虎雄と季翠
虎雄と季翠
あったかもしれないお話
~14年前~
「……これが、陛下の娘か」
伯 虎雄は憮然とした顔を隠しもせずそう呟いた。
可愛い養い子が連れてきた厄介者。
養い子の必死そうな顔も気に入らなかったし、あわよくば虎雄がこの赤子を気に入り、機嫌を取れれば僥倖と思っているであろう魂胆も癇に障った。
そうまでしてあの餓鬼――養い子が庇護している子どもだ――が大事らしい。
そんな虎雄の様子など露知らず、赤子は能天気に乳母の腕の中ですやすやと眠っている。普通の人間ならその様子に愛らしさを感じるのだろうが、生憎と虎雄はそんな感性を持ち合わせていない。ただのモノを見る目で、何の感情もなく見つめる。産まれて間もない赤子は、確かに敬愛する主を彷彿とさせる容姿をしていたが、それだけであった。こんなもので自分の機嫌が取れると思ったのかと、更に養い子に対する苛立ちが募る。
すると、眠っていたはずの赤子が突然ぱちりと目を覚ます。そしてあろうことか、虎雄を見て笑い、紅葉にも満たぬその小さい手を彼に伸ばしてきたのだ。特に何も思わなかったが、試しに男らしく骨ばった太い指を差し出してみる。赤子は怖がりもせずその指を掴むと、更にきゃっきゃと笑う。
「何だ、何がおかしい」
「ふふ……伯大将軍に構っていただけて姫様は嬉しいのですよ」
年老いた乳母はそう言うと赤子を抱いた腕を優しく揺らす。
「ふん……」
(これが男であれば……)
そう落胆する心を隠しもしない心情と表情ながらも、虎雄は何となく、掴まれた指を振り払いはしなかった。