これはきっと僕じゃない
あの扉。凄く冷たくて重い扉。誰も開けてくれない扉。誰かが開けてくれるのをずっとずっと僕は待ってるんだ!!
「何故こんなことをしたのですか?」
もう何十回何百回と耳を通った言葉がまた、僕の頭の上から降ってくる。なんでそんなことを聞いてくるのだろう。
ちっとも理解ができない。
「今日もだんまりですか」
コツコツコツ。パンプスの音を響かせて僕の目の前を右往左往しながらため息混じりに呟く。
前髪をセンター分けにして、低めの位置でひとつに結んでいる髪が揺れている。前髪がないからだろうか、眉間にシワがよってるのがよくみえる。
「ちょっと聞いてますか」
灰色のカジュアルめなパンツスーツを着て中には白のワイシャツ。お手本のような装いだなぁと思う。
しかし、ワイシャツはハンガーから外してそのままなのだろうか、綺麗なアート作品のようなシワがついている。
きっと寝れていないんだろうな。目の下には黒い影が見える。化粧で誤魔化してはいるが、僕にはみえる。そう、僕は目が良かった。色んなものが見えた。観えた。
「こっちもねぇ、暇じゃないのよ!」
まるで僕が暇人かのような言い草で言葉を落としてきた。あぁ今日もよく観える。みえたくないものまで観えてしまう。
ドサッ。
右往左往するのをやめて、勢いよく椅子に座り込んだ。あんたの相手なんかしたくないのよ。とでも言い出しそうな眉間のシワの寄り方だ。
時間でも決められているのだろうか、チラチラと腕時計に目線を送っている。僕がここに連れてこられてから、現れた人はこの人で3人目だ。みんな同じような時間僕のことを責め立てて、帰っていく。が、こんなにも露骨な人は初めてだなぁ。
あぁあの目だ。僕のことを心底軽蔑してる目。こんなもの本当は見たくもないのに。どっか行ってくれないかな。なんでこんなとこにいるのよ。早く死ねばいいのに。ほんとに。産まなければよかった。そんな目。あぁそうか。目の前にいる女の人は、あの人に似てるんだ。この不快感はそのせいか。
「ほんとに信じられない。あんなことするなんて。自分の親を。本当にどうかしてるわ。」
その瞬間背中がぞわってした。全身の毛穴から変な汁がでる。
どうかしてる?僕が?意味がわからない。
どうしてあんなことをしたんだ?じゃあ一体どうすれば良かったんだ。
誰も助けてくれない。
誰も手を差し伸べてくれない。
誰か助けてくれるって、誰かがあの日常を壊してくれるって信じてた。縋ってた。毎日毎日いもしない誰かに縋って、縋って、生きてきた。
でも。
そんな事が起こるのは小説や漫画の中だけだった。誰も僕のところには来てくれない。助けに来てくれない。あのドアを勢いよく開けて誰かが来てくれる、そんな事はやはりおこらなかった。
誰も僕のヒーローにはなってくれなかった。もう僕のヒーローになれるのは、
僕だけしか残っていなかった。
あの日。僕が僕のヒーローになった日。急に、不安定ながらも僕の中でバランスを取っていた、ナニかが傾いた。傾いてしまった。
「あなたねぇ!ずっとこのまま黙ってるつもりなの!」
また髪を揺らしながら机を勢いよく叩き、ぐいっと身を乗り出してきた。彼女と僕の顔が少し近づいた。睨みつけてくる。
こんなこといつもなら我慢できたが、またナニかがバランスを崩してしまった。あぁまた傾く。
べっ。
僕は口の中にある味覚を感じ取るものを、勢いよく出して見せた。予想だにもしてない僕の行動に、女の人は数秒固まった後に尻もちをつきながらも後退りこう叫ぶ。
「ひっ!!な、なに!いったいなんなのよそれ!!気持ち悪い!!」
嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる。よく耳にする言葉だ。でもそれは嘘。だって僕の舌を抜いたのは僕のお母さんだから。
あ、抜かれたんじゃなくて切られたんだけど。まぁそんなことはどうでもいいか。あれはさすがに痛かったなぁ。
「だ、たれかぁ!!」
情けない声でそう言いながら部屋から飛び出していった。あの情けない声を出しながら、誰かに助けを求める姿が昔の僕と重なって少しいらつく。
まだ流せる涙があの女の人には残っているのか。羨ましい。もう僕にはない。昔はよく泣いていたのに、涙が枯れるって本当なんだなって学んだ。
少し向こうでざわざわしてるのが耳に届く。あぁまた騒がしくなるな。図体ばかり大きくなって何にもしてくれない大人たちが、また増えて大人数で僕のことを囲むんだろうなぁ。
考えるだけで最悪の気分だ。1人残された部屋の中で僕は、大きなため息をついた。
激しい戦いだったな。悪者が意外と抵抗してくるから。でも僕は戦いに勝利したんだ。ヒーローにはぴったりの幕開けじゃないか。はぁ疲れた。もう手足に力が入らない。なんなら感覚も薄い。ざわざわ。なんか外が騒がしいな。なんだろう。バン!扉が勢いよく開かれる。大人たちがぞろぞろ中に入ってくる。えっ!あの固く閉ざされてた扉がやっと開いた!!僕が悪者を倒したからひらいたんだ!!やっぱり僕は僕のヒーローなんだ!!!僕をヒーローにしてくれた悪者にもちょっとは感謝しなくちゃな。あーあ!もう会うこともないだろうけど!!なんだか眠たくなってきたなぁ。疲れたし。気分もいいから少し寝よう。いまなら何も心配せずぐっすり眠れそうだ!
「おい!こっち早く!大人二名倒れてるぞ!担架はやく!!」
「これもう息ないんじゃないか、出血量が」
「ぐずぐずするな!!早くしろ!」
「奥に子供がいるぞ!!酷い怪我だが、まだ息してる!」
「早く救急車に乗せるんだ!急げ!」