君と生きていたいと思うのは罪だろうか。
「…今、なんて言ったの?」
「だから、もう面倒見てくれなくていいよって言ったの!」
「なんでそんなこと言うの、僕何か君にしたかな」
「そうじゃなくてっ…」
涙目でふるふると震えて、必死に真っ赤な顔で僕に訴えかける小動物のような女。
僕だけの…雪ちゃん。
「…きっと、なにか誤解があるんだね。ほら、そんなに震えて…可哀想に」
ぎゅうと抱きしめれば、その小さな体がびくっと震えるものの拒絶はされない。
愚かで可愛い、僕の雪ちゃん。
結局は僕の手から逃れることさえできない。
本当に僕から離れたいのであれば、黙って姿を消すしかないのに。
でも…保護して以降は綺麗なものしか見せず純粋なお話しか聞かせず、僕の腕の中で育てた雪ちゃんは。
十歳も年下のこの子は、恩ある僕にそんな不義理は働かない。
ネグレクトを受け、イジメを受け、どこにいても独りぼっちのこの子を…ここまで育ててきたのはこの僕なのだから。
食べ物を僕が与えなければ、寝床を僕が与えなければ、服を僕が与えなければ。
どうなっていたかなんて、君は自分でちゃんとわかっている。
けれど…可愛い可愛い雪ちゃんに、余計なことを吹き込んだのはどこの誰だろうか。
まさか君が、自分からそんなことを言い出すはずがない。
だって君は、僕を助けてくれた神様のように慕ってくれる一方で…僕を憐れんでいる。
僕は、雪ちゃんと出会った頃には親の遺産を相続し資産運用してお金だけはあった。
けれど今まで生きてきた大体の境遇は、君と大して変わらなかった。
ネグレクトではなく過干渉と暴力、だったけど。
それを話したら君は、僕を心配して元気付けてくれた。自分も辛かっただろうに。
憐れんでくれたんだ。
僕たちはそれから共依存関係、でもそれは決して不幸じゃないと僕は思ってた。
雪ちゃんがいるだけで心がポカポカした。雪ちゃんがいるだけで穏やかな気持ちになった。
雪ちゃんが僕の幸せだった。
なのに。
「ねえ、どうしてそんなこと言い出したの?僕に教えて」
「でもっ…」
「大丈夫。教えてくれたら、許してあげるから。そうしたらさ、ホットミルクをいれてあげる。蜂蜜たっぷりのね。二人で温まろう。それで、明日は予定通りデートに行こう?楽しみだね」
「…う」
「だから教えてくれるかな」
なるべく優しく諭す。怖い思いは、君にはさせたくない。
「…見ちゃったの」
「ん?」
「颯太さんが、他の女の人と…同い年くらいの、美人な大人の女の人と歩いてるの」
「…ああ、なるほど」
あの時…かな。
本当に余計なことをしてくれる。
「やっぱりちんちくりんな子供の私じゃ…」
「君、もう二十超えてるし十分大人だよ」
「でも…」
可愛い子。
こんな可愛い子放っておけない、大学卒業したらすぐに家に閉じ込めないと。
結婚、楽しみだな。もちろん就職なんてさせてあげないからね。…なんて、まだ言えないけど。
「それに…」
「んっ!?」
「子供相手にこんなことしないでしょ。僕が君に手を出したのだって、君が成人してからだよね?」
「ふ、不意打ちでちゅーは反則だよぉ…」
涙目可愛いね。
「それにちんちくりんって言うけど、僕童顔な君も好きだよ。可愛いよ。それに君が君である限り、たとえどれだけ顔面が崩れようと愛するもの」
「え、う…」
「身体だって…もう十分魅力的だよ。女性らしい丸みを帯びた体…あんな女よりよほど美しいよ。ここの…火傷の跡すら可愛い」
足をさすってやれば、涙がとうとう溢れた。
火傷はもう、何年も経ったからほとんど治ってて…痛みもないはずで、残るは言われなければ気付かないほど薄くなったほんのちょっとの痕ばかり。本人は気にしているけれど、僕にはそれすら愛おしい。
「…愛してるよ。君が自分の価値を認められないのは知ってる。けど、僕の愛は信じて欲しいな」
「颯太さん…」
「雪ちゃん、世間一般から見て僕たちの関係は大分異常だし爛れてると思う。でも、そんなの関係ないよね?僕たちはお互いさえいればそれでいい。違う?」
「違わない…けど…」
「…うん。あの女が気になるかな」
びくっと震える雪ちゃん。
聞きたいけど聞きたくないんだねぇ。
聞かせるけど。
「あれはね、僕のストーカー」
「…え?」
「僕に粘着して、僕を調べ上げて…雪ちゃんにたどり着いた。雪ちゃんとの関係を各所にばら撒かれたくなかったら相手しろって脅されたんだ。想いに応えたわけじゃない」
「…!」
「大丈夫、心配しないで。ホテルに連れ込んだけど、そっちの意味では相手してないよ。相手を縛り上げて…僕のわるーい友達に貸してあげただけ。もう絡まれる心配もないよ」
安心させたくて言ったのに、余計に青ざめた雪ちゃん。
…可愛いなぁ。
「でもね、雪ちゃん。僕、雪ちゃんの思うほど良い人ではないけど…それはわかってくれたと思うけど、雪ちゃんには酷いことしないよ。だから…嫌わないで」
嫌わないで、と言われた雪ちゃんはこちらを見てから優しく、でもぎゅっと抱きしめてくれた。
「…不安にさせてごめんなさい。嫌ったりしないから、そんな泣きそうな顔をしないで。颯太さんは笑顔が可愛いよ」
「雪ちゃんがいてくれれば、笑顔でいられるよ」
「ずっと一緒にいるよ」
僕の悪い面を見せても、逃げ出せないんだね。
雪ちゃんは甘くてふわふわしてて可愛いね?
…本来なら、解放してあげるべきなんだろう。
でも、無理。
綿菓子みたいに甘くてふわふわな…君と生きていたいと思うのは罪だろうか。