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86.証拠を手にして

朝靄の中、城の裏門前に集まったのは三人だけだった。

ウィスカの姿は、そこにない。

寝る時には確かに近くにいたが、朝起きたらいなくなっていた。


だが、探している余裕はなかった。

小さく息を吐き、ヘリオスが「じゃあ、行こう」と背を向けた、その時――


「おい、待てよ」


背後からかかった、聞き覚えのある声に足が止まる。

振り返ると、そこに立っていたのは、黒いフード付きのローブをまとった小柄な人物だった。


背丈はヘリオスの胸元にも届かないほど。

年の頃は、十歳前後の少女に見える。

だが、目深に被られたフードの奥から覗いた瞳を見た瞬間、彼は確信した。


「……ウィスカ?」

「よくわかったな」


くぐもった声が、僅かに笑った。

見た目はまったくの別人なのに、その口調も言い回しも、紛れもなくウィスカそのもの。


ヘリオスは数歩近づくと、まじまじとその姿を見つめる。


「その姿……」

「フェザーキャットの中でも上位種は、人間の姿になれるんだよ。これでも一応、そっちの部類だからな」


ウィスカが淡々と説明する。

ノクスは以前見たことがあるため、驚いた様子はない。

シュゼルは本人から聞いたことはあるものの、実際に見るのは初めてのようで、その姿を黙って観察していた。


「今日はこれで行く。これなら高等魔法も使えるからな」


少しだけフードを押し上げたその顔は、まだ幼さの残る少女のようでありながら、どこか獣の面影も宿していた。


雪のように白い肌に、鋭い目元。

だが長い睫毛が、その印象をわずかに和らげている。

小さく整った鼻と薄い唇が相まって、中性的な雰囲気を漂わせていた。


ローブの隙間から覗く手足は細く華奢で、しかしその動きには静かな力強さがある。

金色の瞳が、まっすぐにヘリオスを見据えていた。


「ありがとう。心強いよ」


ヘリオスは、微笑みながらそう言った。

その笑みに、ウィスカは目を丸くしーーふいと視線を逸らす。


「……受け入れんの早くねーか。普通、もう少し驚くだろ」

「驚いてるよ。でも、ウィスカはウィスカだから」


そのまっすぐな言葉は、胸に痛かった。


全力で協力して、これで終わりにするつもりなのに。

そんな風に笑われたら、……側にいたくなってしまう。


(……駄目だ。ここで終わらせなきゃ、意味がない)


心の奥に浮かんだ思いを押し込めるように、ウィスカは踵を返す。


「時間がねーんだろ。早く行こうぜ」

「ああ、そうだね。急ごう」


ヘリオスの返事は、先ほどより硬さを帯びていた。


そして、四人は歩き出す。

向かうのは、城の裏手に広がる森の中。


そこに、王弟が密かに伝えてくれた隠し通路の入り口があるという。

ルートは全て頭に叩き込んだ。

あとは、実行するだけだった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






四人は朝靄に煙る森の奥へと足を踏み入れた。


背の高い木々と古びた幹。

葉擦れの音すら飲み込まれるような、ひんやりとした静けさが辺りを包んでいた。


まるで、森そのものが息をひそめているかのように。


足元には湿った落ち葉。人の通りなど、滅多にないのだろう。

小動物の気配すらない。


だが、ヘリオスは迷わなかった。

王弟から伝えられた地形と説明が、頭に鮮明に焼き付いている。


「この辺りのはず」


大きな岩と、その傍に横たわる苔に覆われた倒木。

その根元に、他とは違う手入れの跡があるのを見つけた。

落ち葉をかき分けると、金属でできた小さな取っ手が顔を出す。


ヘリオスは腰を落とし、その取っ手に手をかけた。

力を込めると、重い音を響かせて扉が開く。

地面にぽっかりと口を開けたのは、地下へと続く狭い石階段だった。


古びてはいるが、使われていないわけではない。

わずかに足跡の痕跡が残っている。


「シュゼル、後ろを頼む。ノクスは中央で感知を」

「「了解」」


ヘリオスの指示に、二人は簡潔に応じた。

そして、ウィスカがヘリオスを見上げて問いかける。


「……おれは?」

「ウィスカは俺の近くにいて」


それは、近くでヘリオスを護れという意味か。

あるいは、子供扱いしているのか。


(魔獣の姿の時より、今の方がずっと強いのに)


