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古木守抄  作者: 速水涙子


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霧立人(二/三)

 嵐が去った次の日の朝。村中がさわぎになった。


 土砂崩れが起きたらしく、町まで続く唯一の道路が通れなくなってしまったらしい。外部への連絡も取れないという話で、大人たちもかなり混乱していた。


 とはいえ、子どもの僕にくわしいことが説明されるはずもなく、それらはすべて両親の会話から知ったことだ。僕は弟と一緒に家にいるよう言いつけられていて、その日はじっとして待つよりほかなかった。


 ともかく、そうして注意深く外の様子をうかがっているうちに、さわぎの原因が災害だけではないことがわかってくる。


 どうも、何人か行方不明者がいるということで、一家でいなくなった例もあれば、家族の何人かが忽然と姿を消したところもあるらしい。どこか別の場所に避難したのか、土砂崩れに巻き込まれたのか。あるいは――


 結局、その日は一歩も家から出してもらえず、僕は弟と室内で過ごしていた。そうして、状況は何も変わらないまま、日は落ちていく――


 夜も更けた頃、僕はどうしても眠ることができずに、窓から外をながめていた。


 昨夜とは打って変わって静かな夜。月に照らされて深い紺色に沈んだ村を見渡していると、ふいに夜道を誰かが歩いていることに気づく。


 ひとりは制服姿の――例の家の少女。そして、彼女に手を引かれていたのは、同い年の友人だった。


 不思議には思ったが、そのときの僕は、特にこれといった不安を覚えたわけではない。むしろ、こうして盗み見ていることが、何か後ろめたいような気がして、自然と息を潜めていた。


 ふたりはゆっくりと歩いて行く。しかし、その道の向こうは土砂に埋もれているはず。行く先には神社くらいしかない。


 いったい、どこへ行くのだろうか――





 そうして、夜が明けた次の日。村にはさらなるさわぎが起こっていた。


 何でも、昨夜に見かけた僕の友人が、姿を消してしまったのだと言う。


 僕はあのとき見たことを両親に話した。それは村の大人たちに伝わって、さっそく少女に話を聞きに行こう、ということになったようだ。


 どうしても気になった僕は、家をひとり抜け出して、その後を密かについて行った。そうして、いつもの近道に潜み、崖の上から様子をのぞき見ることにする。


 少女の家はしんとしていた。


 嵐の後、村の大人たちが住人の無事を確かめたらしいが、それ以来、誰も表に出て来てはいないらしい。そのとき会ったのも、少女の母親だけだったと言う。


 村人が訪いを告げると、家から中年の女性が出て来た。あからさまに不機嫌そうな顔で、何の用か、と村人たちをにらんでいる。


 しかし、娘はどこかとたずねられた途端、彼女は明らかに狼狽した。どうしてそんなことを聞くのか、と声を荒げた、そのとき――


「どうかしたの?」


 玄関の前に集まっていた村人たちの背後に、いつの間にか少女がひとり立っていた。やはり制服姿で、散歩に行っていただけ、とでもいう風に、首をかしげながら歩み寄ってくる。


 そのとき突然聞こえた、耳をつんざくような叫び声に、誰もが一斉に振り向いたのは少女の家の方だった。


 声を上げたのは、少女の母親だ。自分の娘をじっと見つめながら、何か恐ろしいものでも見たかのように震えている。


 ぎょっとしたのは村人たちだ。


「いったい、どうしたんだい」


 そうして心配する声にも反応することなく、母親は呆然としてこう呟く。


「だって。この子は、私が」


 そう言ったきり、母親はわなわなと震えている。村人たちは顔を見合わせた。


 とにかく、いなくなった子どものことだ、ということになって、村人たちは口々に説明し始める。別の子どもが――これは僕のことだ――いなくなった子どもと少女が一緒にいるところを見たらしい、と。


「だったら、そいつが連れて行ったんだ――この……化けもの!」


 女はそう叫ぶと、勢いよく家の戸を閉めてしまった。村人たちは呆気にとられた表情で固まっている。ただひとり、少女の目だけが妙に冷ややかだ。


 それからは、どれだけ説得しても母親が出てくることはなかった。この家には彼女の他にも家族が――少女にとって祖母にあたる人物が――住んでいるはずだが、元より足腰を悪くしていて、家を出ることは久しくなかったらしい。おそらくは家の中でじっとしているのだろう。


 戸には鍵がかけられていて、カーテンはどこも閉め切られている。いくら声をかけても、何の反応も返っては来なかった。


 村人たちは、ともかく少女から事情を聞くことにしたようだ。


 そうして村人たちに囲まれた少女は、昨夜のことについて、こう話した。


「夜の散歩をしていたんです。それで、あちこち崩れて、通れなくなっているでしょう? 村の子を見つけて、迷っていたみたいから道を教えてあげたの。ちゃんと家に帰って行ったと思う。でも、後のことは知らない」


 少女は嘘をついている。僕は確かに、彼女が友人とともに何もない道の先へ――神社の方へと歩いて行ったところを見たのだから。


 しかし、そのときの僕は、その場に出て行って、それを追及することはできなかった。ほんの子どもだったし、少女の言葉への違和感も、うまく説明することができなかったからだ。


 結局のところ、理由はわからないが、友人は山に迷い込んでしまったのではないか、ということになったようだ。


 捜索するにしろ、救助を待つにしろ、先行きの見えないこの状況で、村人たちの意見はまとまらず、皆が途方にくれていた。そうして、たいした進展がないままに、また日は暮れていく。


 それから、問題がもうひとつ。少女のことがあった。


 少女は家から閉め出されている。しかし、これについては、村人のひとりが自分の家へ来るように提案したことで、行く先は決まったようだった。


 これ以上は話を聞いていても仕方がないだろう。そう判断した僕は、誰にも気づかれないようにその場を後にする。


 家に帰った僕は、ひとり置いていったことを弟に責められた。しかし、もう二度とひとりにはしないと弟に約束したことで、それはどうにか許してもらえたらしい。


 家族そろっての夕食のあと、疲れていた僕は早々に眠りにつく。ひとりきりで、言い知れぬ不安を抱えながら。


 そうして――


 次の日。少女は招き入れた家の皆とともに、忽然と姿を消した。

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