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譲れぬ想いと妃の条件《シュゼル&アリウス》

続いては、シュゼルとアリウスの物語。

王太子となったアリウスに届く縁談をめぐる、一幕です。

アリウスが立太子してからというもの、連日国内外から縁談が届いていた。

通常業務が終わった後、シュゼルはそれらすべてに目を通している。

しかし、候補として迎えられる相手すら少なかった。


(家柄、年齢、派閥。王太子妃として必要な教養。……そして、信頼できる人柄。だが……)


先日の園遊会で接した令嬢たちのことを思い出す。

花々に囲まれた庭園には音楽が流れ、噴水のそばでは色とりどりのランタンが夜を照らしていた。

舞踏会よりも気軽に会話ができる場で、笑い声や談笑があちこちで飛び交っていた。

だがそこで見えたのは、権力に目が眩んだ者、親に言われて来ただけの者。

中でも酷かったのは、アリウスと談笑しながら、度々シュゼルに熱のこもった視線を送ってきた女性だった。


(私が伴侶を持つことはない。そう公言してきた)


命を捧げると決めた以上、他の人間を心から大事にできるとは思えないし、家督を継ぐ必要もない以上、結婚に意味もない。

だからこれまで寄せられた縁談は、すべて断ってきた。


それでも、シュゼルの容姿や立場に惹かれ、好意を寄せてくる者は後を絶たない。

だが、真正面から求婚しても拒まれるのはわかりきっている。

だからアリウスの妃候補になれば、その立場を通して彼と接点を得られるとでも考えたのだろうか。


(……なんて浅はかな)


王太子に近づく理由がそんな打算では、頭の程度を疑わざるを得ない。

あまりにも不敬だ。


無論、アリウス本人に好意を持つ令嬢も多数いた。

ただ、恋愛感情だけで決められるほど妃は甘くない。

それに強すぎる個人への執着は、将来国民を愛するべき王妃となるには枷になりかねない。


(難しいものだな……)


条件で候補を絞り、人柄を直接確認し、決めるしか無い。

ため息をつきかけたその時、不意に扉を叩く音がした。


「シュゼル、起きてる?」


聞こえてきた馴染みのある声に、シュゼルは短く返事をする。

部屋の扉が静かに開かれ、アリウスが顔をのぞかせた。


「良かった、まだ起きてて。明日でもいいとは思ったんだけど……」


言いかけてふと、アリウスはシュゼルの机に積まれた書類を目にして言葉を止めた。

少し困ったように、彼は眉を寄せる。


「また別の縁談……?次々とくるね」

「正式に決まるまでは途絶えないだろう」


アリウスは書類の束を、指で軽くなぞった。

シュゼルが確認と選定をすべて行っているため、アリウスが直接目にする書類はごく少数。

だから改めてその量を目にすると、唖然とせざるを得ない。

彼の表情に、申し訳無さを帯びた笑みが浮かぶ。


「……俺は、シュゼルに頼り過ぎだな」

「私が申し出たことだ。気にする必要はない」


シュゼルは静かに答えながら、書類に一瞬だけ視線を落とす。

王太子としての務めを果たすだけでも重い責務を背負っている彼に、これ以上余計な負担を課したくはなかった。

そして妃候補の選定だけは、決して他の者の手に渡してはならない。


ーーこれは、アリウスの未来に直結する事柄だからだ。


その想いを胸の奥に押し隠し、声色には一切出さないまま、淡々とした態度を崩さなかった。


「しかし信頼と家柄の両立はなかなか困難だ。加えて相性もある。悪くなさそうな者は、社交の場で君との交流を促してみるつもりだ」


現状候補として上がっている家名、それをまとめたリストを手渡しながら言う。

申し出があった家以外に、こちらが候補として考えた家も混ざっていた。


交流はあからさまに"妃候補”としてではなく、社交シーズンで集まった時にさり気なく接触を図るつもりでいる。

候補と気づけば浮足立つ者もいるだろうし、選ばれてないことに不満を抱く者も当然出てくるだろう。

余計な諍いは起こしたくない。


リストを眺めながら、アリウスは疑問を口にする。


「もし、この候補者以外に、俺が気に入った人がいたら?」

「君が自ら選んだ相手なら、当然"候補”に入れる。誰かいるのか?」

「……今のところ、いない」


念の為聞いておきたかっただけなのだろう。

謝罪するかのように答えるアリウスを見て、シュゼルは苦笑を浮かべた。


「だろうな。……もっとも、第一の候補者には、すでに断られてしまっているのだが」

「ん? 何か言った?」

「気のせいだ」


聞き返したアリウスに即座に答え、シュゼルは窓の外に目を向ける。

確かな信頼を寄せることができ、さらに高貴な血筋を持っている女性。

彼女がこの国に残ってくれたなら、何の問題もなかったのに。

だが、それは強要していいことではない。

彼女の人生は、彼女のものだ。


それに無理やり引き止めたりしたら、アリウスの不興を買うだろう。

それだけは避けたい。


自分の意志で選んでくれなければ、無理だったのだ。


「そういえば、私に用があったのでは?」


アリウスが部屋を訪ねてきた理由を聞いていなかったと、思い出したようにシュゼルは問う。

そうだった、とアリウスは言うと、懐から碧く輝く石を取り出した。


「これは?」

「最近発見された、魔力容量の高い魔晶石らしいよ。ノクスが送ってくれた」

「……あいつが?」


グレイシャ帝国は魔晶石の採掘に優れた国だ。

応用技術にも長けていて、様々な魔道具が各国に輸出されている。

しかし新たに発見された魔晶石など、気軽に他国に送っていいとは思えない。

そんなシュゼルの心情を察したのか、アリウスは口を開く。


「あ、大丈夫。ちゃんと皇帝陛下の許可は取ってるって」

「当たり前だろう。勝手に送ったりしたら処罰が下る」


独断で送ってきたとは思っていない。

ただ、許可を得るために大分苦労したのではないかと思ったのだ。

そこまでして、わざわざ送る理由があったのだろうか。


「立太子の礼に出られなかったお詫びって書いてあったけど」

「建前だな」

「だよね」


とはいえ、本当の意図など考えるだけ無駄だ。

どれだけ憶測を重ねようとも、真実など分かるはずもない。

ただありがたく受け取っておこうと、そう思った。


「じゃあ、俺は部屋に戻るよ。シュゼルも早く休んでね」

「ああ、わかっている」


アリウスが出ていった後、シュゼルは書類を片付け、改めて魔晶石を見る。

既に何かしらの魔術式が付与されていた。

シュゼルは魔力量故に魔術はほとんど使えないが、勉学を疎かにしなかったため、解析はできた。


そして、付与された魔術式を紐解くに連れーー僅かに、眉をひそめていく。


付与されていたのは“安眠効果”だった。

ただ疲れを癒すのではなく、睡眠を取ることで効率的に回復できるようにする作用。

要するに「ちゃんと寝ろ」ということだろう。


「何のつもりだ、あの男は……」


呆れたように息を吐きながらも、どこか心が和らいでいる自分に気づく。

シュゼルは書類をまとめ、就寝の準備をすべく静かに立ち上がった。



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