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84.悔恨と決意の果てに

時間軸が現在に戻ります。

王弟の話を、ヘリオスは黙って聞いていた。

言葉が出ない。


ノクスは自分の過去や境遇のことなど、一度も話したことがない。

だからヘリオスは、彼がそんな扱いを受けていたことなど知らなかった。


シュゼルはノクスの受けていた扱いについては、ある程度知っている。

しかしグレイシャ帝国行きについては、裏があると勘づいていた程度で、詳しい経緯を知るのは初めてだった。


(あいつが何も言わずにいなくなるのは不自然だと思っていたが……やはり)


仕組まれていたのか、と。

だとしたらその裏にいる人物も、アリウスの暗殺計画があのタイミングで激化した理由も、全て想像通りの可能性がある。


シュゼルが考えていると、アリウスが小さく声を出した。


「あの、叔父上。……ひとつ、気になったんですが」

「何だ?」


俯いていた王弟が顔を上げ、アリウスを見る。


「……ノクスが使ったのは、本当に"闇の響術”だったんでしょうか」


その言葉に、王弟の動きが一瞬止まった。

間をおいて、彼は深く息を吐くと、答える。


「そのとおりだ。あの時確かに、謁見の間に闇が広がっていった」

「闇なら俺も作れます」


放たれた一言に、場の空気が凍りつく。

ヘリオスは臆することなく胸の前に手をかざし、意識を集中させた。

そして、その手元にーー“闇”の塊が生まれる。


「どういうことだ……!?」


その表情を驚愕に染める王弟だが、対してシュゼルは気づいたように口を開いた。


「……波の、打ち消しか」


シュゼルの低い呟きにヘリオスは頷き、静かに説明を続けた。


「叔父上も、響術の仕組みはご存知のはずです。音の干渉と同じように、共鳴波を重ねれば、特定の波を強めるだけでなく打ち消すこともできると」


実際にヘリオスは、光を凝縮し強めて、攻撃手段として使ったことがある。

無論、部屋を明るくするなど、ただ明るさを増す事も可能だ。


そして逆に、相反する波形を重ねれば、光を相殺して闇を生み出すこともできる。


「……しかし、あの子は暗闇で、波形を見て進むことが出来ると……」

「完璧な暗闇でない限り、わずかにでも光は存在します。俺たちは他人の共鳴波を感じることができても、他の術者に何の波形が見えているかまではわかりません。ノクスが見ているのが、本当は光の波形である可能性も、十分あるのではないでしょうか」


考えもしなかった。

しかし、それ自体がおかしかった。


響術の仕組みなど、当然熟知している。

しかし現存する光の響術使いで、光の増幅以外を行う者はいない。


もしかしたら、光に選ばれた者であることを、無意識に示していたのだろうか。


あの時国王は、「響術を使ってみろ」としか言わなかった。

部屋を明るくしろとか、光球を作り出せとか、そういう具体的な指示をしたわけじゃない。


もしノクスが、ただ光を"打ち消す”共鳴波を重ねていただけだったら?

ーーずっと、勘違いで、彼を迫害していたことになる。


なぜ。

あの時、誰かが言った「闇の響術」と言う言葉に、一切の疑問を持たなかったのか。

王族にいないはずの黒髪黒目の理由を、そこに見出して納得してしまったのだろうか。


誰一人として、疑わなかった。

彼が”闇の使い手”だと。


そう信じることが、当然であるかのように。


当時幼かったノクスもまた、周囲の大人たちに「闇の響術」と断じられたことで、自らの力をそう信じ込んでしまった。

否定の言葉など一つも与えられず、ただ押しつけられた烙印を、そのまま抱え込んで。


「私は……ノクスに、なんてことを……」

「叔父上。あくまで俺の憶測に過ぎません」


震える王弟の前に膝をつき、ヘリオスは言う。

しかし王弟は小さく首を横に振った。


「いや、可能性は……ある。だが、なぜその程度のことに気づけなかったのか……」


真偽はどうあれ、もしあの時、別の指示をしていたなら。

彼があそこまで腫れ物扱いされる事はなかったのではないかと、そう考えてしまう。


ノクスに対する不信感が募っていたとはいえーーいや、それすらも。

自分が、勝手に妻の不貞を疑っていただけで、ノクスの罪ではない。


場に、重い沈黙が落ちた。

これ以上、後悔に沈ませてはならない。

そう判断したシュゼルは、意を決したように一歩踏み出す。


「発言を、お許しいただいてもよろしいでしょうか」


淡々としたその言葉に、王弟が俯いたまま頷く。


「ノクスの件は、ご心中に思うところもあろうかと存じます。しかしどうか、我々の話も聞いていただけないでしょうか。……そのような過去を背負ったまま、それでもあなたを頼ることを決めた、ノクスの為にも」


それを聞いて、王弟は我に返る。

確かに、ノクスはこの部屋に来た時、"協力が必要だ”と言っていた。


「そうだったな。すまない、自分の話などしてしまって……。聞かせてくれないか、君たちが来た理由を」


王弟の言葉に小さく頷き、ヘリオスはこれまでの経緯を話し始めた。


アルナゼル王国に迫っている危機、その黒幕。

王宮や街の現状。

そして、黒幕を追い詰めるためには、隠し通路を使い王宮に忍び込む必要があると。

隠し通路を知っているのは、現状四人だけであり、頼れるのは王弟しかいないのだと。


「なるほどな。確かに、私はそれを知っている。教えることは構わない。だが……」


王弟は視線を逸らさず、ヘリオスを見据えた。


「その計画を実行するならば、本当に王になる覚悟が必要だ。

君には元々素質があったし、今は響術にも目覚めて条件は揃っている。

だが君は、王位に執着してこなかったはずだ。

……だから今、その意志を示してほしい」


王弟が記憶している"アリウス”は、温厚で、権力争いには向かない性格だった。

国民の支持も能力も十分ありながら勿体ないと思いもしたが、国王という立場はあらゆる重圧がかかることも知っている。


だから、彼自身はアリウスを王には推していなかった。

響術に目覚めているかどうではなく、相応の覚悟がなければ耐えられないと感じていたからだ。


だがもし、今の彼に、"覚悟”があるのならーー


「無論です。……そのために、俺はここに来ました」


最後に見た時とはまるで違う、揺るぎない眼差しに、王弟は思わず息を呑んだ。


(ああ、そうか。本当に、王の器になって、戻ってきたのだな……)


王弟は小さく微笑むと、しっかりと頷く。


「わかった、協力しよう。私とて、この国の現状は放っておけない」

「ありがとうございます」


お礼を言うヘリオスとシュゼル。

以前より頼もしさを感じる二人を見ながら、王弟は思う。

彼らになら、任せても大丈夫だろうと。


そして、この件が終わった時。


(……ノクスは、私の話を聞いてくれるだろうか)


かつて失ったものを、すべて取り戻せるわけではない。

許してほしいわけではない。

それでもーー彼に、もう一度、向き合いたいと思った。



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