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85.決戦前夜の静寂

夜が好きだった。

明るい場所は、どうにも落ち着かない。

暗がりの方が、ずっと居心地がいい。


闇に紛れるように身に着け始めた黒い服も、今では馴染んでいる。

鮮やかな色の服など着たくもない。

だが以前、一度だけアイゼルに服装を注意されたことがある。


「公務の時くらい、側近に相応しい格好をしろ」


差し出されたのは、普段なら絶対選ばないデザインと色合いの服。

センスは悪くないし派手なわけでもない。皇族の側近としては十分相応しいだろう。

……だからこそ、余計に抵抗を覚えた。


アイゼルの言っていることは正論だ。

だがどうしても受け入れられず、全力で拒否した。


側近の任を解かれるかと思ったのに、数日後、黒い特注服が用意された。

デザインはそのまま、ただ色だけが漆黒に変えられた。

漆黒の衣を許されるのは原則、密偵だけのはずだが、「原則には例外もある」で済まされた。


(何でそこまでして、俺なんかを側に置くのか……未だにわかんねぇ)


アイゼルのことだ、ノクスがこの国で受けていた扱いを知らないはずがない。

知った上であの態度だとしたら、相当な変わり者だろう。


(おかしな連中ばっかりだ。ヘリオスも、シュゼルも、アイゼルも。そしてーーあの女も)


自分を嫌っているくせに、船に乗せることを了承したシオンのことを、ふと思い出す。

喧嘩腰の態度は変わらないが、いつも無視することなく向き合ってくれる。


ミレナの件で険悪になってしまったが、あれはどう考えても、自分に非があるとノクスは思っていた。

この件が終わったら、もう一度話がしたい。

シオンとも、ミレナ……いや、”ルナリア”とも。


(……ミレナ、なんて呼び名は、多分もう似合わねぇ)


「おい」


突然低い位置から聞こえた声に、ノクスは振り返る。

声の主は、予想通りウィスカだった。

一匹でいるなんて珍しいと思った矢先、ウィスカが口を開く。


「ヘリオス達、話終わったみてーだぞ。お前のこと探してる」

「……」


黙ったままのノクスに目を少し細め、ウィスカはその場に座った。


「お前が何考えてて、どうしたいのかなんて、興味ねーよ。でもヘリオスが心配してたら放っとけねーだろ」

「……テメェといいシュゼルといい、マジで重度のヘリオス馬鹿だな」

「外見詐欺の過保護男と一緒にすんな」


ウィスカは不満そうに返す。

そしてすぐに、夜空を仰いで声を落とした。


「まあ、それもあと少しだけどな」

「……?」

「この件が解決したら、おれは、また一人に戻る」


ノクスは黙ってウィスカを見つめる。

その視線を受け流し、ウィスカは夜空から目を逸らさない。


「あいつが王になるならーーおれは側にいない方が、いいに決まってるだろ。おれのせいで、ヘリオスが王の器じゃねーと思われたら困るからな。……お前だって、同じことを言うつもりだったんだろ?」


アルナゼル王国行きを決めたとき、ノクスはウィスカに言った。

「テメェの件は、全部片付いた後だ」と。


ウィスカにはわかっていた。

ヘリオスの目指す道の先に"玉座”があるならば、自分の存在は危険であることを。

傾国の魔獣と称されるフェザーキャットが隣にいるとなれば、ヘリオスが国を揺るがす恐れがあると疑われかねない。

だから傍に留まるべきではないと、そう伝えたかったのではないだろうか。


そんなこと、自分でもわかっているのに。


「これで最後だ。おれは全力でヘリオスに協力する。もう、あの姿も隠さない」

「……本気かよ」

「当たり前だろ」


ウィスカは立ち上がると、ノクスを見ずに踵を返す。

屋敷のへと向かいながら、一度足を止めて一言だけ言った。


「お前もさっさと()()()()()()()()()()


