【幕間】記録と、舵を握る者《ノクス視点》
今回はノクス視点の短編です。
船に乗ってから数ヶ月、少しずつ船員たちの様子を見ながらも距離を保つノクスの心境を描いています。
船に乗って、どれくらい経ったか。
……一ヶ月、二ヶ月、いや、もうちょい経ったかもしれねぇ。
最初の頃は、てっきり行き当たりばったりの海遊びかと鼻で笑ってたが――
どうやら本気で、例の”幻の秘宝”を探してやがるらしい。
小汚ぇ港町で噂を拾って、商港でガラクタみたいな本を買って、
漁村じゃ変なジジイの風占いにまで付き合ってた。バカ正直にも程がある。
しかもそれを、毎晩のように話し合ってんだ。
飯の後、甲板に椅子持ち出して、小声でゴチャゴチャ。
あれが“会議”ってやつらしい。
カルロが地図広げて真面目に喋って、
ベルナルドがヘラヘラしながらデマみたいな話持ってきて、
レイジが「風が……北の奥から吹いてる気がします」とか言ってる。
……んな曖昧なもんで判断してんのか、正気かよ。
「ふ〜ん、それ、“氷雪の帝国”の風だったりして?」
「え!? ええっ……そ、そんな風ってあるんですか……?」
「さぁ、どうだろ。でも、言うだけタダでしょ」
だが一番驚いたのは、
あのチビ船長がそんなアホみたいな話にもマジで耳傾けてんだってことだ。
外見こそガキだが、あの目は違ぇ。
何かを決めた奴の目だ。
まっすぐで、引かねぇ。
見てるとムカつくくらい真剣だ。
それでいて、知らねぇ土地でもよく喋るし、
子どもでも商人でも老人でも、あっという間に口を割らせていた。
ガタイのいい他の海賊どもにも、まったく臆せず会話する。
――普通なら、拳が飛ぶような場面でも、平然と立ち向かいやがる。
情報屋でもやってんのかってくらい、相手を話に巻き込むのが上手ぇ。
最初はただの気まぐれかと思ってたが、
この船は、思った以上に“本物の航海”してるらしい。
目的もねぇまま流されてるわけじゃねぇ。
少なくとも、風の舵は――あの女が、ちゃんと握ってやがる。
そして気づいちまった。
俺自身が、少しずつ余計なことを考えてやがるってことに。
……あの女が探してるのは、“幻の秘宝”だ。
笑えるよな。絵本や伝説の中で語られてた、おとぎ話みてぇな存在。
だがそれを本気の目で追いかけてる。存在すると信じてーー
(……もし、あいつの探してる”幻の秘宝”が、もし俺の知ってるモンと同じだってんなら、……面倒なことになりそうだな)
ああもう、くだらねぇ。何考えてんだ俺は。
……そもそも、俺がここにいるのは別の目的のはずだった。
あいつ、アリウス――じゃなくてヘリオスが、ここで生きる意味を見極めるためだ。
記憶がないって言ってたが、あれは単なる記憶喪失じゃねぇ。
魔力による記憶の「隠蔽」だ。
あいつの信じらんねぇくらい綺麗で鮮やかな魔力が、何かに乱されてるのが見えた。
それが、あいつの記憶を喰ってる原因だろう。
その”何か”が何かはわからねぇがーーシュゼルに話す気がない以上、知る術はねぇな。
それにしても、本人はのんきなもんで。
昼間っから甲板で本読んだり、星を見上げて感動してたり……おとぎ話の主人公かってくらい、穏やかすぎる。
それを見ては過保護な従者――今は、幼馴染って事になってんだったか?
あの残念美形が、いちいち気にして甲斐甲斐しく世話焼いてやがる。
怪我しねぇかとか、風が強すぎないかとか……マジで昔から変わってねぇ。
で、極めつけは足元の黒猫魔獣だ。
あの黒猫、ヘリオスの近くをずっとウロウロしてるが、魔力の質が常識外れすぎる。
言葉も喋るし、こっちを値踏みするような目で見てきやがる。
もしこれで姿を変えられる個体ならーーいや、今は考えねぇでおこう。
で、そんな連中をなぜか受け入れてるのが、あのチビ船長だ。
(……どうなってんだ、この船)
非常識すぎて頭が追いつかねぇんだよ。
まったく……とんでもねぇ船に乗っちまったんじゃねぇか、俺は。
次の寄港地が何を見せるかは知らねぇ。
けど――
この船は、止まる気なんてさらさらねぇらしい。
……ま、止まる理由がねぇなら、進むしかねぇんだろうな。
本日は夜に、「エピソード12までの人物紹介」を投稿予定です。
読んでくださった皆様が、少しでも彼らを覚えてもらえたら嬉しいです。