馬車道にて
旅は良いものかな?
「なぁ、あんちゃん」
「なんだ?」
揺れる馬車の上。御者であり商人でもある中年の男が、荷台に座って周囲を見張る俺に話しかける。
荷台にいる俺はいつでも戦闘態勢に入れるように手に持った弓に矢を番えている。
「俺みたいな弱小商人の護衛をしてくれてありがたいとは思ってるけどよ、結局どうしてなんだ?」
「それはさっき説明したと思うが?」
「俺とあんちゃんの行き先が被ってた、て言うのは分かっただけどよ、あんちゃんは何しにそこへ?」
「大した事はない。ただの観光だよ」
「観光ねぇ…時間潰しに話しちゃくれないか?」
「大して面白くないと思うぞ?」
「時間潰しって言ったろ?俺はただあんちゃんの話が聞きたいだけさ」
「本当に面白くないし、それに長いぞ?」
「勿体振らずにほらっ」
「分かった分かった。そうだな…」
そうして俺が話し始めたのは昔から見る夢の話と、御伽噺に伝わる四人の勇者の話だった。
子供の頃、何故か俺だけがみんなが話すような夢を見なかった。それ自体を変だとは思わなかったし、むしろそれが当たり前みたいに感じてた。
考え方が変わったのは、故郷で仲の良かった友達が『今日は怖い夢を見そう…』と震えていたことからだった。
どうしてなのか訳を聞くと、森の木の模様が人の顔みたいでビックリしたそうだ。
それを聞いて俺が見ている夢はみんなとは何かが違うことに気が付けた。
その後で故郷の物知りに話を聞いたら『夢とはその日に見たものに対して何を感じてどう思ったかを眠っている間にすごく大袈裟に見せるものさ!』と答えが返って来た。
今となっては嘘かホントかは分からないが、周りに聞いても大体そんな感じで答えていたため大きく間違ってはいないのかもしれない。
話を戻そう。
とにかく俺はみんなが眠っている間に見るような夢をこの一生で一度も見たことがない。
それどころか、故郷では毎日同じ夢を見ていたのだ。
「へぇ〜今まであちこち行って商いしてきたけど、あんちゃんみたいなヤツは初めてだ。それでどんな夢を見てたんだ?今ここで思い出せそうか?」
「思い出すも何も、毎日見ていた夢だ。よく憶えてる。暗い森の中で焚き火を囲む四人の人間の夢だ」
「雰囲気があるな…どんな人間だ?」
「少年と少女、その二人より少し年上そうな女と年長者っぽい大男だ」
少なくとも俺がいつも見る範囲にはこの四人以外に人は見当たらない。
「見事にバラバラだな」
「実際見た目も、恐らく性格もバラバラなんだろう。声が聞こえないから何を話しているのかがまるで分からないのが少しもどかしい」
「でも四人か…まさか御伽噺の勇者とかか?」
俺の話を聞いた誰もがこの男のような感想を抱いた。しかし…
「分からない」
そう。分からない。
俺も最初は彼らが勇者なのではないかと思ってた。
しかし物語に登場する勇者は人数までは分かっても年齢や性別が全くと言って良いほど語られていない。
故郷の物知りも外からやって来る行商人も、誰も勇者についての詳しい話は知らなかった。
「言われてみりゃそうか。確かに考えたこともねぇ」
「だから夢に出てくる四人については故郷を出るまではまるで分からなかったんだ」
「ほ〜…ん?故郷を出るまで?」
変化があったのは、独り立ちとして故郷を出て近くの都市に着いた日の夜だった。
「あぁ。察しの通り、故郷を出てから見る夢が変わった」
突然見る夢が変わってすごく驚いたのを憶えている。何なら驚きすぎて宿のベッドから落ちた程だ。
「そんな事があってから、当初予定していた就職先から急遽変更して、こうして冒険者なんてやってるわけさ」
「なるほど、冒険者なら依頼を通してあちこちに出向く言い訳も簡単だからな。観光というのももしかして?」
「彼等がこの方向に進んでた。それを追い掛けてみたくなったのさ」
勿論、彼等が居た時代とは風景が大きく異なるが、今走っているこの道が何と無く彼らの歩いた風景と似ている気がした。
「へぇ〜なんか良いなそう言うの。でも良かったのかい?」
「何がだ?」
「働くとこ決めてたんだろ?冒険者なんて稼げるやつなんて殆ど居ないって話だし」
「まぁ…確かに…」
「後悔しなかったのかい?」
「した。思いっ切りした。後悔したから元の就職先に頭下げてきたんだが、自業自得とは言え向こうが完全に怒り心頭でさ。文字通り店を叩き出されたよ」
「そりゃそうなるな」
「でも、今となってはそれで良かったと思う」
「確かに。あんちゃんなんか楽しそうだもんな!」
「あぁ。今は最高に楽しい」
それからも俺は周辺の警戒をしつつ行商人の男と会話に花を咲かせた。
俺自身もここまで誰かと話をするのは久しぶりの事だったため、非常に気分が良かった。
「所で元の就職先ってのは?」
「あぁ言ってなかったか。○□△商会(世界を股に掛ける超有名大商会)って所の――」
「テメェは俺の敵だバカヤローーーーーーーー!!!!!」
◆ ◆ ◆
それはとても昔の話。かつてこの地に魔物と呼ばれる存在が闊歩し、その多くの魔物を魔王と呼ばれる悪い悪い魔法使いが束ねて世界中を恐怖で満たしていた時代。
4人の勇者が多くの魔物に立ち向かい、ついに魔王を討ち倒すまでのお話。
そしてそんな時代が終わり幾千年。
魔物が居なくなり、どこかの国とどこかの国の人間同士が国境で度々小競り合いが起きる程度に平和になった時代。
俺は夢に出てくる四人の足取りを追う旅をしている。
彼らに対する強い憧れを胸に。
そしてどこか満たされない空虚を埋めるように。
ここからどんな感じになるかは彼ら次第だ。