュゼルと一緒に足音を立てないよう静かに玄関に向かう。


「完全に囲まれてるぜ。とはいえ、距離はある。魔法をぶっ放してくる可能性はあるが、それくらいは結界で防げるだろ」


周囲を探知魔法で確認していたウィスカが低く言う。

数にして、およそ十数人。

全方位から見張られているのなら、玄関から脱出するのが一番次の行動に移りやすい。


息を潜めながら状況を伺いつつ、シュゼルは言った。


「いいか、合図したらすぐに飛び出してまっすぐ走るんだ。私は結界を維持しながら後ろに続く」

「わ、わかった」


シュゼルが対魔法結界を身体に付与する。

魔術は発動時にどうしても魔光と呼ばれる光を発するので、目立たぬようまずは弱い効果で展開した。

それでも一撃くらいは防げるだろう。

その後、姿が見られているなら気にせず張り直せばいい。


「これでいい。いくぞ、3,2,1……」


合図とともに、一気に外に飛び出した。

同時に小屋に「火球」と呼ばれる火の玉の魔術が炸裂し、爆音とともに燃え上がった。

木々が焼ける音に顔をしかめながらも、言われたとおり足を止めずに走る。


ーー今は、とにかく遠くへ。


刹那、シュゼルが咄嗟に地面を強く蹴り、ヘリオスの横に飛び出した。


「危ない!」


その声をかき消すかのように、激しい金属音が夜の闇に響く。

シュゼルが愛剣で、野盗の刃を受け止めた音だった。


(何だ?……これが、野盗?すごい殺気、それに――)


驚くべきはその剣筋。

視線を逸らせば斬られそうな鋭さである。

そして、さっきの魔術も尋常ではない威力だった。


シュゼルとウィスカは、野盗たちとは「距離がある」と言っていた。

それなのに走ってる自分たちに追いつき、切りかかってきたそのスピードや魔術の威力。

単なる野盗にしては、あまりにも強すぎる。


そんな事を考えている間にも、迫りくる敵をシュゼルは無駄なく切り伏せていく。

細身の剣が夜の闇を裂き、次々と野盗たちを薙ぎ払っていった。

だが、いくら倒してもーー影は途切れない。


ウィスカが魔法でヘリオスの周囲を警戒しているため、剣での戦いに集中できるものの、数が多すぎる。


「いい加減観念したらどうだ、シュゼル。大人しく殿下を渡せ」


(殿下……?)


聞き慣れない呼び方に、ヘリオスは違和感を覚える。

殿下とは、王族や皇族に対して使われる言葉だ。

ここに、そんな立場の人間がいるはずもない。

しかも、野盗たちは、シュゼルの名前を知っていた。

胸の奥に、何かが引っかかる。


「人違いだ。ここに殿下などいない」

「バカを言うな、そこにいるのはアリウス殿下だろう!」

「手こずらせやがって……」

「殿下は、すでに死んでいる。……いや、”暗殺”された」


剣がぶつかり合う金属音の合間に、言葉が交錯する。

距離があって、会話の半分も聞き取れない。


だが確かなのは、野盗たちは、誰かを探している。


シュゼルの剣技は見事だったが、さすがに十数人を相手にするには限界がある。

ウィスカは魔法でヘリオスの守りを固めているため、攻撃には回れない。


「僕も、戦えれば……」


そう呟いた瞬間、風が動いた。

何かが震え、共鳴するような、はじめて感じる奇妙な感覚。


そしてーー


野盗たちの悲鳴が、一斉に上がった。

無数の風の刃が、彼らの足元を切り裂いていた。

ギリギリ生きてはいるようだが、立ち上がれる者はいない。


「今の、風はーー……」

「ちょっと、夜の散歩が台無しじゃない」


シュゼルの言葉にかぶるように、鈴のように澄んだ少女の声が、森に響く。

声のする方へ顔を向けると、月を背に一人の少女が降りてきた。


黒髪が月明かりに揺れ、右耳に揺れる耳飾りがかすかに光を返す。

幻想的なその姿は、一瞬ーーまるで、夜の精霊が降り立ったかのようにさえ見えた。


「どうして私が散歩をすると、変な場面に出くわすのかしら」


少女はため息をつきながら、地面に転がる野盗を軽く蹴飛ばす。

真っ赤なジャケットに、ミニスカートと赤い帽子。

肩にかかる黒髪、やや吊り目で大きな茶色い瞳。

間違いなく「美少女」と呼ぶに相応しい風貌だった。


「……助かった。礼を言わせてほしい」


シュゼルの礼に、少女はそっけなく「別に」とだけ返す。


「散歩の邪魔だったから退かしただけよ。礼を言われることじゃないわ」


さらりと言いながら、右の髪を耳にかける。

白い貝殻と赤い宝石でできた耳飾りが、月灯りにきらめいた。


(それにしても、この女の子、どこかで……)


正直、シュゼル以外の人間のことは知らない。

それでも、確かに見覚えのある顔。

ふと、昼間に拾った手配書を、ヘリオスは思い出した。


「もしかして……海賊の、『シオン』さん?」


ぼそっと呟いた声は、静まり返った森にはっきりと響いた。


「こんな森にも手配書なんて回ってるの?まあ別にいいけど」


シオンはちらりと横目でヘリオスを見た後、シュゼルに視線を移す。

それから、飄々とした口調で言った。


「あんたも最初から気づいてたわよね、私のこと。何、捕まえる気?」

「いや、恩人にそんな事をするつもりはない」


きっぱりと言い切るシュゼル。

その誠実な言葉に、シオンも眉をひそめた顔を少し緩める。


「でも、何か言いたいことがありそうに見えるけど?」


じれったそうにシオンは続けた。

シュゼルは一度、目を伏せ、考える。

そして、何かを決意したように顔を上げた。


(どんな理由があっても、海賊は認められている存在ではない。だが……)


すべては、ヘリオスのため。

覚悟を決めた瞳で、シュゼルはまっすぐシオンを見つめた。

そして、恭しく頭を下げて言う。








「申し遅れたが、私の名はシュゼル。ーー私たちを、君の船に乗せてはもらえないだろうか」



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