因果人(二/三)
「今でも、信じられないんです。彼女がそんな、猟奇的な犯罪に手を染めていただなんて」
待ち合わせの相手は亡くなった画家の知り合いだった。いや――画商をしているということなので、仕事相手と言った方が正しいのかもしれない。
小さな村のことだから、外から人が訪れたときにはすぐにそれとわかる。私が知る限り、画家の元を訪れていた外部の人間は彼女くらいだった。
私は彼女にこう話す。
「そのことについても、あらためて調べてみるつもりです。果たして、あの人が犯人だったのか。それとも、別に犯人がいたのか……」
桜の狂い咲きに始まる奇妙なできごとは、先の事件と関連しているのか、それとも違うのか。どちらにせよ、凄惨なことが起きている事実には変わりがない。何より、私自身はこれらのできごとに何らかの関わりがあるのではないかと考えていた。
さすがに、亡くなった画家の祟り――とまでは思ってはいなかったが。
「ともかく、私としてはそれを調べるための手がかりが欲しいのです。何かないでしょうか。どんな些細なことでもかまいません」
しばし考え込んだ末に、彼女はおずおずとこう切り出した。
「ひとつだけ。今にして思えば、少し奇妙だな、と思うことが。私は一度見かけたきりなんですが、彼女の家には男がひとり通っていたようなんです。作業着姿の若い男で――ご存知ですか?」
問いかけるような視線を向けられて、私は無言で首を横に振った。
「最初に見かけたときには、彼女が桜の世話のために業者を入れたのかと思っていたんです。でも、どうも違うみたいで。彼女の話では、桜の樹を見せて欲しい、と言って突然たずねて来たそうです。あまりにも見事だったから、と。そうして何度か彼女の元を訪れていたようなんですが――彼女はその男のことを、いい人ですよ、と笑って話していました」
作業着姿の若い男。村の外から人が訪れたときには、すぐにそれとわかる。しかし、そんな男のことは知らなかった。どこからやって来たのだろうか。
私が考え込んでいるうちにも、彼女はため息とともにこう話す。
「それにしても、バラバラ屍体だなんて。いったい、何がどうなっているんでしょう。今のところ、見つかったのは三人分……でしたよね」
彼女のその言葉に、私は再び首を横に振った。
「いいえ。足だけが見つかっている分も合わせると四人です。しかも、見つかった分を合わせても、完全なものはひとつとしてないらしい。皆どこかしら足りない。つまり、屍体の一部が欠けているのだとか。もしかしたら、いまだ山中に取り残されているのかもしれません」
「恐ろしい話です」
彼女は神妙な顔でそうつぶやいた。私は彼女の表情をうかがいながらも、淡々とこう続ける。
「奇妙なことなら他にもあります。何でも、山の方で頭のない化けものを見たのだとか……」
この話には、さすがに彼女もけげんな顔をした。しかし、大真面目な私の表情から、それが冗談ではないらしいことを察すると、彼女はやはりため息をつく。
「いったい、何が起こっているんでしょう……」
私たちはお互いに黙り込んだ。
ともかく、彼女から引き出せる話はこれくらいのようだ。そろそろ切り上げようと考えた私は、先のことについてこう話す。
「近いうちに、山中に入って犯人の残した痕跡を探そうと思っています。山狩りも行われたようですが、警察には何も見つけられなかったらしい。しかし、屍体がそこにあったからには、何らかの手がかりが残っているはずですから」
それまで溶けていくグラスの氷をじっとながめていた彼女が、思いがけずこう言った。
「その捜索、私も同行させていただけないでしょうか」
それは意外な申し出だった。私が戸惑っているうちにも、彼女はさらに言いつのる。
「私も事件の真相を知りたいと思っているんです。どうか、お願いします」
彼女に深々と頭を下げられて、私は内心でため息をついた。ただでさえ、山中での捜索にはさまざまな危険が伴う。自分ひとりなら覚悟の上だが、同行者の安全までは面倒見切れない。
私はそうした事実を包み隠さず話したが、彼女が引き下がることはなかった。そうでなくとも、申し出を断ればひとりでも山の中に入るのでないかという勢いだ。彼女の熱意に折れて、私は条件つきで同行を承諾する。
そうして、私たちは屍体の散らばるかもしれない山中へと足を踏み入れることになった。
村の周辺にある里山には人の手が入っているので、まだ歩ける方だ。それでも道なき道を行くことにはなるのだが、そんなところは警察も調べ尽くした後だろう。向かう先はさらに奥。誰も足を踏み入れないほどに深い山の中だった。
木々や下生えに何度も行く手を阻まれながらも、私たちは黙々と山中を分け入って行く。踏み固められてない地面にはすぐに足を取られ、時折現れる断崖絶壁は私たちの前に屹然と立ち塞がった。
それでも同行者の女性はわずかな文句を口にすることもない。あるいは、心のうちではすでに後悔しているのかもしれないが。とはいえ、ついて来るからには私の方針に従ってもらう、というのが同行を許可する条件だった。
何の手がかりも得られないまま二時間ほどさ迷った後のこと。私はふと、足元にひどく場違いなものが落ちていることに気づく。
点々と列を成すように続いている、淡い薄紅色の小さな何か――それは、桜の花びらだった。
他に手がかりもなかったので、私はその花びらを辿り始める。同行者は気づいているのか、いないのか、何も言わずに後ろをついて来ていた。
そうして、しばらく進んでいたのだが、ふいに花びらの列は途切れてしまう。もしやどこかで見落としたのではと思い、その場で立ち止まり周囲を探したのだが、それでも見つけられず、何の気なしに一歩踏み出したところで――私の体は、重力によって下へと滑り落ちていった。
「大丈夫ですか?」
頭上から慌てたような声が聞こえてくる。気づいたときには、私はすでに地面にへたりこんでいた。生い茂る草木のせいで、目の前の崖に気づけなかったらしい。
私はとっさにこう答えた。
「大丈夫です。問題ありません。自力で上がれますから」
痛みはあったが、動くのに支障はないようだ。どうにか立ち上がり、這い上がれる場所はないかと見回したところで、目の前に人ひとりが入れるか、というほどの洞穴があることに気づいた。
私は思わず声を上げる。
「待ってください。ここに横穴が……」
しかも、その洞穴はどことなく人の手が入っているようにも思える。それでいて、周囲にある草木で巧妙に隠されていた。
「そこで待っていてもらえますか。中に入ってみます」
私は地上の同行者にそう声をかけると、答えを待つことなく、暗い穴の中へと進んで行った。




