叶わぬ想いとその先に《ノクス&アイゼル》
本編後のおまけのようなお話を、三篇にわたりお届けいたします。
それぞれの想いと未来を、少しでも感じ取っていただけたなら幸いです。
まずは、グレイシャ帝国に帰還したノクスと、アイゼルのやり取りから。
グレイシャ帝国に帰ってきてから数日。
帰った瞬間ノクスを待ち構えていたのは、予想通り大量の仕事だった。
「休んでいる暇はないと思え」
という、とんでもない言葉とともに書類の山を渡された。
その言葉通り、連日働き続けている。
アイゼルはアイゼルで、通常公務に加えてあの組織の後始末もしていて、いつも以上に忙しそうだった。
しかしどこか機嫌がよく見えるのは、長らく尻尾すら掴めなかった組織の件が解決したからかもしれない。
ーーミレナが、生きていたことも含めて。
ふと、ノクスが机の端に雑に積まれた書類の束に目をやると、それは縁談の申し込みだった。
雑な置き方をするなんて珍しいと思ったが、処分するつもりらしい。
(どうせまともに見ちゃいねぇな)
彼は皇帝だ。
いずれ妃を娶って、世継ぎを残す必要があるだろう。
本来妃は、皇太子時代には決まっているものだ。
しかしその役目を担うはずだった母である皇妃は、アイゼルが幼い頃に亡くなっている。
残った父帝は「好きに選べ」と、まるで無関心だった。
寄せられる縁談は全部一蹴、結局そのまま即位しても妃なし。
今は国の安定と発展を最優先にして妃選びを後回しにしているが、いつかは決めないといけない。
以前問いかけたら、「私の目に叶うか、国益になる女がいれば選ぶ」と言っていた。
とはいえ、国益はともかく。
この男の横に立っても見劣りせず、気に入られるような性格で、更に彼の本性についてこられる女なんているのだろうか。
あまりに高すぎるハードルに気がついたノクスだが、ふと頭に二人の女性の姿が浮かんだ。
先日まで一緒に旅をしていた、海賊船に乗っていた女性たち。
あの二人なら見目もいいし、物怖じもしない。気に入られる可能性は高い。
高い、が……
(いや、ありえねぇな)
ルナリアはアイゼルの名を聞いた時、いつもと違う反応を見せた。
確信はないが、憧れのような情を抱いている可能性は高い。
しかしいくらアイゼルに好意を持っていようと、この国に戻ることは絶対に嫌だろう。
そもそもシオンの傍を離れるとは思えない。
シオンだって船を降りる気は全くなさそうだった。
権力に興味のない彼女が、妃のように堅苦しく、自由のない生活を好むとも思えない。
(それ以前に、あいつには……。………、……?)
シオンと、その横に立つ男を思い浮かべた瞬間。
胸に何か刺さるような、妙な感覚を覚えた。
船にいた時も、時折モヤモヤとしたおかしな感覚があったが、やはり何かがおかしい。
(何だこれ?何でこんなに、俺は、傷ついて……)
そこで、自分の思考に違和感を持つ。
……傷ついて?
ーー傷ついてんのか、俺が?なんでだ?
あいつの横に、他の男がいるってだけで……
ふと、思い当たることが頭を過る。
泣きそうな彼女に手を伸ばしかけたこと。
迫られてるのを見て苛ついたこと。
嫌いと言われて、胸が苦しくなったこと。
そしてーー子供相手に見せた笑顔を、可愛いと思ってしまったこと。
「………!!!!!!!???!?!?!?!」
途端に顔に熱が集まり、動揺のあまり机に額を打ち付けた。
その唐突かつ激しい音に、思わずアイゼルが振り返る。
「……何してんだ、貴様は」
「……なんでもねぇ……今、声掛けんな……」
敬語も忘れて、湯気が出そうなほど沸騰している頭を落ち着かせようとしながら、ノクスは言った。
(気づきたくなかった。失恋決定じゃねぇか。なんで今……!?)
しかし自覚した以上、抑えようのない熱は冷めることなく全身を巡る。
始めは首を傾げていたアイゼルだが、耳まで赤いノクスの姿に、確信を得たようだった。
そして不敵な笑みを浮かべると、彼が突っ伏している机に手をつき、面白げに言う。
「何だ?気になる女でもできたのか?」
完全にからかっている声に、ノクスは苛立ちながらも顔を上げられない。
しかし咄嗟に否定することもできなかった。
「惚れた女がいるなら城に呼べ。何人でも受け入れてやる」
「一人しかいねぇよ!」
思わず顔を上げて突っ込んでしまったが、完全に失言だった。
咄嗟に認めてしまったことを悔やみつつ、楽しそうに目を細めるアイゼルから目を逸らすと、再び机に顔を埋める。
「……連れてこられるかよ。他の男に惚れてるやつなんか」
「なんだ、失恋済みか」
「もう少し言い方考えろ」
あまりに突き刺してくるアイゼルに苦し紛れの返答をしながら、ノクスはそのまま黙った。
アイゼルも流石にこれ以上からかうつもりはないのか、仕事に戻る。
羊皮紙にペンを走らせる音が再開されたのを聞きながら、ノクスもゆっくりと姿勢を戻した。
休んでいる暇など無い。
(もういい、今更だ。気づいたところで意味がねぇ)
どんな選択肢があったとしても、自分はきっとこの国を選んでいた。
そしてシオンは船を降りない。
最初から、交わる未来なんてなかったんだ。
後悔はしてない、ただ気づきたくなかっただけ。
だが、気づいてしまった今、思うのはーー
二度と会うことがなくても、どこかでずっと、笑っていてくれればいい。
それだけだった。