でも、理由なんてどうでもよかった。

今、ヘリオスの隣にいられる。それだけで、十分だった。


魔力感知もできるし、この姿なら威力の高い魔法も座標を絞れる。

狭いところでも扱いやすい。

もう、巻き込みを気にして攻撃魔法を封じる必要はない。


「よし、行こう」


ヘリオスはそう言って、一歩を踏み出した。

湿った空気が、階段の奥からゆるやかに流れてくる。

そこに続くのは、王と、それに準ずる者だけが知る秘密の道。


そして彼らは、暴かれるべき真実へ向けて、足を踏み入れようとしていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






薄暗い石造りの通路を、四人は慎重に進んでいく。


王弟から伝えられた隠し通路は、人目を避けて城内を移動するには最適だった。

見張りの姿はない。古びた石壁と湿った空気が、静かに彼らを包む。


「……順調すぎるな」


ぼそりとノクスが呟いた通り、危険らしい危険もなく、目的の宰相執務室近くまで辿り着けた。

扉の前で立ち止まり、ノクスが短く詠唱する。

探知魔法の気配がふわりと広がり、すぐに収束した。


「……中に人はいねぇ。今のところな」


ヘリオスは頷き、静かに扉を押す。

鍵はかかっていなかった。


部屋の中は無人ーーだが、不自然なほど整然としている。

壁際の棚には、実務の気配よりも装飾品や贈答品が並び、まるで見栄を飾るための空間のようだった。

過剰なほど豪奢な調度に、ヘリオスは目を細めたが、今は気にするべきではない。


「さっさと探すか」


ノクスはそう言うと、再び室内の魔力を探る。

それと同時にウィスカは軽く振り返り、顔をしかめた。


「どうかした?」

「……城の中に、いるな。合成獣が」


その一言に、部屋の空気が凍る。

街ではなく、城内。

しかもウィスカの口調は確信に満ちていた。


「場所は?」

「正確にはわかんねー。探知したわけじゃねーから。……ただ、感覚でわかる」


フェザーキャットであるウィスカは、合成獣に使われた魔核に本能で反応するのだろう。

だが探知範囲を広げれば、こちらの存在が露見する可能性もある。

まだ、見つかるわけにはいかない。


「……まずは書類だ。警戒は解かずにいこう」


一同は頷き、反応のあった場所を中心に、棚や机、引き出しを分担して探る。

すると、ウィスカが棚の裏にわずかな違和感を見つけた。


「……隠し扉?魔力で封印してあるな」

「解除できるか?」


結界で防御したり、攻撃したりはもちろん出来る。

しかし、封印を解くような行為は魔獣としての生活に必要ないため、試したことすらない。


「こういう細かい作業は黒いのに任せる」

「……テメェも十分黒いだろ」


文句を言いつつもノクスは指先をかざし、静かに呪文を紡ぐ。

鈍い音を立てて扉が開き、中から数枚の封緘された文書が出てくる。

一目見て“本命”とわかる代物だった。


「……あったな」


それらを慎重に回収し、四人は次の目的地ーー第一王子の執務室へと向かう。


証拠は揃った。

ヘリオスは手にした文書を見つめ、深く息を吐く。

迷いはもうない。ここから先は、王となる覚悟を示す道だ。


忍び寄る影、剣を抜く覚悟。

決戦の幕は、今まさに上がろうとしていた。



ウィスカは性別がないので、「彼」や「彼女」という表現ができなくて難しいです。

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