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古木守抄  作者: 速水涙子


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蕭条無人(二/三)

「あれは、ちどりちゃんがやったの?」


 遊具での件でさわぎになった、次の日のこと。姉は私にそう問いかけた。


 三つ年上の姉は、私とは正反対の性格だ。無口で無愛想で可愛げがない。いつもひとりで遊んでいて、友だちのひとりもいない――そんな姉が、私に話しかけること自体が珍しい。


 しかし、私は何も答えなかった。だって、全ては姉のせいなのだから。近所に住む子どもがおもちゃのペンダントをなくしたときも、それは姉のかばんの中から見つかったし、いなくなったペットの小鳥は、ずたずたになったそれが姉の世話していた鉢植えに埋められていた。


 全ては姉のせいだ。そういうことに、なっている。


 けれども、このときの姉は、もう一度はっきりと口にした。


「あれは、ちどりちゃんがやったの?」


 姉はそう言って、私のことを責めたつもりだろうけれども、私はそのことを何とも思っていなかった。だって、全ては姉のせいなのだから。


 いつもならすぐに目を逸らす姉が、このときばかりは真っ直ぐに私のことを見つめている。それでも、姉は相変わらずの無表情だったから、何を考えているのかはわからない。


 悲しいならもっと暗い顔をするべきだし、怒っているならもっと怖い顔をするべきだ。そうでなくとも、もう少しうまく取り繕うことができたなら、印象も変わるだろうに。


 しかし、そんな器用なこと、姉には到底無理だろう、とも思っていた。そんなだから、お母さんもお父さんも私ばかりを可愛がる。


 無表情の姉は、強いて言えば何かを思い詰めているように見えた。だから私も、そのときばかりは、姉の言葉に耳を傾けることにする。


 姉はその後、あの遊具まで足を運び、そこで自ら首を吊ることになった。


 そういうことに、なっている。







 カフェがオープンしてから、しばらく経ったある日のこと。クローズ後の店内に、思いがけずひとりきりになった。


 しかも、目の前には不用心にも一日分の売上が入った袋が残されている。どうやら、誰かがそこに置き忘れたものらしい。


 ふと、これを持ち出せばどうなるだろうか、と考えてしまった。


 はした金ではあるけれど、無くなればさわぎにはなるだろう。けれども、周囲に人の気配はないし、それがあるところは監視カメラからもちょうど死角になっている。だとすれば、これを今、うまいこと持ち去ったならば、誰にも気づかれないのではないだろうか。


 もちろん、忽然と消えるわけはないのだから、誰かが持って行ったということにはなるだろう。けれども、もし仮に誰かがうっかりして、これを見失っているのだとしたら、所在はさらに曖昧になり、ごまかすことも容易になる。


 事実というものは、存外あやふやなものだ。良く言えばおおらか。悪く言えば嘘まみれ。何を考えていようと、殊勝な顔さえしていれば真っ当に見せかけることはそう難しくはないし、何をしたとしても、確たる証拠がなければ誰もそれを裁けない。


 ちょうど買いたい物もあることだし、ためしに拝借してみようか。持ち去ったのは、そんな軽い気持ちからだ。


 バレるようなヘマをするつもりはないけれども、怪しまれたところで、さっさと辞めればいいとも思っていた。今の仕事はあくまでもつなぎのつもりだったので、長く勤めるつもりもなかったからだ。


 とはいえ、そもそも売上金を持ち出すなんてことが、そう安々と許されるはずもない。


 後始末を終えて帰りの支度を始めようという頃には、売上金を紛失したとさわぎになった。当然、知っていると名乗り出る者もいなかったから、その場にいたスタッフは皆、本人の同意のもとで持ち物をあらためられることになる。


 こうなることはわかりっていたから、私は些かも(どう)じてはいなかった。そもそも、持ち出した金も今は私の手元にはない。


 それは粗末なロッカーの中にあった。しかも、他人が使用しているロッカーだ。


 当然、鍵がかかっていたけれども、安物だったので開けるくらいなら訳もない。うまく持ち出せればよし、そうでなくとも、私が持ち出したと知られなければ、それでいいと思っていた。


 この日に店に残っていたスタッフは、私の他には社員がひとりと――それから、いつぞや嬉々としてホラー映画について語っていた女と、そのときに妖怪博士と称されていた女のふたりだ。別に親しくする気もなかったので、名前なんてすぐに忘れてしまっていた。


 売上金は、ホラー好きのロッカーの中にある。普段から粗忽なところを咎められていたので、罪を被せるにはおあつらえ向きだろう。都合の良いことに、この日のレジは彼女の担当だ。


 これで彼女のロッカーから売上金が見つかれば、彼女が持ち出した以外には考えられない。そういうことに、なるはずだ。


 しかし――


「待ってください。そこにあるのが、探しているそれじゃないんですか?」


 そう言って、妖怪博士が指差したのは、オープンして間もないのに、すでに資材によって雑然としている棚の上だった。物影に隠れていたそれの中身を確認してみたところ、間違いなく今日の売上金だということがわかる。


「どうしてこんなところに。でも、よかった。また私が何かヘマをしたのかと……見つけてくれて、ありがとうございます。隼瀬(はやせ)さん!」


 そんな発言に耳を傾けながらも、私は内心で、この事実をいぶかしく思っていた。

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