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13.少女の”今”はただ一人の為に

一瞬だった。

一瞬、視界に入れただけ。


でもあの姿を視界に入れた瞬間、胸に何かが突き刺さったようだった。

もう大丈夫だと思っていたのに、体が一気に冷えるのを感じた。


あの人が直接、私に何かしたわけじゃない。

でも、確かにあの時、あの場所にいた。


生きていることを知られてはいけない。

そもそも私のことなんて、覚えてないだろうけれどーー……


「……ルナ?」


声をかけられて、一度大きく肩を揺らす。

しかし声の主がシオンと理解した瞬間、体から力が抜けた。

――自分の“今”が、ようやく戻ってきた気がした。


「せん、ちょう……」

「どうしたの!?顔が真っ青よ!?」


どんなに動いても息を乱さず、何があっても顔色を変えなかった彼女が、顔を青くして小さく震えている。

シオンが動揺するのも当然だった。


「すみません、何でもないです。あなたに迷惑は……かけたくないんです」

「私が勝手に心配してるのよ!迷惑なんかじゃない」


そう言いながら、シオンは座り込んでいるルナリアを頭から抱きしめる。

その体温に、少しずつ、顔色が戻っていった。


しばらく沈黙が続いたが、一度息を吐いたあと、ルナリアは言う。


「……あの、黒い男」

「あいつがどうしたの?」

「私を、知ってるかもしれません」


その言葉に、シオンは驚いた顔をする。

ルナリアの過去について詳しいことは知らないが、何かの任務に失敗して処刑されかけていたことだけはわかっていた。


「処刑に関わった人間、ってこと?」


シオンの問いかけに、ルナリアは首を振った。


「いえ、直接関わったわけではないです。ただ、処分が決まった時……近くに、いた気がします」


処刑を強く反対した、誰かがいた。

幼い頃に一度だけ見かけた、凍てつく瞳をした、とても美しい人だった気がする。

そしてあの男は、その人の側にいたように思う。


「記憶が曖昧で、本当にあの男だったという確信もありません。そうだったとしても、私はあの頃とはかなり見た目も違いますし、気付かない可能性も高いです。でも……」


言い淀むルナリアを優しく撫で、シオンは言った。


「ごめんなさい。事情も知らず、連れてきてしまって……」

「船長は何も悪くありません。知らなくて当然ですし、それに……」


ルナリアはようやく少し顔を上げ、シオンと目を合わせる。


「船長が、スカウトしたわけじゃないんでしょう?」

「……よくわかったわね」

「あまり……いい顔を、されていなかったので」


船主の部屋から出てきた時の、シオンとノクスのやり取りを見てそう感じたのだろう。

実際、頼んできたのはノクスで、シオンは渋々承諾という感じだった。


そもそもこの船で、シオンから勧誘されたのは、ルナリアとレイジだけである。


「流石に今すぐ降ろすわけにはいかないし……でも、極力あいつとの接触は避けるように私も協力するわ。ルナもあいつを見かけたら、すぐ逃げていいから」


あまり歩き回るタイプではなさそうだし、おそらくヘリオスたちといることが多くなるだろうと予想している。

あの人数で動けば目立つし、行動は読みやすいだろう。

なるべく情報共有をすることを約束すると、ルナリアは俯いた。


「申し訳ありません。私のことで、お手を煩わせてしまって……」

「そんな事気にしなくていいのよ。あなたは私の大事な船員だもの」


まだ申し訳無さそうに、それでも小さく微笑んだルナリアに、シオンも安心する。

そして、ふと疑問が浮かんだ。


(じゃああいつは、あの氷の帝国にいたってこと……?ヘリオスたちのいた森とは違う大陸だし、距離も離れているわ。どういう知り合いなのかしら)


そこまで考えてから、まあ興味ないしどうでもいいかと思い直す。

疑問には思ったものの、特別関心を抱くほどではなかった。

それに、詮索するのも主義に反する。


「とりあえず、部屋に戻って休みましょう。歩けるかしら?」

「はい。ですが、休んでいる暇は……」

「や・す・み・な・さ・い。普段から働きすぎなのよ、身体がいちばん大事なんだからね!」


あなたが倒れたら、私が悲しむの!


その言い方をされたら、休まないわけにはいかない。

本当は疲れて倒れることはないが、シオンに対しこれ以上反論するつもりもなかった。


男性と女性の船室は場所が離れているので、遭遇する可能性は低いだろう。

念の為部屋まで同行したシオンは、部屋に入るルナリアに聞いた。


「もう少し、一緒にいる?」

「いえ、十分です。ありがとうございました」


だいぶ落ち着いたし、一人で考えたいこともある。

それにこれ以上、シオンの時間を邪魔したくはなかった。

シオンは全く邪魔だと思っていないが、ルナリアが頑ななこともわかっているので、笑顔で手を振ると扉を閉めて立ち去っていく。


その足音が聞こえなくなる頃、ルナリアはベッドに腰掛け、窓の外を眺めた。

雲が厚く、少し薄暗い。

そういえば、レイジが「今夜は雨が降る」と言っていた気がする。


雨に備えて、外で船の管理をした方がいい気もするが、シオンに怒られてしまうだろう。

今回は他の船員に任せて、シオンの言う通り部屋にいることにした。

ここにいれば会うこともないーーそう考えながら。
















ーーあの雪山で、あなたに命を救われたあの瞬間


ーーその時から、私の全てはあなたのもの


ーーあなたが笑うこと、喜ぶこと、それが私の望み


ーーその為ならこの命をかけて、護ると誓った……
















(私の疲れない身体を気味悪がらず、理由も聞かず、ただ受け入れてくれたあなたがどれだけ尊いか……きっと、自覚はないんでしょうね)




窓を濡らす雨のしずくは、やがて小さな音を奏ではじめる


ルナリアはその音を聞きながら、そっと瞼を閉じた。


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