9.失礼男の地雷発言《シオン視点》
”幻の秘宝”
各地に伝承が残っている、不思議な力を持つ”宝”のこと。
その造形も、存在する場所も、全てがはっきりしていない。
でも様々な国で語り継がれているということは、ただの幻想である可能性は低いと思った。
私には、何としてもそれを手に入れたい理由がある。
だから、海賊にだってなった。
だって表面的な伝承を辿るだけじゃ、「実物」がどうしても見えてこない。
その点、海賊には海賊のネットワークが存在した。
暗黙の了解で、海賊同士でしか教え合わない様々な情報が交換されている。
その情報がどうしても欲しかったから、私はこの道を選んだ。
ただ、伝承よりは現実味のある情報が得られることもあるけど、今ひとつ決め手に欠ける。
探し始めてから三年くらい経ってると思うけど、具体的な情報が少なすぎる。
だから幻、なんでしょうけど……
「結局、今回もあまり有益な情報じゃなかったわね……」
”幻の秘宝”に詳しい人がいると聞いていたけど、ほとんど伝承そのものの話だった。
多少歴史的というか、具体的な話も混じっていたけど、知っている内容が多い。
「また別の情報提供者を探すしかないな」
カルロが励ますように言ってくれる。
進歩がなくても嫌な顔せず付き合ってくれるの、本当に良いやつね。
しかもカルロが一緒にいてくれるようになってから、情報を得やすくなったし。
私一人でいた頃は、ナメられて情報を聞き出すまでにすごく時間がかかった。
(早い話、埒があかないから力づくで聞き出してたのよね)
私の容姿のせいで馬鹿にしてたんだろうけど、はっきり言ってそんな連中に負けるほど私は弱くない。
叩きのめせば大抵何でも吐いてくれたけど、手間がかかって効率も悪かった。
でもカルロがいるだけで、相手が勝手に色々情報をくれる。
虎の威を借るってことになるのかしら……?
まあ、私はカルロより強いけどね。
「”幻の秘宝”について、他に情報報告があった場所は……」
皮の表紙で作られた手帳を開きながら、小さく呟いたその時。
「……まるで子供のままごとだな」
小さく、微かな声。
でも確かに、私の耳に届いた。
私は静かに立ち上がると、その声の主のところへ歩いていく。
カルロもベルナルドも、特に止めない。
二人とも、この状態の私を中途半端に止めることはしないの。
「ねえ、ままごとってどういうことかしら?」
少し離れた席に座っていた青年に声を掛ける。
真っ黒い髪と鋭い黒い瞳。
それに漆黒のマントとローブって……見事なまでの黒尽くめね。
「聞こえたのか?それは悪かったな」
本気でただひとりごととして呟いただけみたいで、意外そうに言う。
私ね、耳は良いのよ。
というか、風が運んでくるの、そういう音も。
声だって、空気の振動だから。
それにこいつ、「悪かった」なんて言ってるけど、微塵も悪いと思ってない。
雰囲気でわかる。
「失礼じゃないの?人のこと子供だの、ままごとだの……」
「子供は事実じゃねぇか」
「子供じゃないわよ!私は十七歳の成人女性なんだから!」
そう言うと、本気で驚いたように目を丸くした。
立ち上がりながらぽつりと「……一歳しか違わねぇのかよ」って心底驚いたように呟いたの、聞こえてるからね?
本気で失礼だわ。
そんな目で見下ろさないでよ。
……いやでも、この際年齢のことはいいわ。ムカつくけど。
「おとぎ話みたいな物を探しているなんて、子供の遊びと変わんねぇだろ。どんだけ夢見がちなんだ」
そう、許せないのはこっち。
「見ず知らずのあんたにそんな事言われる筋合いはないわ。それに私は真剣なの」
怯まずに睨むと、黒尽くめも黙って私を睨み返してくる。
と、思ったけど…
……ん?
これ、睨んでるの?
目付きが悪いだけ??
眉間にシワが寄ってるし、睨まれているように感じるけど……
怒りとか嫌悪とか、そういう感情が伝わってこない。
ものすごく失礼なやつだけど、睨んでるわけじゃないなら……何か、他に言いたいことでもあるのかしら?
なんとなくそんな気がした。
「ねえ、なにか言いたいことがあるなら……」
「なぜーーあいつがここに?」
ふと、聞き覚えがある声に私は言葉を止める。
ちょうど喧騒が少し収まったタイミングだったからか、小さな声だけど少し響いたように感じた。
視線を向けると、やっぱりそこにはシュゼルがいた。
あいつの声、妙に通るのよね。
近くにはもちろん、ヘリオスやウィスカもいる。
ふと視線を黒尽くめに戻すと、とても驚いたような顔をしていた。
驚愕に染まるその表情と同時に、微かな安堵を宿した瞳。
ーーこれ、私のことはもう視界に入ってないわね。
直感でわかった。
別にどうでもいいけど、話の途中で気がそれるのはいただけない。
それとも、それほど何か衝撃を受けたってこと?
そんな事を考えていると、黒尽くめがシュゼルたちのところへ駆け出した。
この世界の成人は15歳です。