それだけを残して、屋敷へと駆けていく。

その小さな背中が闇に溶けていくのを見届けながら、ノクスは静かにため息をついた。


「……言いたいことだけ言っていきやがった」


呆れたように呟きつつ、彼もその場から立ち上がる。

野宿するつもりはない。どうせ戻るつもりではいた。


ただ、さっきのウィスカの言葉。

あれは、単に”今”彼の所へ戻れという意味だったのだろうか。

それとも……


(あいつが本当に王になるなら……俺は……)


その時、自分は何を選ぶのだろうか。

……いや、今は考えない。まだ先の話だ。


目の前の問題を解決することが、先だ。

そう自分に言い聞かせながら、ノクスは夜空を一度だけ仰いだ。






ーーーーーーーーーーーーー






夜の静けさが、じわりと部屋を包んでいた。

ヘリオスとシュゼルは、部屋の机を挟んで向かい合っている。

手元には数枚の羊皮紙と、簡単な地図が広げられていた。


「宰相の執務室に向かうなら、この隠し通路を使おう」

「ああ、問題ない。それから探す必要のある資料だが……」


シュゼルが紙を一枚持ち上げる。

そこには、特別な地位と居住権の保証を記した条文と、宰相自身の署名が記されていた。

ベルナルドが貴族の屋敷で見つけたものである。


「組織との明確な繋がりを示す証拠が欲しい」

「そうだね。この契約書の内容に、より説得力が出る。……日が高いうちに探し出さないと」


ヘリオスは小さく呟く。

宰相は普段、第一王子の執務補佐として行動している。

実質、政務を牛耳っているに等しい。

その分、自分の執務室へ戻るのは、日が傾いてから。

探るなら、その前の時間帯しかない。


「証拠となる資料を突きつけて、あいつの腹の内を探ろう。その後の反応次第では……」


言いかけたところで、ヘリオスは少し口を噤んだ。

どうしたのかと見つめてくるシュゼルに、少し困ったように呟く。


「一番の問題は、……すぐに見つけられるかどうかだ」


時間はかなり限られているし、宰相が絶対に戻ってこない保証もない。

出来る限り早く見つけたいが、重要書類をそんなわかりやすい所に置いておくとは思えない。

どうするべきかと考えていると、扉の方から声が聞こえた。


「魔力感知すりゃいいだろ」


その声に、二人の視線が揃って扉の方へ向く。

そこには、いつの間に来たのかノクスが立っていた。


「書類に魔力が?」


ヘリオスの問いに、ノクスは無言で頷いてから部屋へ入ってくる。


「あの野郎がヴィゼリアから持ち帰ってきた契約書。それにも魔術がかかってる。おそらく契約違反を防ぐためのもんだろ」

「それって、違反したらなにか起きる、とか?」

「正確に分析はしてねぇがな。だが、重要な契約書ほどペナルティ効果のある魔術がかけられてんだ。つまり、魔力の反応で見つけやすいってことだ」

「さすが、頼りになる」


ヘリオスが自然と口にした言葉に、ノクスはわずかに視線を逸らした。

その様子を見て、シュゼルがふっと苦笑する。


(……まだ、素直に褒められるのは慣れていないようだな)


「あと、グレイシャの隠密たちも"協力する”って言ってたぞ」


ノクスが付け加えるように言った。


「王と第二王子の救出、そして街に潜伏している組織員の捜索、この二手に分かれて動くって連絡があった。捜索に関しては、セディと連携するらしい」

「心強いな」


シュゼルは頼もしさを感じたように、静かに頷いた。


計画は整った。心強い協力者たちもいる。

あとは、明日を迎えるだけだ。


明日、決着をつける。

ヘリオスは一度静かに息を吐くと、顔を上げて言った。


「……よし、今日は休もう。寝不足は良くない」

「テメェは寝ぼけると面倒くせぇからな。特にちゃんと寝とけよ」


ノクスの口調はいつも通りぶっきらぼうだが、その声の奥に、わずかな気遣いが混じっていることに、ヘリオスは気づいていた。


夜風が、庭に生い茂る木々を揺らしている。

決戦を控えた夜は、静かに更けていった。



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