貴方の灰で満たされて死にたい
分厚い唇が咥える苦味の味わい深い包みから、霞に似た煙が昇って空へと灰を散らす。
混色に塗れた絵筆を水に溶かしてぶちまけた雲模様。吐き出した有害毒の燻りで染まったと納得できるくらい、今にも酸性雨が降り出す不機嫌さを演出していた。
鼻腔から侵入した薄荷の匂いが喉を擽らせて、悪戯に胸を突いていく。
鼓動の音に微かなざわめきを宿し、忍び寄る湿り気を含んだ誘惑が汗を通して背中に伝った。
私の男は寿命を擦り減らしながら、煙の憩に身を委ねてぼんやりと宙を見上げている。
私は男と同様に伸びた灰を落とす皿へ群がる人々の煙を払い、男の右隣──特等席で一身に吐き出される毒を受動していた。
煙草は嫌な記憶を思い出させる。
父と母の黄ばんだ歯が覗かせる瞬間の先は、いつだって私じゃない“依存”を見つめていたから。
運命の銀が弾かれて回る電飾。小さい手より愛おしさを込めて握るハンドル。
父を捨てた母は私の手ではなく新しい“男”の手をよく繋いでいた。
滲む依存の匂い。忌々しい思い出を蘇らせる香り。この世で一番不快な臭い。
だというのに私はこの男を愛している。この世でもっとも忌み嫌う煙草を愛する男を、生涯失いたくないほど依存している。
爽やかな澄みきった匂いに紛れる、私を確実に不幸へと導く呪い。理解しているのに離れがたくて放したくない。
汝、病める時も健やかなる時も永遠の愛を誓うか。
ありきたりな安い言葉で永久を宣言する契りを差し出すつもりはない。
ただ愛を語る唇から吐き出される煙で酸素を吸って息の根を止めたい。
男の灰で私の肺が真っ白に満たされて死ねるのなら、これ以上素敵な死に方はないだろう。
徐々に男の生み出す毒で身体が危うく染まっていくのを、私は弱り果てながら悦楽していたい。
脳が縮んだ思考で語られても説得力がないと笑われてもいい。
「うし、行くか」
「うん」
両者ともに依存性に堕ちていたとしても、男は私の手をしっかりと握っていてくれるから。