思い出の水蜜桃
思い出の水蜜桃
夏。
「――殿」
久方ぶりの休暇に自分の邸で休んでいた彼の元にやって来たのは、邸を持って以来ずっと家内の管理を任せている家宰だ。彼の腕には竹籠が抱えられており、その中にはこれでもかと夏の果実がいれられていた。
「今年もこの季節がやって参りました」
毎年、この時期になると彼の邸には方々から夏の果物と呼べる果物がこれでもかと贈られてくる。
それというのも、かつて彼自身がこの夏の時期になるとあちこちで果実を買い求めていたことに理由を発する。別に特別果物好きというわけではなかったが、それ以来、彼は夏の果物が好きだと噂が広がり、この時期になると親しい者もそうでない者もこぞってこの邸に果物を贈ってくるようになった。そして邸の夏の風物詩となり、この贈り物が来ると邸の者たちは皆夏になったと実感した。
「今年は特に豊作だそうで、桃の味がひと際良いそうですよ」
家宰の言葉に籠の中の桃に目を向ける。確かにまるまるとして色も良い、見事な桃だ。
桃を手に取った彼に、家宰が問いかける。
「召し上がられますか?」
「ええ、せっかくなので一つ頂きます」
「では、お剥きして参りましょう」
「いいえ、自分で。残りは皆で分けてください」
家宰は礼をすると静かに下がる。心なしか足取りが軽い。彼は甘いものを好んでいるから、日頃の働きに対する良い礼になるだろう。
手の中の桃に目を向ける。昔、この時期になるとよく手を汚して剝いたものである。夏の時期に体調を崩すと食べ物を受け付けなくなる幼い子の為に。おかげで彼は桃を剥くのがとても得意になった。
月日が経ち、昔のように自ら手を汚して桃を剝くことなどすっかりしなくなってしまった。そのことにほっとするような、少し寂しいような。
あの子は、今も桃は好きだろうか。久方ぶりに桃を贈ってもいいかもしれない。
彼は早速手配しようと、今頃他の使用人とおやつを食べているであろう家宰の元に向かった。