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14.常冬の地へと向かう船

空は、ゆっくりと鈍色に沈み始めていた。

肌を刺す冷気が、波間に溶けて甲板を静かに冷やしていく。


風は穏やかなのに、どこか張り詰めたものを感じる。

遠くに見え隠れする白い山影が、かすかな緊張を胸の奥に呼び起こした。


(……このあたりに来るのは、三年ぶりね)


思い出す気なんてなかったはずなのに。

でも、空気の匂い、風の重さ、空の色――全部が、記憶の底を掬い上げてくる。


あの時、この空気の中で……

“何か”を選び、“誰か”に出会った。


その結果が、今の“私たち”だ。


だからこそ、できれば近寄りたくはなかった。

けれど、それでも。


“幻の秘宝”に関する手がかりが僅かにでもあるというなら――進むしかない。


「みんな、防寒対策しっかりしてよ!ここからは本格的に冷えるから!」


声はいつも通り明るく。

でも、吹き抜ける風の奥に、どこか懐かしくて、少しだけ痛い記憶の気配を感じていた。






ーーーーーーーーーーーーーーー






ひやりとした空気の変化に、ノクスがふと気づく。

加えて、シオンの「本格的に冷える」という発言。

まさか、この船の目的地はーー


「……おい。まさか、この船は”氷雪の大陸”に向かってんのか?」

「氷雪の大陸って、あの一年中雪が降ってるっていう……」


ノクスがシオンに聞くと、ヘリオスも確認した。

彼は各国の位置やその特徴など、知識として知っている。

いつ覚えたんだっけ……という疑問には、シュゼルが「本をたくさん読んでいるから、自然と覚えたのだろう」と答えていた。


「バカかお前は。あそこは海賊規制がものすごく厳しい国だぞ」

「知ってるわよそれくらい」


ノクスの言葉に不機嫌さを隠さず、シオンは言う。


「帝都に入るわけじゃないわ。そこから離れた町に用があるの。船は目立たないように山間にとめるし、ちゃんと変装してくわよ」


この船は、見た目だけなら普通の旅船だ。

隠すに越したことはないが、すぐ問題になることはないはず。


「変装?」

「私は手配書が回ってるし、顔でバレる可能性があるからね。厳しい国に行くときは変装してるの」


それくらいはわきまえてるというシオンの言葉に、ノクスは言葉に詰まった。

だが諦めたように頭を押さえると、シオンに聞く。


「停泊中は、船を降りるのは自由か?」

「好きにしたら?出港に遅れたらおいてくけど」


本気のトーンでいうシオンに、「こいつ、むしろ戻ってくるなって言ってねぇか……?」と思ったが、口には出さなかった。


「……いつ出港だ」

「町まで結構距離があるから、三〜四日後かしら。馬車も明日までないみたいだし」

「わかった」


それだけ確認すると、ノクスは船室に戻ろうとする。

その背中に、ヘリオスが声をかけた。


「どこか行くの?」

「帝都に行く」


さらりと言ったノクスに、シュゼルが顔をしかめる。


「……帝都は危険だと言ったのはお前だが」

「海賊船に乗ってるからって、俺は海賊じゃねぇ。問題ねぇだろ」


“海賊船に乗ってるのに海賊じゃねぇなんて、誰が信じんだよ”


以前ノクス本人が言った言葉が頭をよぎったが、振り払うように首を振った。

確かに、船から降りるところを見られでもしなければ、バレることはないだろう。

手配書もないし、それっぽい格好もしていない。


すると、ノクスは軽く下を向き、目を逸らして呟く。


「……さすがに、これ以上“休暇”を伸ばすのも限界だ。報告しておかねぇと……」


気が進まなそうに、途端に声のトーンを落としたノクスに、ヘリオスはきょとんとした。

対してシュゼルは何かを察したように、ノクスに近づくと小声で言う。


「……なぜお前が、帝国ではなくあの村にいたのかと思ったが。休暇の名目で、ヘリオスを探しに来ていたということか」

「……」

「お前の“上”が同行を許すかは、疑問だな」


ヘリオスの記憶が戻る要因になりえるノクスの存在は、シュゼルからすると不安要素でしかない。

いっそ、同行を許さないでほしいとでも思っているのだろうか。


(チビ船長といい、こいつといい……俺を降ろしたがってることを隠しもしねぇ)


眉をひそめつつも、ノクス自身はこの決断を覆す気はなかった。

他の奴らにどう思われようと、関係ない。


「……」


何を話しているのかわからないが、そのやり取りを後ろから見ていたヘリオス。

少し考えたあと、シュゼルに近づくと、袖を軽く掴んだ。


「なあ、シュゼル」

「どうした?」

「僕も、行ってみたい」


その言葉に、シュゼルだけでなくノクスも固まった。


好奇心旺盛のヘリオスなら、新しい土地に興味を持つのは当然だった。

ノクスが行くなら、自分も行ってみたいと思ったのだろう。


「……やめた方がいいかな?」


固まってしまったシュゼルに、なにか悪いことを言ったのではないかと不安そうにするヘリオスを見てシュゼルはうつむき額を抑える。

どうかしたのかと心配したが、彼はぶつぶつと呟き始めた。


「いや、それはずるい。無自覚でその顔は……反対なんて、できるはずがない。……素でそこまで可愛いのはもはや神の領域では……」

「戻ってこい残念イケメン」


その場の空気を打ち破ったのは、誰でもない、足元のウィスカだった。

呆れたようにぼやきながら、前足でシュゼルを叩く。


「ヘリオスが困ってんだろ」

「ああ、すまない。少々葛藤していた」

「くだらねぇ理由でな……」


ウィスカと同じく、呆れたように呟いたノクスの言葉は受け流した。


「まあ、私たちが海賊と思われる可能性は極めて低いが……せめて帝都ではなく、船長たちについて行こうとは思わなかったのか?」

「考えなかったわけじゃないけど。どうせなら、中心都市を見てみたいなって」


ヘリオスらしい理由に、ため息を付くシュゼル。

言い方が可愛かったからじゃない、決して。

好奇心の塊であることに、改めて納得したからだ。


「わかった、私たちも行こう。降りるなら、防寒着を用意すべきだな」


この間の店で買っておいた、厚手のマントがあったことを思い出す。

冬支度のためだったが、意外と早く活躍の場が来た。


「一緒に行っていいとは言ってねぇが……」


怪訝そうな顔で言うノクスの言葉に、シュゼルが真顔で言う。


「なぜお前の許可がいる」

「え、一緒の方が楽しいだろ?」


そこへ、さらにヘリオスが無邪気に言葉を重ねる。

もはやため息すら出なかった。


色々噛み合ってないやり取りが続く中、結局揃って降りることになったのは言うまでもない。



ウィスカは傍観しつつ、呆れたようにあくびを繰り返した。




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