月影(つきかげ)
月影
※時系列は本編前
――――こんな月が綺麗な夜は、どうしようもなく心が騒めく……。
もう夜も更けた頃、大影の近衛将軍を務める一人の青年武官は、皇帝宮の回廊から一人満月を眺め見ていた。今夜の夜空は、雲一つ、陰り一つない見事な月夜だ。烏竜は何となく月から目を背けるように回廊の影に入ると、引き続きとある人を探す。
しばらく宮を進むと、最後に中庭に行きつく。月が庭の池に映り光を反射し、幻想的な雰囲気が漂っている。そこに、探し人はいた。
この人はいつ見ても綺麗な人だ、と烏竜はそれを遠目に眺めながら漠然と思った。
月に照らされた四阿で一人酒を傾ける皇帝の姿は、一服の絵のように美しかった。
烏竜はそっと影から出て、庭に降りる。
「陛下」
「――烏竜か」
皇帝――大影帝国初代皇帝にして建国の祖、緑龍帝は傍に来た側近に美しい笑みを返した。
「月見酒ですか」
四阿の卓に置かれた徳利に目をやりながらそう問いかける。
「ああ。今夜は月が見事だからな」
「小竜、お前も一杯どうだ?」
そう言って、猪口を差し出す主に烏竜は軽く目を伏せて首を振る。
「いいえ、私は」
「何だ、つまらないな」
肩を竦める緑龍に、烏竜は代わりに徳利を差し出して酌をする。
しばらくお互い無言で酌と、猪口を傾けていたが、おもむろに皇帝が立ち上がる。
「……さて、」
「お休みですか」
席を立つ皇帝に、烏竜はそう問いかける。
「ああ」
しかし、緑龍が向かったのは宮の方ではない。烏竜は思わず眉を顰める。
「……今から離宮へ?」
「独り寝は寂しいからな」
離宮には皇后がいる。しかし……。
「…………歓迎されないのでは」
「ふっ……お前も言うようになった」
そう言いながらも、構わずそのまま四阿を立ち去る緑龍に続き、烏竜も席を立った。
気乗りしないが、彼には主を守る義務があるからだ。
曇る彼の心とは対照的に、夜空では相変わらず月が燦然と輝いていた。