[プロローグ]
「みなさん、おはようございます。この度、この学校の生徒会長を務めさせていただきます、龍波相馬です。たくさんの応援、ありがとうございました。さて、みなさんは——」
同級生ながらも、礼儀正しく、堂々と話すその姿を見て、瀬秋絵希菜は一目で恋に落ち、堕ちた。
それから絵希菜は毎日、相馬の行動の後をつけた。
それはまるで、ストーカーのように。毎日、違和感のないような変装をして。
時に、同じ学年、同じクラスであるのをいいことに、学校で、『瀬秋絵希菜』として近づき、どこから手に入れてきたのか分からない、超小型のそれを相馬のカバンにさりげなく、丁度良い角度で、設置した。
しかし、これをストーカー行為と絵希菜は認識していない。絵希菜はこれを自分の愛情表現だと信じきり、行っているのだ。
——それは。相馬のことを、知りたい。他の誰よりも、深く知りたい。それは自分が、相馬のことが、大好きだから。相馬を、心から、愛しているから。だからこその行為なのだと、これが普通なのだと思っている。
——今まで誰かを本気で好きになったことは一度もなく。親からの愛情を受けたことなど一度もない。
ただ、親から受けたのはこの生と、この容姿と頭脳。年相応な身体つきにも曲線が出てきており、顔立ちも整っている。髪の毛がさらさらなのは、絵希菜の努力の結晶である。また、地頭は元々良い方であり、勉強をすれば、平均点より大幅に高い点数が取れた。
◆
ある日のテスト結果返却日。女生徒が絵希菜に話しかけてくる。
「いいなぁ~、絵希菜。そんなに勉強できてぇ〜……」
この女生徒の名は、朝比奈早紀。絵希菜が最も仲良くしている友人である。
「いやぁ……普通に勉強してるだけだよ。というか、早紀が勉強サボっただけでしょ?」
「へへっ、バレたか~……」
「バレるも何も……この前のテストは二百人中三十番以内に入ってたのに、今回は下から数えた方が早いくらいなんでしょ」
「いやあ~。ちょっと、最新のアニメを拝見しておりましてねぇ……勉強に手をつけようにもつけられない状況——ぃでっ!?」
「ただの現実逃避でしょうが」
絵希菜は冷静に分析をし、早紀の頭に軽く手刀を入れる。
「うるさいなぁ! あたしにとっちゃあテストより大切なものなんだよぉ!」
そして早紀による鮮やかな逆ギレ。
「まあ、趣味の時間を大切にするのはいいことだけど」
「だ、よ、ねーっ!」
「まあ、それはまた別の話だけど」
「なぜっ」
「テスト勉強くらいはしなさい」
「ぐうぅっ……! き、厳しいよぅ……。絵希菜がぁっ……厳しいよぉ……っ!」
「はいはい」
「うにゃぁあーっ! 塩対応してくるぅーっ!」
「早紀ちゃん、大丈夫ですかあ? 今日は早くおねんねしましょうねえ?」
「赤ちゃん扱いしてくんなぁ!」
「はいはい。反抗期かしらねえ」
「お前はあたしの親じゃねえーっ!」
「あら、そんなこと言うだなんて……私悲しい……」
「うぎぃぃいぃーー……っ!」
「ごめんごめん。早紀ってばいちいちいい反応してくるからつい、ね」
「くっそぅ、天然のドSか……っ!」
「それは君もそうだろう?」
「ああ、そうだったな」
誰? と思わせるような会話を繰り広げる。そして息ぴったり。どんどんとずれていく論点。ツッコミとボケがどちらも共存している二人。だがボケの方が強いためツッコミ不在となることの方が多い。何も考えずに、自然と会話を続けている。
——だが。早紀はまだ知らない。絵希菜が相馬のストーカーと化したことを。
そして、二人は、まだ知らない。
——この日常に、この当たり前の日常に、終止符が打たれる日は、そう遠くないということを。
何も知らず——否。知る術などなく、二人は無邪気に笑っていた。