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90.アリウスの名を呼ぶ声

王都に着くと、思った以上に大きな被害は見当たらなかった。

折れ曲がった街灯や、傷ついた壁は散見したが、建物の倒壊や人が倒れている姿はない。


「上手く防げたみたいだな」

「うん。でも、船長たちはどこに……」


被害は少ないが、人の気配もほとんど感じない。

ヘリオスが辺りを見渡していると、上空から声が響いた。


「ヘリオス!?」


見上げると、少し離れた場所を飛んでいたシオンと目が合う。

彼女はヘリオスたちに気づくとこちらに向かってきたが、らしくもなく途中でバランスを崩した。


「ーーあっ」

「え?」


連戦で疲れていたのだろう。

急に制御が効かなくなり、そのままヘリオスの上に落下した。

慌てて受け止めようとしたものの、勢いに押されて二人ともその場に倒れ込む。


「ヘリオス!」

「……何やってんだ」


シュゼルとウィスカが駆け寄り、ノクスは呆れた顔で呟いた。


「痛た……。ごめん、ちょっと気が抜けちゃったみたい」

「ううん、大丈夫。お疲れ様」


ヘリオス自身、響術に目覚めたからわかる。

あの術は、かなりの集中力と精神力を必要とするということ。

むしろ、よく長い時間飛び続けていられると感心していた。


倒れ込んだまま視線を交わした瞬間、場違いなほど和やかな空気が漂う。

そんな二人にノクスは無言で近寄ると、不機嫌そうな顔でシオンの腕を引き立ち上がらせた。


「いつまでやってんだ」


急に立たされ、よろけたシオンを軽く支えたが、すぐに手を離す。


「……何で怒ってるの」

「怒ってねぇ」

「じゃあ何よ、その顔」


顔を背けたノクスに首を傾げながらも、シオンはとりあえず服についた砂を払った。

ヘリオスもシュゼルから差し出された手を素直に借り、立ち上がる。

そしてシオンに向き直ると、改めて言った。


「本当、無事で良かった。被害もかなり少ないみたいだし。……でも、街の人達は?」

「今は集会場にいるわ。安全確認を終えたから、そろそろ出てくるはずだけど」


シオンが言うには、彼女たちが街に現れた合成獣を止めている間に、セディたちが組織の実行犯を全員捕えることに成功したらしい。

最後に街全体の見回りを終えたら、集会場から出てくる流れとなっていた。

シオンはそのパトロールを終えたところだったようだ。


「今、カルロが伝えに行ってくれてるはず……」


シオンがそう呟いた、その時


「………アリウス様?」


背後から聞こえた声に、ヘリオスたちが振り返る。

集会場から出てきた街人たちが、徐々に集まり始めていた。


今、名前を呼んだと思われる年配の女性に、ヘリオスは見覚えがあった。

以前視察した時に、一度挨拶を交わした事がある。


「あなたは、確か薬屋の……」


言葉の途中で、女性の目から突然涙が溢れ出す。

さすがのヘリオスも、驚いて言葉に詰まった。


「お、覚えて……まさか、本当に、い、生き……」


涙を流し続ける女性の背中を、シュゼルが優しく撫でる。

すると、他の街人も近づいてきて声をかけた。


「本当にアリウス様!?わたくしのことは、覚えていらっしゃいますか……?」

「亡くなったなんて信じていませんでしたが、本当に本物……?」

「今までどちらに……」


周囲の視線と声に、ヘリオスは思わず僅かに後ずさった。

久しく忘れていた“王子”という立場の重さが、否応なく肩にのしかかるようだった。

背筋が自然と伸び、声を失う自分に戸惑いを覚える。

するとシュゼルは視線を遮るように、静かに、しかし確かな動きで前に出ると、優雅に微笑みながら告げた。


「驚かせて申し訳ございません。詳細はお伝えできませんが、我々は理由(わけ)あって本国を離れておりました。ですがこの通り、アリウス王子殿下はご存命です」


街人たちは一瞬静まり返ったが、すぐに歓声を上げる。


「シュゼル様がご一緒ということは、本当に本物なのですね」

「もちろんです。後日、正式な発表の場を設けますので、それまでお待ちいただけますでしょうか」


その笑みに、女性たちは言葉を失いただ頷いた。

男性たちも、感極まったように頭を下げる。

道を開けてもらいながら、王宮へと戻っていくヘリオスたちの姿を、巻き込まれる前に離れていたシオンが見つめていた。


「……本当に、王子様なのね」


疑っていたわけではないし、聞く前から薄々気づいてもいた。

それでも、こうして実際に目にすると、急に現実味が湧いてくる。


「さみしいかい?」


突然耳元で囁かれた声に、反射的に身体が距離を取った。

相変わらず神出鬼没すぎる。

彼女の反応を見て笑っているベルナルドを睨みながら、シオンは問いかけた。


「……あんたは知ってたの?ヘリオスたちのこと」

「まぁ、俺は顔広いからね」


はぐらかすように言う彼に、それ以上は追求しない。

どうせ言う気もないだろう。

シオンは短く息を吐くと、ヘリオスたちの去った道に背をむけた。


「……疲れたから、宿に戻るわ。ルナたちも戻ってるだろうし」


街人が全員集会場を出たら、宿に戻るよう伝えてある。

要は集合場所だ。


(さみしい……わけじゃない。そう、思ってたのに)


この件が終わったら、彼らは船を降りるとわかっていたのだから。

今更、何も感じないはずだった。

それなのに、胸の奥に、名付けられない空白だけが広がっていく。


刹那、頭をくしゃくしゃと撫でられた。

子供扱いを感じさせるその動きに、シオンが再び睨む。


「……何してんの」

「別に?可愛いなぁって」

「馬鹿にしてるでしょ……」


そう言いながらも、心の奥に広がった感情に、シオンは自分でも戸惑う。

いつもどおりのニヤけ顔に、怒る気すら起きない。

ただ、少しだけ気は紛れた。


“ありがとう”なんて、絶対に言わないけど。



ノクスは、アリウスが視察に訪れる際には少し距離を取って護衛していたため、街の人々の記憶には残っていません。

一方でシュゼルは常にその隣に控えていたことから、顔を覚えられていました。


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