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91.共に在る選択

王宮に戻った時には既に、後始末は一通り済んでいた。

王と第二王子も無事に救出され、王城は平穏を取り戻しつつある。


第一王子は廃嫡され、宰相には、身分剥奪とともに囚人労働が命じられた。

王命により、王国管理の鉱山へ送られ、魔力の封印処理を施された上で、重労働に従事することとなったのである。


人の命を弄び、都を騒乱へと導いたその罪は、言葉や金銭で贖えるものではない。

それゆえに選ばれたのは、労働によって身を削るーーいわば、生きながらの贖罪だった。


名誉も地位も奪われ、記録にも残らぬ存在となった。

人々の記憶からすら消されていくだろう。

宰相にとっては、おそらく死よりも辛い日々を味わうことになる。


重鎮たちにも責任が下されたと聞いたが、誰も声高に異を唱える者はいなかった。

それが彼らの罪の重さを示していた。


魔術師団長の席には、シュゼルの兄が新たに就任することになったらしい。

今回の件はあくまでアストリアン公爵の独断とされ、一族には罪は及ばなかった。

表向き、公爵は政務から退いたとされている。

実力も信望も厚い兄が後を継ぐのは、王国としても最も納得のいく選択だった。


とはいえ、当のシュゼルは特に関心を持っていないようである。


「俺は会ったことないんだけど、挨拶しておいた方がいいかな」

「必要ない。正式に決まれば、いずれ顔を合わせる機会はある」


折り合いが悪いという話は聞いていたが、どうやら事実らしい。

あまりにそっけない態度に、アリウスはつい苦笑を零した。


組織については、捕えた実行犯の供述をもとに、各地に残された研究施設をリヴァレーナ王国とグレイシャ帝国がそれぞれの手で制圧する方針がとられた。

本拠地はヴィゼリアの地下施設だったと判明しており、すでにそこが壊滅している以上、制圧完了も時間の問題だろう。


そして今回の功績と、響術に目覚めたことを踏まえ、アリウスの立太子が正式に決まった。

王が健在であるため即位は先になるが、今後は公務にも携わることになる。


立太子の礼の準備もあり、休む間もなく過ごす中で、ヘリオスにはずっと気になっていることがあった。


(ウィスカの姿を、見てないな……)


宰相たちを追い詰めた、あの日からだ。

気づいてはいたが、探しに行く余裕はなく、シュゼルたちに聞いても見ていないという。


シオンたちは、もうしばらく街に残って簡単な後片付けや巡回を手伝うらしい。

だが、ウィスカが彼女たちの所にいるとは考えづらい。

可能性がゼロとは言わないが、連絡を取る手段が無い以上、確認のしようがなかった。


気づけば、部屋の静けさがウィスカの不在を余計に際立たせていた。


(会いたい……)


皮肉屋で、愛想もないけど、

いつもそばにいてくれた。

不器用な言葉で励ましてくれた。


大切な、友達なのに。


その時、ふと窓の外で黒い影が揺れた気がした。

疲れた体を無理やり動かし、ヘリオスは窓辺に近づく。


(扉の外には見張りがいるけど……あそこからなら)


ヘリオスは立ち上がると、音を立てないよう部屋の奥へ足を運んだ。






ーーーーーーーーーーーーーー






夜の森には、昼間の喧騒が嘘のような静けさが満ちていた。

木々の間からのぞく星々が、わずかな光を落としては葉を照らし、足元には獣の通った痕跡すらも闇に溶けていく。

その中を、黒い影が一つ、音もなく進んでいく。


(何でおれは、まだこんな所にいるんだ?)


夜空を見上げながら、ウィスカは思う。

街の人達に囲まれるヘリオスを見て、ーーああ、本当に王として望まれる存在なのだと、思い知った。

だから、黙って離れたのに。


未練がましく、近くの森から様子を伺ってしまう。

もう近づけないなら、辛いだけなのに。

いい加減にしなければ。


近寄ってはいけない相手だったのだ、始めから。

だけど胸の奥で鳴っていた警笛を無視して、傍にいた。

長い寿命の中の、ほんの一時くらい。

惹かれるままに過ごしてもいいだろうなんて、浅はかな気持ちで。


けれど、それももう終わりだ。

ようやく決心して、城とは反対方向に進もうとした時、声が響いた。


「ウィスカ!」


一番、聞きたかった声。

そして一番、聞いてはいけない声。


なぜ、今この時間に、彼がここにいるのだろう。

振り返ることができず、逃げることもできず、ただ身体が固まる。


「やっぱりウィスカだ……。良かった、会えて」


安心したような声で近寄ってくる。

やめろ、期待させるな。


一緒になんていられないんだから。


そう言い聞かせても、喉の奥が焼けるように苦しい。

やっと絞り出した声は、震えていた。


「……おれがいたら、駄目なんだよ」


それを聞いて、ヘリオスは足を止める。


「どうして?」


不思議そうに聞き返すヘリオスに、ウィスカは続けた。


「知ってんだろ。傾国の魔獣の話。あの話に出てくるのは、おれと同じフェザーキャットだ」


数百年前、美しい女性に姿を変えたフェザーキャットが、とある国王をたぶらかして、国を傾けたという史実。

ヘリオスだって、当然座学で習ったことがある。


気まぐれに国を滅ぼすと恐れられた、畏怖の象徴。

だから、国王となるヘリオスの側にいることはできないと、ウィスカは言った。


……が。


「あの話に出てくるのはフェザーキャットだけど、ウィスカのことじゃないよね?」


その問いかけに、ウィスカがようやく振り返った。

目を細め、明らかに呆れた表情をしながら。


「それがおれじゃなくたって、……おれが同じことをしない保証はねーだろ」

「仮にそうだとしても、国は傾かないよ」


言い切るヘリオスに、ウィスカが目を丸くする。


「フェザーキャットが国を傾けるんじゃない。王が間違えた時に傾くんだ。もし俺が間違えそうになっても、側にはシュゼルがいる。だから絶対に間違えない」


ヘリオスの瞳には、迷いがなかった。

まるで、未来さえ信じきっているような。

それがまた、たちが悪い。

こんな真っ直ぐな王に、誰が勝てるっていうんだ。


「お前が間違えないとか、そういう問題じゃねーんだ!周りの連中におれらの違いなんかわかんねーだろ!?側にいるだけで、ヘリオスが国を揺るがす存在だって疑われちまうんだよ!」


事実はどうであれ、周囲からはそう見えてしまう。

自分のせいでヘリオスが疑われるなんて、耐えられなかった。

ヘリオスは少し考えたあと、「だったら……」と呟く。


「見た目が問題なら、人間として過ごすことは出来ないのかな」

「……?」

「あの姿になることって、羽を隠したときみたいに負担ってある?」


人間の姿でいることに負担はない。

幻術で羽や宝石を隠すのとは違う。

どちらも「本来の姿」だから。


「宝石は装飾品でごまかせるし、瞳の色も魔道具で変えられる。魔獣の姿になりたい時は、部屋の中で過ごしたらいい。

 ただ、ウィスカがもう一緒にいたくないなら……寂しいけど、止めないよ」


ふざけんな。

そんな言い方、ずるすぎるだろ。

一緒にいる方法を、これだけ言っておいて、今更。

しかもマジで寂しそうな顔すんな。


……一緒にいたくないなら、さっさと遠くに消えてんだよ。


そう思った瞬間、自分の答えはもう決まっていたのだと気づく。


「何でそんなに引き止めんだ」

「ウィスカと一緒にいたいから」


少しは躊躇え。

そんなこと、サラッと口にすんじゃねーよ。

おれは言いたくても、ずっと言えなかったんだ。


「そのうち後悔するぞ」

「しないよ」

「断言すんな」

「だって、わかってるから」


今、ウィスカを手放す方が、ずっと後悔することを。

だからこの先、この選択が何をもたらしたとしても、後悔はしない。


「……シュゼルは認めてんのか?おれを連れ戻すこと」

「さあ?話してないけど、わかってるんじゃないかな」


俺が何を考えて、どうしたいのか。

きっと、シュゼルは全部わかってると。

それで何も釘をさしてこないなら、恐らく否定しない。


「知らねーからな」


自分は責任を取らないとばかりに、ウィスカはヘリオスに飛びついた。

ヘリオスに抱えられ、頭を撫でられながら、ふとウィスカは思う。


「……そういや、どうやって出てきたんだよ。この時間に出歩ける立場じゃねーだろ」

「え?隠し通路から」


使うな。

そんなことに、極秘の通路を。


ちょっとだけ心配になったが、どうせ言うだけ無駄だ。















少しでも離れようとした自分を、こうしてまた引き戻す。

ずるい、ほんとずるい。

でも、それでも。


どうしても、このあたたかさから離れたくなかった。


「……仕方ねーから、お前が変な事しねーか見張っててやる」

「ありがとう」


この先何があるかなんて、わからないけれど。

今はこの腕の中に居たいと、ただ願った。



まだ第二王子にも継承権は残されていますが、今回の功績により、事実上アリウスが第一継承者として扱われることとなりました。

国民が熱烈に支持する姿も含め、さすがの第二王子も異論を唱えられませんでした。


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